第35話 添い寝

 消灯時間間近。百瀬さんがいる部屋に遊びに来てからしばらくして天金さん達が帰ってきて、みんなでトランプとかで遊んだ後だった。そろそろ帰ろうかと思った時、スマホがブルっと揺れた。画面を確認すると、木村さんからのメッセージだった。


『春美の後輩がこの部屋で寝るみたいな話になってるんだけど、どうしよう。ノノがそっちで寝れるんだったら丸く収まりそうなんだけど……』


 私がこっちで寝るって、結構無理な注文だ。布団の数は人数分だけだし、入れ替わりならまだしも、人が増えていたら先生の見回りでバレてしまう可能性がある。


『ダメならダメで無理しなくていいよ。私がなんとか春美の後輩に諦めさせるから。どうしても引き下がらなかったら、ちょっと狭いけど私の布団で一緒に寝ることになるかも。ごめんね』


 木村さんも木村さんで振り回されているみたいだ。傍若無人な佐藤さんと、基本的に佐藤さんの味方の田中さんとは違って、木村さんは私のことも気にかけてくれる。だから木村さんに無理はさせたくない。


 それに理由を話せばこの部屋の6人なら受け入れてもらえると思うし、あわよくば天金さんと添い寝なんてことも。


『私はこっちで寝るから、佐藤さんの好きにさせていいよ』

『いつもごめんね』


 そんな煩悩を抱きながら大丈夫だという旨のメッセージを返すと、木村さんは謝罪を返して来た。無理をしてるって思われてるのかな。


 私は佐藤さんとその後輩たちのグループに入れられたのだけど、その中で私を気にかけてくれるのは木村さんだけだ。それだけでもう十分なのに、木村さんは優しいな。


『謝らなくていいよ。百瀬さん達の部屋だからむしろこっちに泊まりたいなって思ってたし』

『そうなんだ。百瀬さんたちなら安心だ。しっかり楽しんでね』


 スマホ越しでも感じられる木村さんの優しさ。以降、木村さんは優しくなった。心を入れ替えたのか、それとも今の彼女が元々の性格なのか分からないけど、もう私は木村さんのことを許してる。


「えっと、ちょっといいかな」


 スマホから目を離して百瀬さん達に用件を伝える。すると想像よりもすんなり許可をくれた。


「佐藤も勝手だな。自分さえよければ他人にしわ寄せがいっても問題ないって」

「ま、まぁ純粋に慕ってる人もいるし、悪い人ではないよ」

「白銀は器が大きいね」


 もうすぐ寝るから天金さんと歯磨きをしていたら、自然と佐藤さんの話になった。鏡を見ながら丹念に歯を磨いているあたり、結構気を遣ってるのかな。


「まぁ、問題児ではあるけど、身内には優しいよな」

「なんかヤクザみたいだね」

「ハハッ、言えてるな」


 佐藤さんはダンス関係で友達が多い。あとダンスが純粋に上手いし、意外と丁寧に分かりやすく教えてくれるらしく、後輩にかなり慕われている。今日部屋に遊びに来た後輩もそういう子だと思う。


 そういう所をみんなに向けられたら良いんだけど、そんな聖人君子になりなさいっていうのは流石に無茶ぶりか。それに、少しくらい欠点があった方が後輩の子たちも慕いやすいのかもしれない。


 歯磨きを終えたらもう寝る時間なわけだけど、ここで一つ問題が浮上した。というより、このタイミングになるまで放置していた。


「さて、白銀と一緒に寝るのは誰にしようか」


 布団は人数分しかない。つまり誰かと布団を共有する必要があるのだ。


「体格的に野崎が一番余裕があると思うけど、どう?」


 この中で一番身長が低いのが野崎さんだ。一緒に寝て一番無理がない。でも、恋する乙女同盟を組んだとはいえ、ほとんど初対面の先輩だ。流石にハードルが高いと思う。


「枕が変わると寝られないくらい繊細なので無理です。すみません」


 野崎さんはわざわざ持って来たと言う桃色のカバーの枕を見せながらそう答えた。そうなると私は百瀬さんと一緒に寝ることになるのかな。百瀬さんとは出会って一ヶ月程度だけど、波長もいいし個人的に仲良くしてるから、これが一番丸く収まる。


「そっか。百瀬は?」

「わ、私も繊細なので……」

「えっ」


 まさかお断りされるとは思わず、声が出てしまった。というか、断った時の百瀬さんの言葉がなんだかぎこちなくて、何か企んでいるのではないかと勘繰ってしまう。


「そっか。なら私と一緒に寝るか」

「え、ええぇ!?」


 まさかの事態に助けを求めて反射的に百瀬さんと野崎さんの方を向く。すると頑張れと言うようにグーサインを出す二人が見えて、この状況が意図して作られたものだと理解した。


 私は天金さんが好きということを二人は知っている。そして私が誰かと一緒に寝るのは確定事項。そこで二人は私と天金さんが一緒に寝る状況を作ろうとしたのだ。


 この六人の中で天金さんは三番目に身長が高いけど、四番目の会長とそこまで差はない。そして私と会長にそこまで関わりは無く、天金さんとは結構関わりが深い。つまり、野崎さんと百瀬さんが断れば自然と私と天金さんが一緒に寝る状況を作れるのだ。


「何驚いてんの。それとも嫌だった?」

「い、嫌じゃないよ」

「なら良し。じゃああと五分で消灯だから、さっさと寝るよ」


 私の動揺を無かったかのように天金さんはすぐさま切り替えて、みんなに寝るよう伝えた。先生の見回りで気付かれにくくなるように、私と天金さんは扉から一番離れた布団で寝ることになった。


 みんな布団に潜ると会長が電気を消した。三つの布団の列が二列、六つの布団が頭が向き合うように固まっている。そしてそこで寝るのは七人。沈黙の中で誰もが眠りの世界に誘われると思っていた。しかし、この中で一人だけ眠りの世界に門前払いされている人間がいた。


 もちろん私のことである。


 大好きな人と密着した状態で緊張せずにいられるだろうか。いや、いられない。むしろいるなら名乗り出てほしい。強心臓世界一でギネス認定だから。そんな思考をしていたら、天金さんの手が私に触れた。


 同じ布団に横たわる天金さんからできるだけ離れているから、私と天金さんの間には奇妙な隙間ができていた。天金さんは私に気を遣って布団の左にかなり寄っていて、私が布団の半分以上を使えるようにしてくれているのに、天金さんに近づく勇気がない私は無駄に右に寄って厚意を無駄にしてしまっている。


「ん……白銀、離れすぎじゃない?」


 さっきまで目をつむっていた天金さんが手に触れた感触で私との距離に気が付いた。背を向ける私に不思議そうに声をかけるけど、私は狸寝入りをした。ここで返事をしたら天金さんに近づくことになってしまう。そうなったら、この胸の高鳴りを聞かれてしまうから。


「寝てる? そんなに端によってたら風邪ひくぞ」


 そう言って私の体をゆするけど、私は狸寝入りを続行。百瀬さんと野崎さんの気遣いには感謝するけど、こんなに急接近するのに心の準備がまだできていない。今日のところは天金さんと添い寝をした事実だけ持って帰ろう。


 そんな甘いことを考えていたから、恋愛の神様を怒らせてしまったのだろう。


「仕方ない奴だな」


 天金さんは不意に私をぐっと抱き寄せた。突然の大胆な行動に驚いて、反射的に振り返ってしまった。すると当然目の前に天金さんがいるわけで、今までにないくらいの近距離で天金さんのかっこいい顔を直視してしまった。


「あ、起きた」


 天金さんの呑気な反応に対して、私は悲鳴を上げないようにすることで精一杯。ぼわっと顔全体が熱くなり、心臓はブレーキが壊れたみたいに激しく稼働している。


「あ、天金さん、ちかいです……」

「こうしないと寒いだろ」


 いや、むしろこの距離だと暑すぎるくらいだ。今、私の血液はフルマラソンを走った後の如く身体中を駆け巡り、必要以上に体温を上げている。まともに目を合わせていたらこのまま発火してしまいそうだ。


「あったかいな。子供体温ってやつか」

「う、うん。昔からそうなの」


 嘘。私は特別体温が高い体質じゃない。こんなに体温が高いのは、天金さんに抱きしめられてドキドキしてるから。背を向けたままじゃなきゃ、まともに会話もできなかったと思う。


「抱き心地もいいし、快眠できそう。役得ってヤツだな」


 天金さんはそう言うと私をさらに近くまで抱き寄せた。これで私と天金さんの間に隙間はない。天金さんの体の感触が、吐息が、心臓が刻むリズムが、全て手に取るようにわかる。それはもちろん天金さんも同じこと。


「……緊張してるか?」


 私の騒がしい心臓の音を聞いて、天金さんはそんな質問を投げかけた。近くにいる私にだけ聞こえる囁き声に耳をくすぐられる。天金さんは賢い人だ。少なくとも今の私の状態からある可能性を推測はしているだろう。


「手、離そうか」


 その言葉は、きっと私に気を遣っていた。少し距離感を誤ってしまったと思ったんだろう。でも、その優しさは私にとって少し意地悪なものだった。


「このまま……」

「え?」

「このままが、いい……」


 こんなに幸せな気分を味あわせておいて、手放したいだなんて思えるはずがない。それなのに選択肢を持たせるなんて意地悪だ。そんなの、本音を言うしかないじゃない。


「緊張、してるけど、嫌じゃ……ない」


 私が気を遣ってるって思われないように、体の向きを変えて天金さんと顔を合わせて想いを伝える。何度も息継ぎをして、たどたどしく紡いだ言葉は、なんとか届けることができたみたいだ。


「……そういうの、他の奴にするなよ」


 天金さんは私の頭を胸に押し付けた。


「勘違いするから」


 天金さんはあくまで冷静だった。直接触れて感じる体温も、血流も、心臓の鼓動も、川のせせらぎのように静かだった。


 勘違いじゃないよ。そう伝えたらこの川は台風の時みたく荒れるのだろうか。なんて考えはするけど、実行するほど私は蛮勇じゃなかった。


 大好きな人の腕の中で優しい体温を感じる。今はただ、そんな幸せを享受していたかった。


 結果的に天金さんは甘える私を寂しがり屋だと判断したようで、子供をあやすような手つきで私の頭を撫でた。今この瞬間だけ、天金さんは私のことだけを想ってくれて、何よりも大切にしてくれている。その事実で胸が満たされて、あまりにも幸せな空間は私の心臓を落ち着かせてしまった。


 できるだけ長い時間この幸せを感じていたい。そう思っていても、今日の疲れと身に余る多幸感が私に眠気を誘い、彼女の優しい手つきに促されて眠りの世界の門の前まで案内された。


「おやすみ」


 視界のほとんどが重い瞼に占められている中、ほんの少しだけ残った外界の景色で、天金さんは慈愛に満ちた目で見つめているように見えた。


 とろけそうなほど優しい言葉な背を押され、倒れ込むように眠りの世界へと入門した。その日に眠りの世界で見た景色は、私にとって大層都合がいい愛の物語だったことは、みんなには秘密にしておこう。

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