鬼人譚

うさだるま

第1話

鬼人譚


1話


0.

「無い」ことは恥じる事ではなく、寧ろ人とは違うと誇るべきである。


1.

その日は世界が終わる日だった。テレビやラジオのニュースは大慌てで報道をし、人々は焦り、逃げ、諦めた。

突如飛来してきた巨大隕石。それが人類の歴史に終止符を打つ。

誰もがそう思っていた。

しかし、そうではなかった。

巨大隕石は大気圏に突入した時、表層が剥がれ、なんらかの物質、または成分を撒き散らした。

そしてそれはどんどんと剥がれ落ちていき、想定より何倍も小さくなって地球に激突した。

死者は約三十億人。

人類は多大なる犠牲を払いながら、運良く、たまたま、助かった。

ただ、それは隕石被害の第一波でしかない。

剥がれ落ちた物質は衝撃で粒子状になり、生き残った人類を襲った。

目から、耳から、鼻から。

あらゆる経路で人体に入り、そして、

〈新しい力〉に目覚めさせたのだ。

、、、一人の少年を除いて。


2.

まだ6月だというのに、汗がだらだら流れるような猛暑日に長く苦しい学校生活の内の1日が終わり、俺は帰路についたところであった。照りつく日差しが辛く、足取りが重い。フラフラと右に左に揺れながら、いつも通りの通学路を歩く。

どうも最近は暑くて仕方がない。毎年毎年、ニュースで言われる、予想外の猛暑!とか例年の何倍!とかの話は聞き飽きたのだ。全部まとめて、めっちゃ暑い!去年よりまためっちゃ暑い!と馬鹿みたいに言ってくれたら、天気だけじゃなく気も晴れるだろうに。

話によるともう暑すぎて夏に蚊は飛んで来れないらしい。熱で人を感知している奴らは気温が体温以上になってしまう異常でなくなった異常気象には耐えられず、梅雨頃に幅を利かすようになった。

それは今、一億総超常社会と言われるこの世界において、なんの異能も持たずに生活している自分から見ると少し思うところがあるのだが。

世界はあの日から変わってしまった。足が速けりゃモテると言われた小学生も今じゃ能力がかっこよければモテるなんて言われてる。

俺が変わったわけじゃないのに、俺が異常扱い。もう一個隕石降ってきてくんねぇかな。

そんな事をうだうだ考えながら、帰路も半ばまで来たかというところ。

俺は、「異常」に出会うことになる。いや、能力とかを抜きにした非日常。

人が道で倒れているのだ。

背丈からして小学生くらいの男の子が道の真ん中でぶっ倒れているのである。


「だ、大丈夫!?」

「あ゛あ゛ぁ、み゛、水、、、」


男の子の声は、酷くガラガラで、なんとか水が欲しいと言っているのが分かるレベルだった。

俺は、とっさに鞄の中から水筒を取り出して、男の子に渡す。男の子はそれを力無く受け取り、ガブガブと音を立てて飲み始めた。

脱水症の時はゆっくり飲んだ方がいいと聞いたのだがどうなんだろう。救急車は呼んだ方がいいのだろうか。

俺が悩みながら緊急ダイヤル119を押そうとした時にストップが入る。


「ま、まっとくれ!儂はもう大丈夫じゃ!救急車なんぞ面倒なもんは呼ばんでくれ!」


そのご年配の方でもしないほど古ぼけた喋りは先程まで倒れていた男の子のものだった。


「儂は医師免許ももっとる!自分のことは自分が一番分かってるって言うじゃろ?まあそれが本当じゃったら医者なんていないはずなわけじゃがな?」

「変な事を口走ってる、、、やっぱり救急車呼ばなきゃ!」

「ストップ!ストーップ!」


ドクター(自己申告)ストップが入った。それは、説得とかではなく、単純にスマホを奪い取るというストップの仕方だった。


「ちょ!なんでとるの!絶対病院に行った方がいいって!」

「じゃー、かー、らー!言うとるじゃろ!儂の事は儂が一番分かっとる!これでも伊達に一世紀近く生きてないわい!こんなケツの青いガキに心配されるほど弱っちゃない!」

「ケツの青いガキって、、、君だって俺と同じガキじゃないか。親御さんはどこにいるんだい?」

「こやつめ、儂の事をガキ扱いしとるな?この儂を誰だと思うとる!」

「いや、誰なのさ」

「学のないやつじゃ。仕方ない教えてやろう。儂は異能科学の第一人者。人呼んで!肉体コンピュータ、タレンとは儂の事じゃ!」

「へぇ、なんのアニメの設定?」

「ちっがーう!!!本当じゃ!!ほらこのスマホ見てみい!」


タレンと名乗る男の子は華麗に俺のスマホを操り、何かしらのサイトを見せてきた。

トップページには〈タレン氏、若返りの技術を確立!〉と書かれていた。

サイトをスクロールするとタレン氏と呼ばれる気難しそうなお爺ちゃんの画像も出てきた。


「これが?」

「まだ分からんか、馬鹿者!儂がこのタレンじゃ!天才異能学者!た!れ!ん!!!」

「へぇ、すごいねぇ。」

「信じてないな!舐めよってからに!!!」

「うん」

「うん、じゃない!儂はおぬしの事をこれでもかというくらい調べてきたのに!」

「え、なんで?」

「なんでもなにも、儂の研究におぬしの無能力が必要だからじゃ!身長165cm、体重55kg、年齢14歳の〈本木 一(もとぎ はじめ)〉君!」

「おお!当たってる!」

「勉学、中の下!体力テストは万年三級!!交際経験なし!」

「お、おお?」

「能無し!金なし!根性なし!」

「おい!言い過ぎだろ!」

「事実じゃもの」

「事実でも!」

「まあ、分かったじゃろ。儂が本物の異能学者じゃとな。」

「いや、俺の事知ってたからって全然なんの証明にもなってなくない?」

「、、、まあ確かに。なんでおぬしの事を説明したんじゃ?これが分からぬ。」

「もういい?帰るよ?後で病院行きなよー」

「ま、待て!」


タレンは俺の袖を掴んで、引っ張る。


「なんで儂が倒れとったのか分からんのか?!」

「はあ、熱中症とかじゃないの?」

「そうじゃ熱中症じゃ!おぬしを待ってて熱中症になったんじゃ!」

「はあ」

「じゃからおぬしが悪い!おぬしのせい!!」

「え、俺のせいなの?」

「そうじゃ!じゃから研究手伝って!仕事手伝ってぇぇぇぇええ!!!」


タレンは駄々をこねる。道端で鼻水を撒き散らしながら。


「うわぁぁぁあああああ!!!」

「、、、うるさいなぁ」

「手伝ってえええええええええ!!!!」


タレンは泣き止まない。近くを通っていくマダムたちの視線が痛い。奥さん。マジで俺のせいじゃないんです。と今すぐに弁明したい。側からみたら小学生を泣かしている中学生。

あまりにも事案だ。


「、、、」

「手伝えええええええええええ!!!!!」

「、、、くそ!分かった!分かったから!手伝うから!黙ってくれ!」

「本当?!言質とったよ!やったー!」

「、、、おい、嘘泣きかよ」

「賢いものは頭をつかうんじゃよ。若造。」

「賢いものの戦いが駄々をこねる事ですか。さぞ経験豊富なんでしょうね。」

「五月蝿い。言質さえとってしまえばこちらのもの。ほら手を出せ。」

「手?」


タレンが手を出せというので、俺は手を前に突き出してみた。するとタレンは俺の手を強く、ギュッと掴んだ。タレンの手首にはブレスレットがされている。


「儂はな、異能学者なだけでなく、発明家でもあるんじゃ。しかもそっちでも天才扱いをされとる凄腕じゃ。」

「はあ、手ぇ、離してくれる?」

「つまりな、瞬間移動もお手のものなのじゃよ」


タレンがそういうと、タレンの手首のブレスレットが光り、辺りを煌々と照らす。

あまりの光量に目を閉じる。

再び目を開けると謎の機械が音を立てて稼働する広い部屋に世界が変わっていたのだった。


3.

巨大なロボットアームに大きな培養槽。太いチューブに壁一面のモニター。真っ白な壁と床。

アニメや漫画でみるような、研究所の要素の詰め合わせのようなとにかく広い部屋が目の前に広がっている。よく見ると、賞状やトロフィーを飾っているガラスケースのような物もある。

ここはどこだ?学者を名乗る変な少年の手を握っただけのはずだったのだが。なんでなんだろう。ショタの手を握ったからか?今はそういうの厳しいっていうしな。一発で刑務所行きか。なるほどな。ここで実験台になるのかな?てことは死刑判決が出たわけね。うーん世も末だな。


「末なのは、おぬしの頭じゃろうて、本木一君。」

「ああ、タレン。何故ここに。」

「呼び捨てにするな、小僧めが。儂のラボじゃから儂が居って当たり前じゃろうが。」

「タレンのラボ?」

「そうじゃ、覚えてないのか?儂がおぬしの手を握って、ここまで飛んできた事を。」

「え?どういうこと?なんで俺よりちっちゃい子がなんでそんなことができるの?なんでこんな所にいるの?」

「だから、言ったじゃろうが。儂が本物の天才異能学者、タレン様なんじゃよ。」

「、、、嘘。」

「いんや本当じゃ」

「、、、何歳?」

「今年で113歳じゃ」

「うお、すっげージジイ。」

「ジジイじゃねぇわ。」

「え、じゃあこのラボは本当にタレンのって事?マジで!?」

「ああ、マジもマジ、大マジじゃ。儂が若い頃にコツコツ成果を上げて、手に入れたマイラボじゃよ。」

「へぇ、すっげぇ!!、、、ん?てことはさ。113歳のクソジジイがさっき道端で駄々こねてたって事?」

「、、、いや、その。」

「ん?どういう事だい?恥ずかしくないのかい?天才異能学者さん。」

「、、、いやぁ、歳だから、そんな昔の事なんぞ覚えてられんのう。婆さん、わしゃ飯を食ったかい?」

「都合のいいときだけボケやがって、この超後期高齢者が!」

「うっせ!おぬしがすんなりこん方が悪いんじゃろうて!」

「あ、そうだ。それ。なんで俺をここに来させたかったの?」

「おお、良くぞ聞いてくれた。」


そういってタレンは俺に向き直り、ニヤリと笑ってさらに話し始める。


「一君。おぬしは、この街で行方不明者が増加していることを知っているかね?いや、知らなくて当然。増加といっても年々上がっていくグラフの傾斜がちょっと強くなったかな?って程度の増加じゃ。」

「はあ、それがどうしたの?」

「それなんじゃが、ここ最近は特に酷くなっておっての。先月はこの街だけで50人もの行方不明者が出ておるんじゃ。しかも、普通行方不明者は儂みたいな老人が多いんじゃが、年齢関係なく行方不明になっておる。不思議じゃろ?」

「うん?うん。まあ確かに。」

「儂も不思議に思って独自に調べてみたんじゃ。するとあろうことか、どうやらこの国が隠していることがあるらしくてのぉ。さらに調べてみると、この街の行方不明者は殺されておることがわかったんじゃ。」

「殺されてる?!誰に?」

「バケモノに。じゃ。」

「バケモノ?」

「おそらく何かの能力じゃろう。突然街に巨大な怪物が現れては人を殺して、消える。そんな事件がこの街では起こっておる。国やメディアが動かんところを見ると、お偉いさんが関係しておるのか、それとも妨害できる能力者がいるのか、どちらにせよ組織的に動く犯罪者集団がこの街で動いている事になる。」

「え、ヤバいじゃん。どうすんの、、、」

「そうじゃろ?ヤバいじゃろ?じゃから儂は突然街に現れるバケモノに対して対策を講じた。これを見てくれ!」


そういってタレンがどこからともなく出したボタンを押すと、床から高さ2m横1mくらいのメタリックな円柱が迫り上がってきた。


「、、、円柱?」

「ああ、違う違う。ほれ。」


タレンがもう一度ボタンを押すと、円柱が縦に線が入り音を立てて開く。

そこには、鬼の形を模した、鎧が一式おいてあった。鎧といっても、日本の古風な鎧ではなく、中世ヨーロッパの無骨な鉄の鎧のイメージに近い。鬼鎧の爪や牙はとても鋭いが、それよりも生きていないはずである鬼鎧の眼光の方が鋭く感じた。


「タレン、これは?」

「儂の対能力生成物兵器、名を〈クローム〉。」

「へぇ、クロームかぁ。いい名前だね。」

「そうじゃろ?主な性能は身体機能上昇、疲労軽減、痛覚軽減、筋力増加じゃ。これでどんなバケモノでも倒せるってわけじゃな。」

「いいじゃん!そんなに凄いんだったら、俺じゃなくても、能力が使える人に使ってもらえばいいのに!」

「そう!そこなんじゃよ。儂が失敗したのは。」

「失敗?」

「儂はさっきの性能の他に追加しようとした機能があったんじゃが、それが君以外の人類が持っている異能力、、、通称セカンドを強化する力じゃ。」

「ほう、いいじゃん。」

「その強化するところがバグっておって、直らんくってのお。セカンドを持っている人間がこの鎧を着ると、、、死ぬんじゃ。」

「え、死ぬ!?」

「まあ、正確にいうとセカンドが制御できなくなるんじゃよねぇ。炎を出すセカンドを持つ人が着ると、自分が焼けこげてしまうし、回復できるようなセカンドを持つ人が着ると、回復力が高すぎて、過剰に回復する事によって全身が腐り落ちる。儂はそれで助手を病院送りにしてしまった。」

「なるほど、だから俺にその鎧を着て欲しいんだ。」

「御名答じゃ。さすがじゃ一君!」

「絶対着ないよ?人を殺せる機能がある鎧をどうして着なきゃいけないの?最悪俺も死ぬかもじゃん!」

「、、、まあ着てみんとわからんじゃろ?」

「だから怖えぇつってんの!」

「まあまあ、来てみたら考え変わるから。」

「考えより先に身体が変質してるかもだろうが!」

「まあまあ」

「い!や!だ!!!」

「ウルッセェよ!カスどもが!」


タレンでも俺の声でも、ない怒声がラボに響く。しかし周りを見まわしても二人以外に誰もいない。


「ここだよ!わかんねぇのか?ブチ殺すぞ、テメェよぉ?」

「え?だれ?」

「クロームだ!お前が装着する予定の鬼鎧、クローム様だよ!!!」


その声の主、クロームの方を見てみると、先ほどまでピクリともしなかった鬼鎧がガシャリガシャリと音をたてながらこちらを睨んでいる。

本当に今にも殺せるぞと言わんばかりの形相で。


「タレン!な、な、なんで動いてんの?!」

「ああ、クロームには自律思考AIを搭載しているんじゃよ。だから動くし、喋れるんじゃよ。」

「どんな教育したらこんな輩みたいな性格のAIになるんだよ!」

「誰が輩だクソボケ!おいジジイ!こんな弱そうなガキと組ませるわけじゃねぇよな!俺はもっと骨のあるやつが好みなんだ、前に装着してくれたやつ。ありゃあいい!自分の身体が燃えながらも戦うガッツがあったからな!カカッ!!」

「じゃが、クロームよ。一君以外じゃとお前を使いこなせんのじゃよ。すまんが一緒に戦ってくれんかのぉ?一君も頼むよ。この街の危機なんじゃ。」

「「絶対にヤダ」」

「まあ、念のため装着方法だけは教えておくから聞いておくんじゃぞ?クロームは今はこんな嵩張る鎧の姿なんじゃが、装着しない時はお面のように鎧の面の部分だけになる事が可能なのじゃ。その状態で顔にお面をつけるとスイッチが入り、君の身体に沿って、鎧が装着されていく。そういう仕組みじゃ。分かったの?」

「はいはい、分かったわかった。」

「じゃあクロームはコンパクトモードになっとくれ!」

「チッ、はいはい!」


そうクロームがいうと、鎧はみるみるうちに消えるようにしてなくなり、面の部分だけになった鬼の面がカラン、と音を立てて落ちた。

それをタレンは拾い、俺に差し出していう。


「まあ、どのみち君しか使える人間はこの世界におらんのじゃ。使うも使わんも君次第じゃが、儂はこの我儘な鬼鎧が世界のためになってくれる事を願うんじゃよ。じゃからのこれは君が持っていて欲しいんじゃよ。」

「、、、」


タレンはいつになく真剣にこちらを見ている。


「あー!もう、分かったよ。もって帰るよ!もって帰るけど絶対絶対絶対絶対!使わないからな!」

「ああ、分かっていることじゃ。」


タレンはニコリと笑う。


「それでは、そろそろ帰らせてあげんとのぉ。一君。手を出すんじゃ」

「はいどーぞ」


タレンと手を繋ぐと、ラボに来た時と同じようにタレンのブレスレットが光る。辺りは眩い光に包まれて、気づけば学校の帰り道。もう空は薄暗く、街灯がつき始めていた。バッグの中を見ると不服そうに鬼面がこちらを見ている。

俺はバッグをしっかりとじ、家へ向かった。


4.

俺の両親は優しい人だ。父さんは警察官で、交番で日夜、平和の為に働いている凄い人だ。ただ真面目すぎて上司と反りが合わないようで、喧嘩や揉め事を起こしてしまっているようだ。人類がセカンドを得てから、異能犯罪が多くなり、仕事内容も大きく変わったらしいけれども、地元を守る為に頑張っている姿は思春期の俺でも普通に尊敬する。

母さんは専業主婦で毎日、掃除や洗濯をこなしてくれている。確かに口うるさくて嫌な日もあるが、母さんがいないとうちは回らない。母さんが作る飯以上に美味い飯なんて食べたことがない。ノックもなしに部屋に入ってくる事を除けば完璧な人だ。

俺は家の前でカレーの匂いがする事に気づき心が躍る。カレーは好きだ。別に一番じゃないし、最後の晩餐は絶対カレーではないが、それでもテンションを上げるくらいには好きだ。逆に聞くがカレーが好きじゃない日本人なんているのか?いたとしたら嫌だ。いや俺はソイツを日本人だとは認めない。インドに行け、インドに。

そう思いながら、玄関のドアを開ける。チーズ残ってたっけな?


「ただいま!!」

「おかえり。初めましてだねぇ。」


ドアの先、玄関マットの上に知らないシルクハットを被り、縞々のスーツを着た男が立っていた。手には黒いビジネスバッグを持ち、顔は耳まで裂けそうなほど口角をあげ、ニマニマと笑っている。よく見ると土足だ。真っ黒な革靴を履いている。


「どちら様ですか?」

「ああ、大した事ないよ。イチ君?だっけ。」

「はじめです。」

「セールスマンみたいなものさ。お母さん病気でね。薬の訪問販売さ。じきによく効くと思うよ。じきにね。」


ニコニコ張り付いたような笑顔でセールスマンは笑う。


「はあ、そうですか。ありがとうございます。土足やめてくれませんか?」

「いいじゃんか。楽しければ。」

「何の話ですか?」


セールスマンは話も目線も焦点が合わない。

俺は少し怖くなった。穏便にこの男に帰ってもらおう。


「ところでさぁ?イチ君?」

「はじめです。」

「イチ君はさぁ?桃太郎の話を知っているかい?」

「まあ。」

「いーはなしだよねぇ!!!キビ団子!!

キビ団子って出てくるじゃんかさぁ!あれいいよねぇ!犬も猿も雉も。畜生共を無理矢理いう事聞かせて戦争に連れていく。そんな事ができたら最高じゃあないかい?!」

「あんまそういう見方はした事無いですけどね。」

「ああそうか可哀想に。可哀想なイチ君は桃太郎好きかい?ボクはダァーイ好き。」

「はは、よかったですね。」

「うん。良かった良かったんだよ。めでたしめでたしなんだよ。キビ団子は無限にある。」

「はあ」


セールスマンはよだれをダラダラ垂らしながら、ふらふらとしながら玄関に並べられた靴を踏みながら進んでいく。そこには父さんの靴もある。今日父さんが帰っている日だったか。

セールスマンは踏んでいる靴のことなどお構いなしに俺に近づき、俺の胸ぐらを急に掴み上げて言う。


「でもさぁ!桃太郎でおかしい部分があるんだよ。キビ団子でさあ?!兵隊をいくら作ってもさあ?!」

「は、はい」


セールスマンは心底真剣な顔で悲しそうにこう言った。


「ボクのうち、マンションだからペット禁止なんだよねぇー」


セールスマンがそういうや否や、家の奥で皿やグラスの割れる音がし、家が揺れる。


「だからさ。ボクは飼えないだよ。ごめんね。イチ君。」


鈍感な俺でも流石に気づく。全細胞がコイツが敵であると警告する。


「、、、誰だ、お前は!何をした!」

「おいおい。お爺さんが芝刈りに行ってからストーリーは始まるんだよ?イチ君。まだその時じゃない。またね。」


セールスマンはそう言い残し、玄関のドアを閉める。急いで俺が開けた時にはもう影も形もなかった。

何かの気配を感じ、俺は靴を脱ぎ捨て走り出す。

母さんは?父さんは?無事だろうか!?

俺は近くの部屋から順にドアを開けて回り、両親を探す。とても嫌な予感がする。当たってなければいいが。

両親の寝室のドアに手をかけた時、ここを開けたら戻ってこれないような、気配を感じた。

日常が終わってしまうようなそんな感じがした。

しかし、そんなことは言ってられない。両親が心配だ。

俺は意を決してドアを開けた。

ドアを開けた俺は胸を撫で下ろした。

部屋の中には、父さんがベッドの上で寝ていただけだった。

夜勤明けで疲れていたのだろう。かなり勢いをつけてドアを開けたのに寝息を立てて寝ている。よかった。物事をよく無い方へ考えてしまうのは俺の悪癖だ。さっきのセールスマンはただの変な人だっただけだ。大丈夫。

そう思って、母さんを探して階段を登り、キッチンにつながるリビングのドアを開けた。


「、、、え?」


真っ赤だった。

床が、壁が、天井が。

机が、テレビが、エアコンが。

少しの隙間もないほど、真っ赤に染まっている。

部屋は鉄臭く、踏み入れた赤い床の生ぬるさから、これは血だという事が理解できた。

部屋の真ん中にはボロボロに破けた母さんの服と、同じくボロボロになったエプロンが捨て置かれていた。


「これは、、、」


リビングの奥、洗面所につながるドアからゴソゴソと音がする。

俺は引き攣った顔のまま、そのドアに手をかける。するとバッグの中から、声が聞こえる。


「おい、ガキ。覚悟はあるか?」

「、、、覚悟?何だよ覚悟って、、、」

「戦う覚悟だ。オレ様を装着して戦う戦う覚悟だ。もしねぇんだったら、悪い事は言わねぇ。今すぐこの家から逃げろ。」

「は?クロームだっけ?な、何言ってんだよ、、、ろくでもない事言うなよ、、、」

「ろくでもない?オレ様は本気で忠告をしてやってるんだぜ?」


俺はバッグの中からクロームを取り出して怒りをぶつける。

ふざけた事を言いやがって。黙れ黙れ黙れ黙れ!


「ろくでもないだろ!この先にいるのは母さんなんだ、、、そうだろ?!なあ!」

「見えてねぇのか、この部屋の様子がよぉ。どう考えても、お前の母さんは…」

「うるさい!喋るな!」

「、、、ああ、そうか。そうだな。好きにしたらいいさ。オレ様は忠告したからな。」

「余計なおせっかいだ。」


俺はバッグを少々乱雑にしめて、握りしめたドアレバーを引きながら、俺は入っていく。


「か、母さん?、、、今日って、なんかのパーティの日だっけ、、、真っ赤に染めるなんて、趣味が悪いなぁ、、、アハハ、、、」


じゅろり、じゅろり。


何かが這いずる音が聞こえる。

その音の正体が考えなくても、いやでも分かってしまう。

音の主が目の前にいるのだから。

ドアレバーの先には巨大なタコのような化け物がギチギチに詰まっていた。そこから沢山の触触手を這いずり回らせ、「じゅろりじゅろり」と音が鳴っている。


「あ、ああ、、、」


絶望している俺に、タコの化け物は気づいたようで、部屋を蠢いていただけの触手が一斉にこちらを向く。

そして、そのまま触手は俺の腹目掛けて高速で突っ込んでくる!


ドズッッッ!!


勢いよく突っ込んできた触手は俺の腹に直撃し、俺を空中に持ち上げる。


「ぐがっ!や゛や゛めろ!」


俺は俺の腹を力強く押し上げる触手に対して、精一杯爪を立てるが俺の抵抗虚しく、持ち上げられたまま後方に吹き飛ばされ、窓ガラスにぶち当たる。


「ぎっ!」


ガラスに叩きつけられた身体は衝撃で声も上手く出せず、しゃがれた音が喉から出るだけだった。

窓ガラスは俺がぶつかった衝撃で跡形もなく、割れ、飛び散る。

触手は窓ガラスに俺をぶち当てても、止まる気配はなく、俺の腹を突き上げたまま、窓の外へ吹き飛ばした!

俺の体はなす術なく、2階の窓から空中に放り出され、そのまま落ちる。


「い゛、い゛でぇ゛!!!!」


幸い、落下したのは庭の地面で死ぬ事は免れた。

しかし、落ちた体勢が悪かったのだろうか。

右腕があらぬ方向へ曲がっている。

全身の痛みで叫びそうになりながら、俺は母さんの事を考えていた。

母さんはあの化け物に殺されてしまったのだろうか。急にこんなことになってしまって心残りはないだろうか。、、、俺もすぐにそっちにいく事になるんだろうか。

グルグルと考えていると、父さんがまだ家の中にいる事を思い出す。


「助けなければ」


ボロボロの身体が動く。意思がみなぎる。

戦わなくては。あの化け物を俺がやらなくては!!


「仕方がねぇヤツだ。優しいオレ様がもう一度お節介をしてやる。」


バッグの中から再び偉そうな声が聞こえる。


「なあ、ガキ。戦う覚悟はあるか?」

「ああ、もちろんだ。」


俺はバッグから鬼面を取り出す。すると小さく音が聞こえる。


[system all green,装着準備OK]


「なあガキ」

「何だよクローム。」

「ガキじゃ呼びにくいよなぁ。オマエ確か、一と書いてはじめって呼ぶんだよなあ。そうか。ふん。じゃあオマエの事をこれからは、一つ、単一を意味する〈モノ〉と呼ぶ。いい名前だろ?」

「どうでもいいよ。好きに呼べば?」

「じゃあモノ。高らかに装着と叫べよ。いくぜ!」


「「装着!!」」


俺は鬼面を顔に被せる。


[装着開始します。]


鬼面の端から液体のような金属が身体を滑って、まとわりつく。そして金属は少しずつ変形し、より鋭く、より固く、姿を変えていく。


[mode monochrome,装着完了]


鬼面は研究所で見た通りの鋭く、荒々しい鬼鎧に変化した。

そして、鬼鎧の牙が勝手にニヤリと笑い、叫ぶ。


「いくぜ!モノ!久しぶりに暴れさせてくれ!ガッカリさせんなよ!」


5.

装着すると、折れていたはずの右腕の痛みが消え、動かしにくいどころか普段と比べても、恐ろしく強くなっているのが感じられた。

俺は庭から玄関に回り、ドアを開け、父さんのいる寝室に向かう。

すると、寝室の前まで既に触手が伸びてきていた。


「くっ、触手が!」


俺は先程の痛みによる恐怖で足がすくんだが、すくんだのは「俺」だけだ。


「死んどけや!!タコ野郎が!」


クロームはお構いなしで、触手に爪で切り掛かる。

爪はあまりにもあっけなく、触手に食い込み、そのまま両断する。


「ギュ゛ピ゛─────!!!!」


両断した触手は辺りに粘性のある汁を撒き散らしながら、のたうち回る。

それとともに、家が揺れ、汚い喚き声が聞こえる。


「モノ!2階だ!2階!」

「わかってる!」


しかし触手は階段を移動する俺たちに向かって四方八方から攻撃を仕掛けてくる。


「「オラァ!!」」


その度に千切り、噛みつき、引きずり出す。

これがクロームの力、、、一発も受けれなかった触手の攻撃を簡単に攻略できるなんて。

2階の血塗れのリビングを超え、洗面所へ向かうと、タコのような怪物がこちらを睨みつけている。


「ギュピ─────!!!!」


空気を裂くような怒りに満ちた叫びを放ち、化け物は大量の触手を絡め、一本の大きな触手に纏め上げる。触手は大きな丸太並みに太く大きくなっていった。


「クローム、あれもいけるのか?」

「、、、やべぇかも。」

「え?嘘だろ!?」


そして化け物は先程、俺を吹き飛ばしたときと同じように俺の腹に狙いをつける。


「あークソッ!しゃあない!出し惜しみしてらんねぇな!!!モノ!右手を思いっきり横に突き出せ!!!」

「何で?!」

「いいから!早よしろ!ボケが!手は開いたまんまだぞ!!!」

「分かったから、焦らせるな!クソメタル!」


俺は横に手を横に突き出す。


[アタッチメント要請受理。metal rodを作成します。]


すると突き出した掌から、液体金属が溢れ出し、集まり、棘があるバットのようなものが作られた。


「この変な棒は?」

「変だと?ふざけんなよ?鬼といったら金棒だろうが!」

「金棒か!」

「いいから構えろ!来るぞ!」


巨大な触手は風を切り、突っ込んでくる。


「弾け!モノ!」

「うおおおおおお!!!!」


金棒を力を込めて全力で振る!


ガキンッ!!


金棒は見事に触手に命中し、軌道をずらす事に成功!弾かれた触手はそのままの勢いで壁に突き刺さり、どうやら抜けないようだ!


「よし!フィニッシュだ!」

「おう!どうやって?!」

「金棒の持ち手のところ!少し出っ張ってるだろ?それを押し込め!」

「これか?」


出っ張りを押すと金棒のトゲのある部分がゴウゴウと音を立てて高速で回転し始める。


「準備はいいな?!叩き込め!!」

「必殺技の名前は?」

「アッシェン アウトだ!」

「ダサくね?」

「黙れ!いくぞ!」

「「うおおおおおおお!!!!」


俺たちは触手の本体、タコの化け物に回転する金棒を振り下ろす。


「ギュ゛ギピ───────!!!!!!」


高速で回転する棘が肉に食い込み、削ぎ落としていく。


「「ashen out !!!!!!!!!」」


タコの化け物は真っ二つになり、肉体は塵になって消えた。


「た、倒した。母さんの敵を撃てたんだ、、、父さんを守ったんだ!!!!」

「まあ、雑魚メンタルにしてはよくやったぜ。褒めてやるよ。」

「、、、ああ。本当によくやったよ、うん。うん。」


鬼鎧の目からは涙が溢れ出している。


「あ、そうだ。父さんが無事かどうか見てこなくちゃ」


ガシャリガシャリと鎧をならし、階段を降りると父は既に起きていた。


「父さん!大丈夫?!」

「おお!一か?なんでそんな格好をしてるんだ?てか、一の方こそ、さっき上ですごい音がしたけどなんかあったのか?」

「ああ、それに関しては後でゆっくり話すよ。ちゃんと腰を据えてね。」


6.

街の郊外。屋上。ニマニマしながら笑うセールスマンが一人。遠くをみて、口角が耳まで上がりそうなくらい笑顔である。


「可哀想なイチ君はさぁ。思い込みが激しいところがあるよねぇ。一体誰が正義で誰が悪なのかなぁ?あ、悪はボクか。アハハハハ!!!まあ、なんでもいいよ。round2ってことさ。」




化け物を倒した、我が家の一階。

俺は、父さんと今の状況を話していた。


「、、、ごめん。タコの化け物ってなに?アニメの話?」

「いや、真面目に話してるんだよ!父さん!」

「、、、それが本当だとすると、もう、母さんは、、、」


俺は静かに頷いた。


「そうか、、、母さんが、、、どうして、、、」


父さんは膝から崩れ落ちた。


「父さん、、、」


そして膝から崩れ落ちた父さんは、そのまま床に倒れた。


「、、、父さん?どうしたの?」


父さんは呼びかけても、反応がない。


「父さん!父さん!!」


バチュン。


まるで水風船が叩きつけられて、破裂するように、父さんの身体が突然、目の前で弾けた。

辺りに血と肉片が散らばり、リビングと同じ状況になる。

そして、特筆すべきところは、父さんの肉体があった場所から蜘蛛の形をした化け物が現れ、どんどん大きくなっていっているのだ。


「、、、父さん?」

「モノ!戦闘体勢を取れ!!お前も死ぬぞ!」


蜘蛛の化け物は部屋パンパンに大きくなり、そのまま捕えようと、糸を伸ばし、攻撃をしかけてくる!


「モノ!、、、チッ、ガキが!反応しやがれ!」

「父さん、、、」

「一旦引くぞ!」


クロームに身体を操られるように、俺たちは家からでた。


「こんなヘタレなのかテメェは!あ?!」

「クローム、違うんだ。いや、違うわけじゃないけど、聞いてくれ。」

「、、、なんだよ?」

「実はさ。父さんのセカンドは身体から糸を出す能力だったんだ、、、」

「それがどうしたんだよ。」

「そして、父さんは蜘蛛の化け物になった。身体が弾けとんで、蜘蛛の化け物になった!!!」

「ああ。」

「俺は考えてしまったんだよ。母さんのセカンドは吸盤の能力。手や足に吸盤を出して物を掴みやすくする能力さ。母さんが父さんと同じ目にあったなら、母さんは一体どうなったんだと思う?」

「、、、さあな」

「は?わかってるんだろ?母さんがタコの化け物だった。俺が殺したんだ!そして、これから父さんも殺さなければならない!なんで!どうして!!!」

「、、、分かった。少し寝てろ。」

「え、」


急に意識が遠のく。

目を開けていられなくなり、身体も自由に動かせない。


「な、なにを、、、」

「今回ばかりは事情が事情だ。ヘタレでも許してやる。」

「や、、、め、、、、、、ろ、、、」







目を覚ますと全て終わっていた。家には巨大な蜘蛛の姿はなく、赤く染まった部屋がふた部屋ある荒れた家がそこにはあった。

自分の身体を見回すと、いくつも傷がつき、簡単な戦いではなかったことが窺える。


「、、、クローム。ごめんな。」

「黙れ。」

「、、、ああ。」


[装着解除します。mission completed]


鬼面になったクロームを外し、庭に置いたままのバッグを拾ってきて、その中に入れる。

俺の目からは涙が止まらなかった。

少し泣いたあと、喉が渇きキッチンに行くと、カレーを見つけた。


化け物との初戦の後のカレーは焦げて、食べられないほど苦かった。

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