第80話 射的と尾行

「射的、金魚すくい、くじ引き……うーん、いろいろあって迷うなぁ」


 ところどころに顔を出すお祭り特有の遊びの屋台。射的の景品も金魚も別にほしいわけではないけど、せっかく夏祭りに来たのだから遊んでおきたい。とはいえ無駄遣いをするわけにもいかない。とりあえずお祭りで遊んだという実感が欲しいのだ。


「じゃあ射的にしよ。ちょうど空いてるし」

「そうしよっか」


 千夏の言う通り空いていた射的に足を運ぶ。もうすでに何個か取られたのであろう、配置されている景品は穴あきで、私にとって心惹かれるものはあまりない。そもそも欲しいものはあまりないのだけど。


「一回300円ね」


 景品が並べられている棚の横で腕を組んで立っているおじさんの言う通りの額を払い、目の前の机の上に並べられているおもちゃの銃を手に取った。銃はコルクを発射するタイプで、意外とずっしりとしている。弾は三発。ゲーム機を持っていないからゲームソフトはいらないし、お菓子も貰い物が家にたくさんある。それなら比較的私の需要がありそうなぬいぐるみを狙うことにした。抱き心地がよさそうな大きなサメのぬいぐるみ。こんなコルク銃で落とせるのかは不安だけど、狙うだけ狙ってみよう。


 まずは一発目。両手でしっかりと銃を支えて狙い撃つ。しかし思ったより反動が強く、少し手がブレてコルクはぬいぐるみの上を通り抜けた。今度こそはと二発目はさっきより力を入れて撃ったけど、今度は力を入れすぎて狙いがブレた。サメのしっぽに掠りはしたけど、その程度で落ちるほど巨大ぬいぐるみはやわではない。そして最後の一発。二回撃って何となく感覚はつかんだ。三度目の正直で最後の球を撃つと、サメの頭にクリーンヒット。しかし、ほんの少し位置がずれただけで棚から落ちることはなかった。


「えー! 今当たったじゃん!」

「たぶん、一発で落とせるつくりじゃない。何発かしっかり当てないと」


 手応えがあった分、何も起きなかったことに不満を漏らすと千夏が落ち着いて射的の仕組みを分析した。最初は別に欲しいわけじゃなかったけど、なんだか悔しくてもう一回挑戦したくなった。なるほど、これも商売の仕組みの一つか。


「綾音、あのぬいぐるみ欲しい?」

「うーん……別に欲しくなかったけど、今欲しくなった」

「わかった」


 千夏はそれだけ言うと、三枚の百円玉を机の上においてコルク銃を手に取った。その銃口の先にはさっき私が狙っていたぬいぐるみがあった。


「え、千夏は千夏が欲しいもの狙っていいんだよ?」

「なら問題ないよ。綾音が欲しがってたのを取ってあげたいって思ったから」


 千夏はさらりとそんなことを言ってのけると、銃を構えなおして一発目を放った。それは見事に真ん中に命中し、続く二発もほぼ同じところに当たり、ぬいぐるみはころんと棚から落ちた。あまりに見事な腕前に屋台のおじさんは拍手をしながら参ったと言ってからぬいぐるみとそれを入れる紙袋を手渡した。


「はい、とれたよ」

「わぁ、ありがとう! それにしてもすごいね! 全弾命中じゃん!」

「それほどでも」


 自分の凄さを誇るわけでもなく、任務を終えた千夏はただ私を優しく見つめている。千夏のスマートな対応は、きっと誰もが惚れるところだろう。百瀬さんへの恋心を自覚していなかった頃の私が、もしかしたら千夏のことが好きなのかもと考えたのも納得だ。


「次はどうする?」

「りんご飴とかかき氷とか、お祭りっぽいもの食べたいな」

「それなら向こうに屋台があったはずだよ」

「さすが千夏。よく見えてるね」


 頼りになる親友にエスコートされて、私は祭囃子の中を歩く。心穏やかで、けれど弾むように楽しい時間に、私は千夏がわざわざ二人きりで行きたがっていたことと、その時に感じた危険な色気を忘れてしまっていた。


 ○○○


 ここら一帯の人たちがほとんど集まる夏祭り。そんな人混みの中で特定の人を探すと言うのは骨が折れる。しかし、それは普通の人の話であって、有名人である彼女たちを見つけるのは至極簡単だった。


「普通に楽しそうにしてるね」


 聞き込みを続けて彼女らの足跡を追いかけて、とうとう私とノノちゃんは相神さんと天金さんを見つけることに成功した。射的に興じる二人は和やかな雰囲気で、天金さんの超高等テクニックには周囲が湧いていた。


「天金さんの浴衣姿……すごい……」


 バレないように少し遠巻きに眺めていたところ、ノノちゃんは浴衣を着こなす天金さんにメロメロになってしまった。その一方で景品を獲得した相神さんと天金さんは移動を始めた。茫然自失になっているノノちゃんの手を引いて二人を追いかける。次は何をするつもりだろうかと足を動かす傍ら、天金さんの優しい微笑に思いを馳せる。


 天金さんとは何度か腹を割って話した。その時に見せた彼女の相神さんを大切に思う心は惚れ惚れするほど気高いもので、強い親友としての態度と行動には尊敬の念を抱いた。そんな彼女が相神さんを愛していると言うのなら、これ以上ふさわしい人間はいないだろう。ノノちゃんは失恋してしまうけれど、天金さんの恋は成就するべきだと思う。……いや、私はいったいどこからものを言っているんだ。どうあるべきか、それを決めるのはあの二人だ。どんな結末になっても、私はただ見守るだけだ。


「今度はりんご飴だ。夏祭り満喫してるね」

「浴衣にりんご飴……お祭り美女って感じですごく映える。普段のかっこいい天金さんもいいけど、美人な天金さんもいいなぁ」


 一種の現実逃避なのか、ノノちゃんはさっきから天金さんの見た目を誉めるだけになっていた。まぁ、好きな人のこんな姿を見たらこうなっても仕方ないか。遠くから見ても天金さんが普段からは考えられないくらい柔らかい表情をしているのが分かる。りんご飴を買って手渡すときの丁寧な仕草、一歩前を歩いて相神さんが快適に歩けるルートを確保するスマートな姿、そのどれもが天金さんの深い愛情を感じさせるものだった。


「……ちょっと歩くの早くなったかな。ちょっと急がないとってうわっ」


 人混みの中をスルスルと進んでいく二人に対して、私たちは小柄なせいもあってか何度か人混みに押し戻されてしまう。ほんの十数秒だけ二人が視線から消えて、人混みを抜けたころにはもう見失ってしまった。


「また見失ちゃった……」

「あれ、南に白銀さん。こんなところで偶然ね」


 また聞き込みからだと肩を落としていたところに聞きなれた声がした。振り向くと、そこにはわたあめの出店の手伝いをしている葵ちゃんがいた。


「葵ちゃん! ちょうどよかった。こっちに相神さんと天金さんが来たと思うんだけど、どこに行ったか分かる?」

「うん。たしかラムネ買いに行くって言ってあそこの道から戻っていったよ」


 葵ちゃんが指さした先にはちょうど祭りの人混みから逸れる道があった。祭りの出店は公園の道に沿うように設置されている。たぶんあそこから公園の入り口付近にあったラムネを買いに行ったのだろう。


「ありがとうね」

「お礼に買ってくれたら嬉しいな」

「じゃあ一個貰おうかな」

「まいどあり」


 二百円を渡して葵ちゃんからバスケットボールくらいの大きさのわたあめを貰う。周りの人に当てないように気を付けて、私たちは葵ちゃんが教えてくれた道に向かった。

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