八ノ四、蔓と花の少女
飛び出した三吾を見送ったのち、千代に向き直る。千代はこの騒ぎでも身じろぎ一つしていなかったようだ。三吾が話しかけても無反応だったことからして、他の人らと違って症状が重い可能性がある。
それもこの花のせいだろうか。他の村民の様子も見てみる必要があるな。
千代の服に手をかける。素材は麻のようだ。一般的だが、とても清潔な状態であるといえる。
死人は重いというが、千代もそのような感じだった。苦労して服を脱がす。
千代の体があらわになる。肌はきめ細やかで、とても血色がよさそうだ。肉付きも農村の娘にしてはしっかりとしている。体だけ見ればいたって普通の体だ。むしろいい状態ともいえる。
それは三吾の献身的な世話のおかげか、それともこの植物の所為なのか。
カバンから竹筒を取り出す。中には透明な液体。ありていに言ってしまえば水だ。しかし、これを飲むことはしない方がいい。だから飲み水を探し求めていたわけだ。飲んでしまえば、私が物の怪になってしまうかもしれない。
右手の裾をまくる。続けて、巻き付けた包帯を取り払った。腕は蔓の物の怪と同じく、光の粒を漂わせている。左手の包帯も取ってしまう。左手も右腕と同じような状態だ。
私はその腕に竹筒から水をかけ、左手を右の二の腕に添えた。
「――五行のもとに生は存在し、廻る。我らはその恩恵にあずかって存在し、自我を保つ。彼らも同一。些細な異は違いにあらず、世において同じく生者。その袂を分かつ壁は存在しない。繋がりに橋渡し、渡りに帰り、道を求める」
私は目を閉じた。薄く息を薄く、気を静める。耳を澄ますと、葉のこすれる音が聞こえてきた。俺はそこからさらに意識を潜らせる。足の感覚がなくなった。水でぬれている感触がなくなった。なくなる、なくなる、なくなる、なくなり続ける。
……僕は、だれだっけ?
「………」
ゆっくり目を開けて周りを見渡す。ぼろい家、シミのついた壁、水が入った桶。目の前には千代。私は、私。
「よし」
千代の上体を起こす。ゆっくりとその頭に生えた花に手を伸ばして――
――
花はキキョウに似ていて美しい。指に吸い付くようなしっとりとした花びらの感触は本物のようだ。確かに、そこで生きている。
多くの人に見られなくても、触ることができなくても、物の怪は同じ生き物であることを忘れてはならない。
「ふぅ」
短く息を吐く。そして、蔓をつかむ。
この物の怪は蔓に花が直接生えているのだ。蔓は首へと延びていて、その付け根辺りで背骨と合体していた。
三吾にはこの物の怪を知らないと言ったが、半分は嘘。昔、近縁種と思われる物の怪を見たことがある。その時は、引っこ抜いてみた。無事、寄生されていた人は元通りになった。
物の怪にも数えきれないくらい種類がいる。それは動物や虫と同じだ。私達は調査と実験実証を繰り返していくしかない。今回は運がよかった。
蔓を引き抜こうと腕に力を込める。
――抜けない。
その気配すら感じられない。
さらに力を入れるが結果は変わらず。近縁種はとっくに抜けていただろう力加減だ。相当深くまでもぐりこんでいるのだろうか。
そこからしばらく格闘したが、変化は見られなかった。
――他の方法を探すしかないか。
他の村民を見てみるのもいいかもしれない。
「三吾、戻ってきていいぞ」
千代に服を着せ、三吾を呼び戻す。
「あ、あぁ……、どうだった?」
建付けの悪い扉を苦労しつつ開け、三吾が入ってきた。
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