弱属性の俺最強

フカセ カフカ

プロローグ

第1話 ここは…?

 俺はハッとした。

 頬を伝う大粒の汗が冷たく、一呼吸つくたびに肩が震える。

 

 現実か夢か、判断するのに時間がかかるほどリアルな夢だった。


 それと先に着替えをしたほうがよさそうだ。

 絞ればコップ一杯は取れそうなほどの汗は、流石にビショビショで気持ちが悪い。


 俺は目を擦りながら体を起こし、部屋の明かりをつけるために手を伸ばした。


 「うぅん……電気、電気……あれ? ない、ないな」


 少しずつ暗闇に目が慣れ始めた俺は、周囲の様子がおかしいことに気づき始めた。


 肌を伝う空気の流れや草木の匂い。

 「ピュロロロー」という野鳥の鳴き声も、まるで外にいるかのようにはっきりと聞こえてくる。


 どうやら俺は勘違いをしているようだ……。

 ここは家ではない、それどころか野外じゃないか。


 そのことに気づいた俺は、


 「え、ここどこ? 何で俺、こんなところに?!」


 と自分に起きた現実に寝起き眼で混乱している。


 (──あぁ、そうか……昨日、飲み過ぎたせいか……)


 頭も痛いし体もだるくて、最低だ。


 (ああ、ったく、眼鏡もないな)


 誕生日にそこそこいい眼鏡を買ったばかりなのに、どっかに落としたのか、つくづくついてない。


 (いや、待て……んんっ? 何だ? この違和感。眼鏡がないのに何でこんなに見えてるんだ?)


  視力検査の一番大きい表示すら丸にしか見えない糞視力のはずが、今はとても鮮明だ。


 それに、俺の手も何だか縮んで見える。

 いや、手だけじゃなくて服も靴もブカブカだ。


 (なんか、男物のシャツを着た女の子みたいになってね?)

 

 とにかく一旦落ち着け……現状把握だ。

 俺は静かに目を閉じ、深呼吸を繰り返し行う。


 ……とりあえず、ここに居てもしょうがない。


 鬱蒼と生い茂った木々。

 空もろくに見えないが、月明りのおかげで何とか前に進むことは出来そうだ。


 俺は服の裾と袖をまくり上げると、出口を求めて歩き始めた。




 どれだけ歩いただろう。

 砂漠で遭難したかと思えるほど、俺の喉はカラカラだ。


 木葉から滴る水滴で喉を潤そうと、俺は大きく口を開けて木の枝を揺らしたが、それも上手くはいかなかった。


 口に入った水滴は数滴程度で、残りは顔や服にべちゃべちゃと跳ね返ってしまう。


 とはいえ、僅かな水滴を集めようにも器すらないし、もうそんな気力はない。


 ……だいぶ疲れた。


 少しだけ、ここで休もう。

 明るくなれば、目指す出口も見つかるはずだ。




 ……しばらくして、俺は走っていた。


 夢から醒めたと思っていたら、


 「グゴォオ──!」


 と咆哮を響かせる、謎の凶暴なモンスターに追われている。


 それは見た目は兎のようだが、血走った目と口から飛び出す牙、それに背中へ浴びせられる恐ろしいまでの殺気。


 明らかに普通じゃない……とても現実とは思えないが、夢ならリアルすぎる。


 地面を踏みしめる足、聞こえる胸の鼓動、木々の匂い。どこを取っても夢とは思えないほどに生々しい。


 息も切れる……苦しい。

 すでに疲れのピークは過ぎたはずだが、俺は必死に走る。


 (こんなところで死にたくない……食われてたまるか……)


 そんな中、視線の先に出口らしき光が目に留まった。俺はその光を目がけてバサッバサッ!っと木々を跳ねのける。


 そして、勢いよく飛び出した。


 「お、ここは──」


 澄み切った空気。

 心地いい夜風が体の疲れを取り去るように吹き抜けていく。


 ……眼前に広がった光景は、ありふれた言葉でいうならば幻想的な世界だった。


 月明かりが照らす美しい湖の中央に大きな壁と門が見える。城壁と思われる四方には火が灯り、手前には見張りらしき人影がある。


 更にその奥にはハッキリとは分からないが、城らしきシルエットが浮かび上がる。


 俺は固まったように目を奪われてしまっていた。

 だが、こうしてはいられない。


 後ろからは謎のモンスターが迫っている。

 再び、耳を打つ咆哮に背筋がピンとなる俺。


 背後を振り向き、慌てて後ずさった次の瞬間、木々の影から勢いよくそのモンスターが飛びかかってきた。


 そして同時に響く、夜の静寂を破るような誰かの声。


 「〝獣波斬じゅうはざん〟!」


 俺の横を吹き抜ける一筋の風。

 形を成した衝撃波が、俺に飛びかかってきたウサギ型モンスターを一瞬で斬り裂く。


 (な……何なんだ……)


 モンスターの死体が俺の足元に落ち、敵を斬った何者かがゆっくりと歩み寄る。

 

 こちらを睨むようにギラッと光る鋭い眼光。

 月明りに照らされたソレは、暗闇の中でもはっきりと分かるほどの巨大な斧を携えた、2メートルはあろうかという二足歩行する大きな黒猫……。


 (いや、黒猫ではないな。黒豹だ。それが一番近いかも)


 体は革の鎧で覆われ、腰回りは荒くれ者が好みそうな毛皮みたいなものを巻いている。


 (前髪まであるんだ……どうでもいいことに目がいくのは恐怖のせいか……)


 ここまで冷静だと思っていたが、俺は自分の体が震えていることに気づく。


 そりゃあ、この状況だ。

 迫り来る謎の黒豹に殺られるかもしれないし、いつまでも冷静でいられるわけがない……ごくごく自然なこと……。


 (──もしかして、俺、ここで死ぬのか……)

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