第81話 帰還

 「あと一つですか? それはどのようなことでしょう?」


 俺が聞きたいこと……それは召喚のこと、力のこと、そして勇者のその後についてだ。


 勇者フレデリクは俺と同様に〝異世界人〟という話だ。その異世界からの転生者は、戦いの後、どうなったのか。


 この世界で生涯を終えたのか、元の世界へと戻ることになったのか……。


 そもそも、戻る選択肢があるのか。

 同じ転生者として気にならないわけがない。


 「──勇者フレデリクのことです。300年前起こった【四彗封印戦】その戦いの後、彼はどうなったのですか?」


 俺の言葉にハッとするラーシェル。何かを知っているようだが、その視線は逸らされる。


 「フレデリクのその後……ですか。彼は戦いの中で、思わぬ事態に遭遇したようです。申し訳ないのですが、そこについての記憶は……ただ一つだけ言えるなら、彼は元の世界へ帰還を果たしました」


 「元の世界って……戻ることが出来るんですか!?」


 「ええ。召喚と同様、この世界からの帰還についても、異空間転移ディメンションムーブによって可能となります。ただし、当然ながら凪夜カームノックスを待たねばなりませんし、召喚の際に使用した魔法陣に刻まれる綴字スペルを覚えていなければなりません」


 「……魔法陣に刻まれる綴字スペル?」


 「召喚を行う魔法陣には、勇者が召喚されると同時に綴字が刻まれます。それは転生者ごとに違っており、どの時間軸のどの地点から来たのかを示しています。ただ、全く同じ時間に戻れるというわけではありません。凪夜の間隔が空けばあく程にその擦れは大きく影響します。時は止まっているわけではありませんからね、ヴァルル」


 新たな事実が明らかとなった。


 ……前の世界へは戻ることが出来る。


 だが、凪夜条件として変わらないとなると容易とはいかない。


 過去の話を聞いた限り、発生までには数十年とか数百年といった幅があるようだし、戻れる以前に、それまで生きていられるかすら分からない。


 「フレデリクは無事に戻れたんですね……」


 「あの時は、運が味方したとしか言いようがありません。凪夜の訪れが、想定以上に早かったのです。ハルセ、貴方も前の世界への帰還を望むのですか?」


 俺が元の世界へ戻りたい……?


 いや、それはない。俺の世界はもう、ここ以外にない。


 「いえ、俺の世界はここにあります。もし戻るとしたら、ルーナやルーチェリアと一緒に暮らせる〝家〟に戻りたいです」


 「そうなんですね。では、日が暮れてしまう前に帰らねばなりませんね。質問はもうよろしいですか?」


 「……はい、ありがとうございます。でもこれからは念話で話せるようになるんじゃないですか?」


 俺の問いに、ラーシェルの口元は横へと広がる。

 その顔は笑っているかのようだ。


 「フフフ……お気づきになりましたか? そう、その通りです。ごめんなさいね。最初から言ってしまったら、あっという間に帰ってしまうかもしれませんから、少しでも長く一緒にいたくて隠していました、ヴァルル」


 「ハハッ、そんなことはありませんよ。また会いに来ます、ルーナを一緒に」


 「ありがとう、私の娘も貴方と出会えて本当に幸運でした。これからもお願いしますね。では、またお会いしましょう。トリト、リチェット! お三方を地上へ送ってあげてください」


 ラーシェルは顔を高く持ち上げ、談笑する地竜二人へと指示を飛ばす。


 「ラーシェル様、了解だぜ!」


 「了解です! ルーナ様、どっちに乗る?」


 「う~ん、リチェット乗る! ガゥウ!」


 「トリトは荒っぽいから乗ってると揺れるしね──」


 「うるせぇな、リチェット。ほら、ハルセにルーチェリアちゃんはこっちだぜ」


 威勢のいい返事で応えるトリトとリチェット。

 直ぐさま地竜アースドラゴンの姿へと変化し、俺達をその背へと誘導する。


 「お母さん! また明日! ガゥウ!」


 「明日は来ねぇよ!」


 賑やかな声をその場に置き、俺達は地上へと向けて飛び立つ。



 ◇◆◇



 「よぉし、これだけあればいいか。今日は豪勢な夕飯になるぞ。皆、疲れて帰ってくるだろうからな」


 ハルセ達が地上へ向けて出発した頃、時を同じくして、ガルベルトは家の前で今夜の夕食準備に励んでいた。


 今日のメニューはバーベキュー形式。

 ラピードやブルファゴはもちろんのこと、高級焼肉用のラックルも用意した。


 ガルベルト自身も気に入っているクラウブやシュリプといった海鮮類も欠かせない。


 彼の料理技術を存分に発揮し、腕によりをかけて捌いていた。


 お皿は1、2、3、4、5……〝5〟!?


 何故か一皿多かった……。


 それは、今日はガルベルトにとって大切なお客様を迎えるからだ。


 リッドの親父? そんなわけがない。


 あの親父とは街で呑んだくれはしても、わざわざ家まで招いて自慢の料理を振る舞うようなことはしない。


 では、誰なのか。


 ……そろそろ来る時間だ。


 「ガルベルト殿、今日はお招き感謝する。ちょうど任務を終えたところだ」


 その相手は王国騎士団長メリッサであった。


 「メリッサ殿、お待ちしていたぞ。今日も、その、お、おお美く……」


 「ん? どうなされたガルベルト殿、おお? うつく?」


 「……あ、いや何でもないのだ。気にしないでくれ」


 実のところ、ガルベルトはメリッサに少しばかりホの字であった……。


 「ガルベルト殿、どうしたのだ? 落ち着きがなさそうだが」


 「いや、ああ、すまぬ……問題ない。久しぶりの客人だからな。準備に張り切ってしまったのだ。それに……まぁ、あれだ」


 「──あれとは?」


 「まぁ、ほら、ハルセ達も今はダンジョンに籠っている。少々心配でな。そう、それだ、そのことが気がかりでな」


 「ほほ──すっかり親心を身につけたようだな。感心感心」


 たどたどしく拙く言葉を紡ぐ……。


 こんな姿をハルセ達の前では、決して見せることは出来ない。



 (それにしても遅い。もうすぐ夕刻、モンスターも活動を始める時間、まぁ、三人なら特に心配することはないだろうが……)



 家の前の見慣れたテーブルに、見慣れぬ美女が対面で座っている。


 ガルベルトは思った……このまま時が止まればいいと。


 もう、ハルセ達は今日の所はダンジョンに泊まれと……。


 だが、その希望は儚くも散る。

 上空から元気な声が辺り一帯に響く。


 「ただいまー!」


 「ガルベルトさーん、遅くなりましたぁ!」


 「ルーナが帰った! ガゥウ!」


 空から地竜の背に乗って、三人が帰ってきた。

 二体の竜種ドラゴンは着地の風圧をガルベルト達から逃がすために、背を向け、距離をとって降り立つ。


 「お、おう、お帰り……」


 「アハハ、凄いな。竜種に乗って帰ってくるとは……貴殿らといると、退屈しないな」


 「あれ!? メリッサさんも来てたんですね。お、今日は夕食が豪勢だなぁ」


 残念を顔に書いたガルベルトと、高らかに笑うメリッサが出迎える。


 「それで、ハルセ殿。そちらの竜種は一体……」


 「ああ、こちらはトリトとリチェット。地竜アースドラゴンだよ」


 「地竜!?」


 驚声を上げるガル。

 トリトとリチェットは人型へと変化し、二人の前に膝をつき、挨拶をする。


 「お初にお目にかかりますぜ。いや、正確にはガルベルト、あんたとは、ハルセの件で一度会ったことがある。覚えてるかい?」


 トリトの問いに首を傾げるガル。

 その顔をじ─っと見つめ返す。


 「ん?……うーん……分からん、誰だ?」


 「いやいやいやいや、忘れるとこぉ──ココ?」


 「ガルベルトさん、私達もハルセを〝保護する者〟だとあの夜、伝えたのを覚えてませんか?」


 「お、あぁ──覚えておるぞ。言われてみればあの時の……」


 ガルと対面する地竜二人。

 半年以上振りの再会となり、互いにこれまでの経緯を話し始める。


 俺を守るために対峙していた過去を持ち、険悪ムードのまま別れていたが、ようやくこの場をもって和解へと繋がった。


 「そうであったか。以前の無礼を許してもらいたい。そして今日も、私の家族が世話になった。感謝する」


 「いいってことよ。なぁ、リチェット」


 「うん、こっちこそ疑って、監視してたりしてごめんなさい」


 取りあえず、「一件落着!」と言いたいところだけど、メリッサが来てるのは何か怪しい。



 (──ガルの新たな修練メニューとか……?)



 知識収集が終わったこのタイミングで、武闘派な二人が一緒にいる…ということは、何やら裏がありそうだ。


ルーナもルーチェリアも全く疑うことなく、メリッサとの再会を喜び合っているが、残念ながら俺は違う。



 (修練の鬼、フサフサ黒豹フサクロ……一体、何を隠してやがる……)




――――――――――

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