弱属性の俺最強

フカセ カフカ

プロローグ

第1話 謎の獣

 ──たった今、俺は死んだ……。


 だが、不思議だ。全く痛くない。それに閉じた瞼にもまだ感覚はある。  


 俺は事故に遭って、もうすべてを諦めた。

 

 でも、どうやらまだ生きているらしい。 


 瞼を開けても、暗闇からまた暗闇。夜なのか、辺りは真っ暗だ。


 体を起こすと大粒の汗が頬を伝い、冷たさを感じる。


 「ああ~どこだ、ここ? ってか、気持ちわりぃ……」


 服がべったり肌に張り付いている。絞ればコップ一杯分の水が取れそうだ。

 

 俺は手探りで、眼鏡を探す。


 「さすがに見つかるわけないか……。そういえば、俺、どうしてこんなところにいるんだっけ?」

 

 頭を抱える自分にどこか違和感を覚えた。何かを忘れてしまったのだろうか?──大丈夫、名前はちゃんと憶えている。


 (──しっかりしろ、晴世ハルセ。まぁ、夢を見ていたのかもしれないし、夢ならすぐ忘れるもんだろ)


 そんなことより、誕生日に奮発して買ったばかりの眼鏡をもう失くした。


 むしろこっちのほうがショックだ。


 とはいえ、辺りは真っ暗で右も左も分からない。

 眼鏡があってもなくても状況は変わらないだろう。


 ただ一つ、ここが森の中だということだけは何となくだが分かる。さっきからずっと、「ピュロロロー」と野鳥らしき鳴き声も聞こえているし、風が草木を揺らす音も俺の耳には届いている。


 と、そのとき、強い風が吹いた。俺は目を細め、片手を顔に翳して風を遮る。


 木々が大きく揺れ、辺りは一瞬明るくなったが、木の葉のカーテンが周囲の景色を薄明りに染め上げた。


 「お、助かる、月明かりか。少しだけ明るい。やっぱり森の中だな。さすがに真っ暗じゃ……え、」


 やはりおかしい。俺は眼鏡をかけていない。検査表の一番上も丸に見える糞視力のはずなのに、手元はもちろん足元も、揺れる草木だって鮮明に見える。


 木の陰から時折除く、月の輪郭すらも。


 そのうえ目線も変だ。俺は今、しっかりと両足で立っている。


 なのに、見える世界が低すぎる……。


 視点が低いといえばいいのか、背が縮んだといえばいいのか。


 俺は再び、両手に目を落とした。

 

 「あれ? 小さい?」


 俺は自分の体に目を走らせた。

 手足どころか、服も靴もブカブカ。

 身に着けた仕事用のワイシャツなんて、尻まですっぽり覆ってしまっている。


 今の俺のシルエットは、まさに男物のシャツを着た小聡明系あざとけい女子そのものだ。

 

 「おいおい、こんな時に何を考えてんだ……」


 俺は静かに瞳を閉じた。

 しんとした空間の中、ゆっくりと深呼吸を繰り返し行う。


 (ふぅ……何だろ? 有り得ないことが起きてるはずなのに、意外と驚かないな。とりあえず、ここに居てもしょうがない。外に出るか)


 鬱蒼と生い茂った木々。

 空もろくに見えないが、月明かりのおかげで何とか前に進むことは出来そうだ。


 俺は服の裾と袖をまくり上げると、出口を求めて歩き始めた。





 どれだけ歩いただろう。

 砂漠で遭難したかと思えるほど、俺の喉はカラカラになった。


 木の葉から滴る水滴で喉を潤そうと、俺は大きく口を開けて木の枝を揺らしてみたが、それも上手くはいかなかった。


 口に入った水滴は数滴程度。

 その殆どが顔や服にべちゃべちゃと跳ね返ってしまった。


 とはいえ、僅かな水滴を集めようにも器すらないし、代わりになる物を探す気力もない。


 もう、だいぶ疲れた。少しだけ、ここで休もう。

 明るくなれば、目指す出口も見つかるはずだ。


 俺は静かに横になった。





 ──しばらくして、俺は走っていた。


 夢から醒めたと思っていたら、


 「グゴォオー!」


 と咆哮を響かせる、謎の凶暴なモンスターに追われている。


 それは見た目は兎のようだが、明らかに違う何か。


 血走った目と口から飛び出す牙、それに背中へ浴びせられる恐ろしいまでの殺気。


 普通じゃない──とても現実とは思えないが、夢ならリアルすぎる。


 地面を踏みしめる足、聞こえる胸の鼓動、木々の匂い。どこを取っても夢とは思えないほどに、その全てが生々しい。


 息が切れる……苦しい。

 すでに疲れのピークは過ぎているはずだが、俺は必死に走る。


 (こんなところで死にたくない……食われてなんてたまるか!)


 そんな中、視線の先に光が見えた。

 俺は目を大きく見開き、唇の端を嬉しさで吊り上げていた。


 (──あれは、出口か?)


 俺の足取りは軽くなり、心臓が早鐘を打つ。


 両腕を全力で振り、どんどんと加速した俺は、光を目がけて勢いよく木々を跳ねのけ飛び出していた。


 「こ、ここは──」


 森を抜けた俺を待っていたのは、未だかつて見たことのない未踏の地。


 眼前に広がった光景は、まるで絵画のように美しく、俺の口からは自然と感嘆の吐息が漏れ出た。


 それは、ありふれた言葉でいうならば幻想的な世界だった。


 澄み切った空気。

 心地いい夜風が体の疲れを取り去るように吹き抜けていく。


 月明かりが照らす美しい湖の中央に、大きな壁と門が見える。


 城壁と思われる四方には火が灯り、手前には見張りらしき人影がある。


 さらにその奥には虚ろではあるが、城らしきシルエットが浮かび上がっている。


 俺は固まったように目を奪われてしまっていた。


 しかし、こうしてはいられない。


 後ろからは謎のモンスターが迫っている。

 再び、耳を打つ咆哮に俺の背筋はピンとなった。


 背後を振り向き、慌てて後ずさった次の瞬間、木々の影から勢いよくそのモンスターが飛びかかってきた。


 そして同時に響く、夜の静寂を破るような誰かの声。


 「〝獣波斬じゅうはざん〟!」


 俺の横を吹き抜ける一筋の風。

 形を成した衝撃波が、俺に飛びかかってきたウサギ型モンスターを一瞬で斬り裂く。


 グシャッ……。


 モンスターの死体は俺の足元へと崩れ落ち、敵を斬った何者かがゆっくりと歩み寄る。


 まだ暗い闇の向こう。

 こちらを睨むようにギラッと光る鋭い眼光。

 月明りに照らされたソレは、暗闇の中でもはっきりと分かるほどの巨大な斧を携えた、2メートルはあろうかという二足歩行する大きな黒猫……。


 (黒猫? いや違う……黒豹……そうだ、それが一番近いかも)


 体は革の鎧で覆われ、腰回りは荒くれ者が好みそうな毛皮みたいなものを巻いていた。


 (前髪もあるのか……ってなんか、どうでもいいことに目がいくな……)


 ここまで不思議と冷静さを保っていた俺だが、今更ながら自分の体が震えていることに気づいた。


 当然といえば当然だ。迫り来る謎の黒豹に殺られるかもしれないし、いつまでも冷静でいられるわけがない。


 (──もしかして、俺、ここで死ぬのか……)

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