「ありがとう」

輝響 ライト

「ありがとう」

「ただいま」


 返事はなかった。それもそのはず、両親は仕事で兄も大学にいる。

 睦月は明かりのついていないリビングに顔を出し、冷蔵庫の中に入った天然水のペットボトルを持った。


 そのまま階段を上がり自室へ入ると、鞄を立てかけ制服を椅子の背もたれに着せ、その椅子に座り、ネットニュースの記事を見る。


 インターネットに紐づいた情報社会は、際限なく様々な情報を流し込んでくれる。

 くだらないもの、面白いもの、めんどくさいもの、たのしいもの。

 様々なものに目が付き。依存、とまでは行かずとも世間を知るには十分だと、そう感じる。



 ふと時間を見れば、帰宅してから一時間半が経過していた。

 ちょうど玄関のドアが閉まる音が聞こえ、家族の誰かが返ってきたことに気が付く。


 部屋を出て一階へ向かうと、大学から帰ってきた兄がいた。


「お、ただいま睦月」

「……おかえり」

「なんだよそっけないな」


 別に、そっけない訳じゃない。心の中でそう言い訳し、キッチンへと向かった。


「今日の晩飯は?」

「……」

「今度は無視かよ……」


 無視しているわけじゃない、まだ決めてないんだ。

 そうは思っても、口に出すことはなかった。

 冷蔵庫に残ってる食材を確認し、ぱぱっと作るものを決め、必要なもの取り出す。


「そろそろ七時か、始まるぞ」


 誰に言ってんだよ、と。

 別に自分に言われたわけでもない独り言にわざわざ突っかかる。

 

 きっと、自分以外はストレスだとも思わないだろう、あまりにも些細なストレス。

 いっそこの野菜達と共にこんな自分を切り刻んでしまいたい。

 なんて考えながら、夕食は着々と出来上がっていく。


「……父さんと母さんは?」

「今日も遅くまで仕事だってよ、ったく睦月にも連絡くらい寄越してやればいいのに」


 そういう兄の言葉がなんだか無性にイラついて、野菜と肉を炒めていたフライパンをワザとらしく大きめに振った。

 ……別に、誰が見てるわけでもないし、これで夕飯を台無しにすれば怒られるのは自分だろう。

 そう考えるが、中身をこぼすこともなく料理は完成してしまった。


「いっただきまーす」

「いただきます」


 味は普通だ。

 自分が作ったものだし、おいしい……なんていうのもちょっとアレだし。


「今日もおいしいな」

「……」


 こちらの気も知らないで、そう言ってくる兄にすこしイラっとする。

 そして、我ながら素直じゃないな、とも思う。


 どうしても、思うようには生きられない。

 人に言えない……というよりは口にする必要がないからしない。

 才能も、人間性も、何もかもが理不尽で不平等。


 そんな世界を、僕は今日も生きている。

 

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「ありがとう」 輝響 ライト @kikyou_raito

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