八ノ二、蔓の花の少女
「さっきは本当に申し訳なかった」
男は三吾といった。山奥の村で狩人として生活をしているらしい。
「ここだ」
三吾についていくこと四半時と少し。山間にはめ込んだような村が見えた。
田舎の村としては変なところは何もない。よくもわるくも変わり映えない村といえるだろう。
三吾に案内され、村の入り口を通過する。
入村にあたってひと悶着くらいはあるかと覚悟していたのだが、三吾の一言で門番が道を開けてくれた。彼は村内で信頼されているらしい。
「入ってくれ」
建付けの悪そうな扉だ。三吾は両腕に力を入れると扉を無理やりこじ開けた。勢いあまって「バァンッ」と枠に叩きつけてしまっている。
かやぶき屋根の上で休んでいた野鳥がバサバサっと音を立てて飛び立った。
「で、条件って?」
土間に入るなり三吾に声をかけた。
あの後、お詫びがしたいという三吾に飲み水と食料を求めたのだ。そうしたら三吾は一瞬口をつぐみ、「狩人が銃を撃つのは仕事。しょうがない。謝罪はしたが、森の中にいたあんたが悪い」などとぬかしやがった。
あの誠心誠意な謝罪をした姿はどこへ行ったんだと閉口せずにはいられなかった。
実際問題、生きるためには飲み水と食料は欠かせない。一瞬の態度の硬化も少し気になるところである。仕方なしに三吾のいう条件を飲むことにした。
「そう焦らないでくれ―――千代、今帰ったぞ」
三吾は催促の言葉を無視し、家の奥に向かって声をかけた。
「こっちに来てくれ」
三吾が手招きをしてくる。その顔は真剣で、何やら愁いを帯びているようだった。先ほどまで見せていた快活な表情とは程遠い。
「わかった」
言われた通りについていく。
女だ、そこには女がいた。むしろの上に座っていて、静かに虚空を見つめている女。
「千代、水だぞ……」
三吾の声には反応しない。ただどこか一点を見つめている。静かに、動かず、そこにいるだけ。世界に溶け込んでしまったかのようで生は薄く、女はこの部屋の背景と同化しているように見えた。
瞬きはするのだが、他がどこも動かない。不気味な様相。そして何より気になるのが……
「俺の妹だ」
三吾はそう言ってこちらを見た。先ほどよりも悲痛な面持ちである。
確かに、目鼻立ちがそっくりだ。表情が動かないので雰囲気はまるで違うのだが。
「三吾、これは……」
三吾は話しかけられているのに気が付かない。こちらの声を無視をしたまま千代に話しかけている。「千代、寒くないか?」三吾はそういってすだれを横にどける。すると、外から気持ちの良い風と日差しが入ってきた。
「早く元気になるんだぞ……」
三吾は泣きそうな、それでいて柔らかい表情で優しく千代の頭を撫でる。そして、慣れた手つきで頭に巻き付く蔓を触るようにして、しかし、手はすり抜けた。
「三吾、三吾!」
何度声をかけても無視をする三吾。頭の植物を撫でたあたりで我慢が出来ず、声を大にした。
「す、すまない」
ビクッとしてこちらを見る三吾。そして、思いだしたようにしゃべりだした。
「条件というのはこれだ。妹をどうにかする方法を知りたい。あんたは旅人だろう? いろいろなことを知っていると思うんだ。こいつの症状に心辺りはないか? 似た話を聞いたことがある、そんな程度でもいい。どんなに薄い根拠でもいいんだ。何か、何か、些細なことでいい。記憶の片隅からでも引っ張り出してほしい。そうしたら水でも食糧でもいくらでも……」
三吾の声はだんだんと熱を帯びていった。早口でまくしたて、チュニックの裾をつかむ。
「お前、頭の植物が見えているだろ」
三吾がこちらの言葉に固まった。
「あ、あんたも見えるのか?」
喉の奥から絞り出したようなか細い声。それは震えていて、泣きそうだ。
「あぁ。あれは、物の怪だ」
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