二人一役復讐奇譚

森本 晃次

第1話 断崖絶壁の吊り橋

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。ちょっとした行動に、時代錯誤があるかも知れませんが、時代考証は少しでたらめと思っていただければ、いいかと思います。たぶん、可愛いと思われる程度で、気付かない人もいるかもです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。ご了承願います。


 女は男を好きになると、まわりが見えなくなるというが、本当であろうか?

 好きになった相手のためであれば、何でもしてあげたくなる。相手が何を望むかということよりも、望まれたことをしなかったことで相手が自分を捨てるのではないかと思うと、その恐怖は次第に強くなり、収まりがつかなくなってしまうことを認識した時、あらためて、自分がその人に惚れているということを認識するのかも知れない。

 そこにお金が絡んでくると、かなり厄介な話になってくる。相手はそんなつもりはなくとも、女性側が男性のためにいくらでも工面してあげるような気分に陥ってしまうと、男性も甘えが出てしまい、中にはヒモのようになってしまうやつも出てくるだろう。

 女はそれでもいいと思う。自分が尽くすことで、好きになった相手を助けてあげたという満足感が自分を支配してしまうと、もう完全に自分に酔ってしまい、相手の男性を好きだというよりも、健気な自分への愛を恋愛感情と誤認してしまい、相手の言いなりになってしまうこともある。

 そうなってくると、逆に相手に尽くしていない自分は、本当の自分ではないなどという錯覚に陥り、健気さという自己満足がなければ、相手に関しての愛情ではないと思うだろう。

 愛情がなくなるのは、相手に嫌われるよりも怖いことだ。しかも、相手に尽くさなくなってしまうと、愛情がなくなったことになり、相手が自分を嫌っているという思いを一緒になり、自己嫌悪が二倍になるだろう。

 相手の気持ちは変わっていないのに、勝手に自分だけで盛り上がって、勝手に悲劇のヒロインを演じてしまう。ここに悲劇が完成するのだが、その理由のそもそもは、好きかどうか分からない相手を好きになるきっかけから、間違っていたからに違いない。

 女性が我に返った時、男性は豹変していた。

 相手の女性の魔力に引き付けられてしまい、逃れることができなくなり、相手の甘い誘惑が、その男を腑抜けにしてしまった。

 女の方も男に貢ぐだけ貢いだ挙句、貯金も使い果たし、借金まで背負っていることになってしまった。幸い、今なら何とか返していけるだけの借金ラインであったが、これ以上相手に貢ぐことは、我に返った彼女には到底できることではなかった。

 だが、相手の男を腑抜けにしてしまい、自分がいなければ生きていけないほど惚れさせてしまった自分の罪深さを感じた時、このまま見捨てるわけにもいかず、結局ズルズルと来てしまい、無駄な時間を過ごすことになってしまった。

 それでも何度か、彼女は男に対して、

「あなたも男なんだから、しっかりしてよ。私にばかり頼っていないで、少しは働いてよね」

 というと、男はそれを聞くと、怒ったりまではしないが、いかにも面倒臭そうにふてくされた表情をして、

「ああ、分かったよ。職探しすりゃあいいんだろう?」

 としか言わない。

 女性は名前を津軽恭子という。今年二十五歳になったが、四年生の大学を卒業し、地元の禁乳会社の事務員として就職した。そこで知り合ったのが、秋田省吾という男で、直属の上司であり、どうやら、恭子が入社してきた時から、意識していたようだ。

 その証拠に、入社式が終わり、所属部署が決定してから配属された部署で、初めて会ったはずの恭子に対して、秋田の表情は、

「まるで幽霊にでも遭ったかのような表情」

 をしていたのが印象的で、その瞬間、恭子の方も秋田という男に対して電流が走ったような衝撃を感じた。

 それだけ秋田の視線には痛みを感じさせるほどの力があったのだ。

 秋田は、最初の頃は優しかった。しかも、男として決めるところを決めようとすると、ちょっとしたミスをしてしまうことがあった。

 まだ、付き合うと決まったわけではなかったが、彼からデートに誘われた時、彼の車で出かけたのだが、帰りがけに、何と彼がキーを車の中に差したまま、ロックを掛けるというような情けないところがあった。

 そんな彼を見て、

「本当に情けないわね」

 というと、彼は真剣な顔で落ち込んでいたのを、恭子は、

――なんで、ここまで落ち込むの?

 と、相手の気持ちが分からなくなるほどの距離を最初に感じたのだが、それはあくまでも最初だけのことだった。

 自分にないところを持っている相手に興味を持つのは、好奇心からだけであろうか。実際にはそんなことはないだろう。そこに恋愛感情が絡んでくることもあることは、普通であれば、想定内のことだ。

 それをきっかけだと思わないと、男女が付き合いたいと思う相手にまで発展しないのではないかと恭子は思っていた。

 男の方はどうだろう?

 これも人によるのだろうが、そんなきっかけなどなくても、相手を好きになることはあるかも知れない。だが、それが付き合うということに発展するかどうかは、あくまでも相手があってのことである。相手との距離を縮めるという意味で、相手が自分に対して恋愛感情を抱いてくれていると、たとえ誤認であっても、そう思い込むことは、自分が男性として相手にアプローチを掛ける一つの正当性のように思えた。

 だが、秋田省吾という男は、最初は本当に控えめな男性で、女性と話をするだけでも緊張し、何しろ、キーを車の中に忘れるなどという、実に滑稽な行動をするくらい、女性に対して免疫を持っていなかったのだ。

 ただ、彼には女性に対して大いなる好奇心を持っていた。それを表に出さなかったのは、女性とどう接していいのか分からなかったからで、女性の方方近づいてくれたりなんかすると、そのウブな面が、一気に噴き出すというわけだった。

 だが、彼がそんな情けない態度を取るのは二人きりの時だけであって、会社では本当に頼りになる上司だった。

 ミスをした部下に対し、温厚な態度で接したり、考えが甘い部下に対しては、毅然とした態度を取る。相手によって自分を使い分けるテクニックは、

「さすが上司」

 と思わざる負えないほどだった。

 秋田と付き合い始めたのは、入社してから半年もしないうちからだっただろうぁ。きっかけは社員旅行の時だった。

 二人きりになれる機会があり、その時、恭子は初めて気になっていたことを聞いてみたのだ。

「秋田さんを初めて見た、入社式の後の配属の時、あなたは私を見て、何か驚かれたような気がしたんですが、あれは何だったんですか?」

 と聞いてみた。

「ああ、以前に友達だった女の子が君にソックリだったので、ちょっとビックリしたんだよ。まだ都会に出てくる前の田舎でのことだったんだけど、一年後輩に君に本当にソックリの人がいて、君を初めて見た時、僕は田舎にいた頃に戻ったような懐かしさを感じたんだ。悪いとは思ったんだけど、じっと見つめていたのはそういうことだったんだ」

 と、秋田は言った。

「秋田さんは、今まで、女性とお付き合いしたことはあったんですか?」

 と訊ねると、

「いいや、仲良くなることはあっても、付き合い始めるということはなかったかな? 大学の時など、お互いに付き合おうって言いながら、付き合い始めたつもりだったけど、すぐに相手から、やはり友達以上には見えないって言われたんだけど、それって、体よく断られたということだよね? 大学時代とはいえ、何度かそんなことがあると、さすがに落ち込む。そのうちに、自分から彼女がほしいって思わなくなったんだ」

 tいうではないか。

 カギを閉じ込めた一件にしても、恋愛感情と比較して。

――なるほど、恋愛したことがないから、デートのようなシチュエーションでは、あんな情けない面を見せるのか、それとも、あんな情けない面を見せるような人だから、恋愛経験がないのか、少なくとも、彼と知り合った女性には、秋田という男性が女性と付き合ったことがないということにすぐに気付くんだろうな――

 と感じるのだった。

 世の中には、肉食系男子、草食系男子といて、最近は草食系が多く、そのため、少子高齢化を招くことの一因になっているというような話もよく聞くが、草食系男子が、最初から草食だったと思ってはいけないだろう。さまざまな理由がある中で草食になった理由もちゃんと理解しなければいけないと、恭子は感じていた。

 そんな秋田が、恭子に告白してきたのは、社員旅行の日だった。その頃には恭子の方では気持ち的に盛り上がっていて。いつ告白されるかを日一日として、一日千秋待っていたのだ。

 告白のセリフも、まるでマニュアルに書かれているかのようなベタなセリフだったが、下手に凝ったセリフよりも、不器用な彼らしくて却って新鮮だった。

「私なんかでいいの?」

 と彼の言葉に、こちらも白々しいほどの言いまわして聞いたが、相手は最初から真剣でしかなかったので、

「ああ、君しかいないんだ」

 と答えてくれた。

 もう二人の間にはそれだけで十分だった。

「ありがとう。私、幸せになりたいの」

 というと、彼は抱きしめてくれ、初めてのキス……。

 それが二人の間の告白だった。

 恭子は彼が自分を頼ってくれることが嬉しかった。会社では自分が頼りにしている上司という存在、それなのに、プライベートではまったく違って、自分に甘えてくる。そんな姿を知っているのは自分しかいないという自負が、会社にいても、皆に秘密を持っているようで、それだけで嬉しかった。

 元々秘密主義なところのある恭子は、まわりに対して、

「そのうちにバレルだろうけど、それまで、バレてもいいと思いながら密かに付き合っていけるのが結構楽しい」

 と思っていた。

 秘密主義ではあるが、それはバレた時に感じる優越感が何とも言えず、たまらなく嬉しいからであって、身体に震えが来るくらいの感情であることを、分かっている気がした。

 そんな彼との想像していたような付き合いは、半年ほど続いただろうか。

 その半年が結構長かったように思えたが、後から思うと、まるで線香花火のようにあっという間だった気がする。長かったと感じたのは、線香花火が綺麗だったからではなく、あまりにも明るすぎて、まわりが見えなくなってしまっていたからだということに気づいていなかったのだ。

 そこから半年が過ぎると、急に秋田が、

「俺、会社を辞めようかと思うんだ」

 といういきなりの爆弾発言だった。

「えっ? どういうことなの?」

 と訊いたが、それに対しての彼の回答は、

「俺、昔から小説を書くのが好きで、今まで趣味で書いていたんだけど、それをこの間、某出版社の新人賞に応募したら、合格したんだ。それで、プロを目指して頑張ってみたいと思っているんだけどな」

 というではないか。

 夢を目指すことは素晴らしく、しかも文芸を含めた芸術を志している人に、人知れず憧れてもいたのだ。

 しかし、秋田がまさかそこまで考えているとは思ってもみなかった。

「俺の趣味は小説を書くことかな?」

 と最初言われた時、

「うわっ、すごい。私芸術に造詣が深い人って憧れているし、好きなんです。私も応援するから頑張ってほしいな」

 と言ったことがあった。

 ただ、それも趣味だということで言っただけで、まさかプロを目指そうなどと考えているとは思いもしなかった。

 恭子が応援したいと思ったのは、趣味の段階で書き続ける彼を応援したいと言ったことであって、プロになりたいというのは、恭子にとってカミングアウトにしか見えていなかった。

 だが、彼が一生懸命な姿を見て、いくら彼女であっても、彼の意志を止めるわけにはいかないと思ったことで、

――それなら、私が実際にバックアップしてあげなければいけないんだわ――

 と、いう、いわゆる、

「内助の功」

 の気分になってきた。

 まだ結婚もしていないのに、すでに新婚気分に浸っていた恭子であった。

 だが、それが間違いだったのだ。

「彼の本質を見誤っていた」

 と言ってしまえばそれまでなのだが、本当にそれだけで済まされることなのだろうか。

 秋田は、最初こそ小説に集中していたが、次第にやる気を失っていった。編集者の人から作品への辛辣な指摘に気が滅入ってきたようなのだ。恭子は一生懸命に励ましていたが、、励ますだけではどうしようもない。逆にh演習者の辛辣さと、恭子の気を遣って、腫れ物にでも触るような態度にジレンマを感じていたのだ。

「自分のどこにいるか分からない。立ち位置が分からない」

 そんな状態を続けられるほど、人間というのは、強いものではなかった。

 五里霧中の中、秋田は判で押したような転落人生を歩むことになる。昼は執筆、夕方から日にちが変わるくらいまでの時間、アルバイトをすることで、何とか食いつないでいる。「小説家のタマゴって、そんなものだろう?」

 という彼の言葉に、恭子は逆らうことはなかった。ひょっとするとその時に感じていたのは、

「これは彼の人生であり、私が介入できるものではない」

 という他人事であり、気楽なものであったのだろうが、それが寂しくもあった。

 なるべく考えたくないと思いながらも、そう考えてしまう自分に矛盾を感じながら、

「こんな矛盾を感じているのは、世の中で自分だけだ」

 などと、ありえないことだと思いながらもそう感じたことに、なぜか違和感はなかったのだ。

 そのうちに彼がギャンブルにのめり込んでいく、まさに転落人生を絵に描いているようだ。

 パチンコに、競馬など、やらない人間にとっては何が面白いのかと思うのだが、考えられるとすれば、その時間だけ、現実から逃れることができるという「現実逃避」の考えなのだろう。

 しかし、ギャンブルは素人が手を出せば、負けるようにできている。そんな単純なことくらい分かっているつもりなのだが、依存症になってしまうと、抜けるのが難しい。何か好きなことでも他に見つければいいのだろうが、そもそも、

「小説を書く」

 という好きなことをしていたにも関わらず、それを商売にしてしまったために、

「現実逃避」

 の道具が、

「現実」

 になってしまったのだ。

 もうどこにも逃げる道がなくなってしまい、自らの退路を断ってしまったのだろう。

 それは決して悪いことではないのだが、そのために必要で、最低限であるはずの覚悟というものを最初に持っていなかったことが一番の問題だったのではないだろうか。

 覚悟というものは、途中からできるものではない。最初から覚悟を持って臨まなければ、その時点で、スタートが狂ってしまう。スタートから狂った状況で走り出したとすれば、普通に走っていると思っても、まともにはおぼつかないだろう。しかも、まともに走っていると思う時点で間違っているのだから、その時点から何を考えたとしても、スタート時点がすでにマイナスの状態なのである。

 見えているものがすべて地表より下なのだから、上の世界など見えるわけはない。真っ暗だと思って見ているとすれば、それは、穴の中を見ているからだと言えるのではないだろうか。

 まさか、彼がそこまでの転落人生を歩んでいたということに、一番近くにいたはずの恭子が気付かなかったのは、覚悟がなかったからだろう。だが、秋田もそのことに気づいていて、

――この女、どうして俺のピンチを分かっていながら、スルーしやがるんだ――

 と思っていた。

 恭子は本当に分かっていなかっただけなのに、わざとスルーしていると思われたのであったが、実際には、どちらでもいいレベルにまで至っていた。それでも最後の決断の時に、この時の感情が大きく影響してくるのだが、そんなことをその時の二人には分かるはずもなく、その時点で目に見えない二人の間には大きな溝ができてしまっていたのだ。

 その溝は、断崖絶壁の奈落の底のようであり、石でも落とさないと深さが分からない、底なし井戸のようなものだった。

 下を見るだけで、足が竦んで吸い込まれそうな錯覚に陥る谷底を感じていると、見ていないと思っていた夢を本当に見ていて、その夢に、この断崖絶壁の谷底が出てきたような気がしたのだ。

 断崖絶壁など感じたこともないはずなのに、谷底だけ意識があるのを感じると、

「夢も見ていないはずなのに」

 という、いくつかの矛盾にぶつかるのを感じるのだった。

 矛盾を感じていない時期はまだよかったのかも知れない。いや、それは矛盾であっても、理不尽さを少しでも感じてしまうと、矛盾であることが分からないだけに、ムラムラした気持ちがこみあげてきて、自分のしていることがどんどん信じられなくなり、前に進むにも後ろに戻るにもできなくなってしまう。まさに、

「断崖絶壁の谷底に掛けられた吊り橋の上にいるような感覚」

 であろう。

 秋田は、小説家を目指している間はまだよかったのだが、そのうちに、いつの間に蚊それもやめてしまった。今ではアルバイトだけをして、毎日を食いつないでいるだけであったが、そのアルバイトを辞めるのも時間の問題だった。

 完全なニートになってしまい、恭子の前から姿を消すという、最悪のシナリオを描いてしまった秋田という男は、本当にどうしようもない男であった。

 一人残されたのは、恭子であった。

 恭子は、秋田の夢のため、自分も会社を辞め、風俗で働かなければいけなくなっていた。今から思えば、どうしてそんなバカなことをしたのかと思うほど、後悔の念に苛まれたが、秋田を信じたのが運の尽き、借金の保証人になってしまっていたのだ。

 ただ、恭子は風俗を始めることに対して人並みに、いや、人並み以上に自分の貞淑にこだわりを持っていた。しかし、一度開き直ってしまうと、肝が据わってくるのだった。最初は、やくざのような連中に貞淑を売るように諭され、脅され、蔑まれるかのような惨めな淑女であったが、開き直ってしまうと、そんな男連中がビックリするほど、自分への貞淑を、アッサリと捨ててしまった。

 これは、恭子が現実的なものの考え方や、物事をポジティブに考えるからだというようないい意味での性格からではなかった。潔さが他の人に比べて少しあったというだけなのだろうが、ここまで極端に変わる女を、今までたくさんの女性を地獄に叩き落すような行為をしてきた連中でも、

「今までにこんな女、見たこともない」

 と言わしめるほどであった。

 そもそも頭の回転はいい方だったし、風俗における彼女の姿は、まさに聖職を得たと言ってもいいほどであろう。

 恭子の風俗においてのとりえは、

「相手によって、どんな性格にもなれる」

 というところであり、相手が望めば、SM関係のSにもMにもなれる。貞淑な乙女を演じることもできれば、痒いところに手が届く、そんな女性を演じることもできたのだ。

 元来、面倒見のいい女性だったので、尽くすことに掛けては、立証済みと言ってもいいだろう。そういう意味では、最低な男ではあったが、秋田という男の存在が、恭子に役立ったと言ってもいい。

 それは彼女を変えたというわけではなく、元々内面に持っていた性格を引き出したというべきであろう。

 だから、お店で彼女がナンバーワンになるまでにはそれほど時間はかからなかった。入って半年には、店を代表する風俗嬢として、君臨していたのだ。

 そんな恭子は、店では、

「みゆき」

 という源氏名だった。

 お店は、ソープ「エレガンス」という、どこにでもありそうな名前だったが、歓楽街にある風俗横丁では老舗で、昔から高級店としての名が通っていた。今までの風俗街の溺死を作ってきたというか、風俗街を静かに見つめていただけあって、貫禄があった。その中でも歴代でも間違いなくランクが上の方だという評判のみゆきが、ナンバーワンになってからというもの、秋田が作った借金など、あっという間に返せたのだった。

 秋田も借金は恭子にだけ負わせたわけではなかった。最初恭子は、さすがに何も知らないウブな女の子だった時はビックリするような金額だったが、それでも秋田がこさえた借金はそんなものではない。

 秋田と言えどもさすがに一口以上の保証人にできるわけもなく、他にも女を作って、その女に対しても、恭子と同じような目に遭わせていたのだった。

 その女はさすがに恭子のような根性が座っていなかったので、大衆店のソープに身を落としたが、彼女に幸いしたのは、彼女自身、男に奉仕することが嫌いなタイプではなかったことだ。

「ソープが天職」

 などと思っていたわけではないが、それまで抱いていた風俗に対してのイメージが覆るほど、これまで見たこともなかった世界を見たことが嬉しかった。

 彼女はソープ「アマンド」に所属する源氏名を「あやめ」と言った。彼女は、みゆきのように、いろいろな客たーを演じることはできなかったが、彼女の本性である、清楚であざという演技を、本性を交えながらできることで、大人気になった。一つの人格を二つの性格から導き出すという彼女の技であった。

 そういう意味では、幸か不幸か、秋田が女に対してした仕打ちから、本当の転落人生を歩んだ女性がいなかったのは事実だった。しかし、秋田のやったことは、そんなことでは許されるはずもなく、いずれバチが当たることになるだろう。

 それは、その時は誰にも分からなかったが、

「神のみぞ知る」

 ということであろう。


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