第6話

「げっ。」


 僕たちがお隣のクラスに入るや否や、放課後となったばかりで賑やかであるはずの教室の中から聞こえてきた言葉がこれだった。そして、その言葉を辿ると怪訝そうな目でじっと僕のことを見つめる彼、朔とやらが居た。僕は不審者にでもなったのだろうか。


 そんなことを考えていると、


「お兄さーんっ、そんなに嫌がらないで俺たちのお話でも聞いて欲しいなっ。」


 いつの間にやら朔...いや、あいつの懐に飛び込んでいる守がナンパの常套句のように話しかけていた。


「はぁ...嫌だね。何の話であろうと、一之瀬 凪が俺と関わりを持つというのなら、それは避けたい。」


 どうして、僕はに何もしていない...どころか関わりを持ってすらもしていないのにこうも酷い言葉を浴びせられるのか。


 今までは呆れていたのだろうが、この時は少しだけ、ほんの少しだけ、苛立ちを覚えた。


「柚木さんについてだ。」


 恐らくではあるが、守がここで粘るのだろうけど、僕はつい、感情に身を任せてしまった。


「あー、小春の話か。丁度良かった、俺からも話したいことが...」


 と、は何を言われるのか分かりきったような話題を出してきた。見当違いも甚だしく、あいつが話すであろう内容も格好悪く、聞きたくもないため、更に僕の感情に拍車がかかってしまった。


「そういう話は後でで良い。彼女が今朝、女子三人に明らかに睨まれているのを見たんだよ。だから、何か知ってんじゃないのかって話だ。...幼なじみなんだろ。知ってるだろ。それかその幼なじみは自称か?」


「おい、凪...?」 「凪っ...?」 「凪くん...?」


 三人が驚いたように僕の方を向いている。少しだけ口が悪かっただろうか。


「...まあでも、第一に、関わりもなかったであろう凪にその態度を取る君が少しおかしかったか。」


 と、釉は落ち着いてに向かって言った。


「そうです、凪くんがあなたに何かしたのですか?もし、あなたに如何なる理由があっても、何も危害を与えてないというのにそういった物言いは良くないです。」


 七瀬さんが続く。


 結果的には二人とも僕を庇ってくれたのだが、『庇ってくれた』というよりはの僕に対する態度が明らかにおかしいため、『無意識的に僕を守る』形になったのかもしれない。


 すると、は何とも言えないような表情で唇を噛んでいた。


「一之瀬、お前に小春の何が分かるんだ。お前の知っている小春はみんなにチヤホヤされて輝いている小春だけだろっ!......上っ面しか知らない奴が、小春の隣でヘラヘラしているのを見ていられないんだよ。そんな奴が小春の隣にいて欲しくない。だからお前とは話したくない。」


 あいつは、そう言い放って僕の肩を掠めるようにしてこの場を去った。




 ** *** *** *** *** **




 ──どうしてっ!どうしてっっっ!私が何かしたのっっっ!?私はっ、ただっ──。


 何も言えなかった。


 ──私っっ、......もうやめるよっ──。


 何かしなくてはという衝動に駆られたが、その身体を抱きしめることも、助けになることすらも出来なかった。


 声をかけることすら怖かった。今となってはそれが悔しくて堪らない、あの瞬間の自分が憎くてたまらない。


 ──俺じゃ小春を助けられなかったんだ。




 俺、四条よじょう さくと小春は同じ産婦人科病院で同じ日に産まれた。そこからというもの、お互いの母親同士の仲が深まり、お互いの家も少し近かったことから、俺は乳児期から幼少期、小学、中学、そして高校まで小春と一緒に過ごしてきた。率直に言うと、俺は小春が好きだ。無理もない、あの容姿で物心がつく前から一緒にいたのだ。加えて、努力家で多方面に才能があって、何をしてもかっこよさを感じることがある。......意識しない方が確実におかしい。


 ただ、その姿が小春をしまったのだ。




「あぁ、何やってんだろ、俺。」


 自分でも理不尽な言動だったのは分かっているのだが。


 ...実は、『一之瀬 凪』の存在は高校一年生の冬の時から知っていた。...小春から耳にしたのだ。小春曰く、一之瀬とは全く関わって居ないのだが、どこか一之瀬の様子に普通の高校生とは違う違和感があったらしい。小春から男の話を聞くのは少し思う所があったが、その頃の俺はまず普通の高校生とやらが分からなかったので、深掘りは出来なかった。


 そして昨日、一之瀬 凪の姿を見たのだ。



 そこで見た一之瀬 凪が、小春と仲良さげに関わっている姿が、小春の上っ面としか接していない一之瀬の姿が...



 俺にはどこかように見えて辛かった。




「...四条、おい四条っ。」


 はっ、と我に返った。すると、目の前には見知った顔があった。


「明神。何をしているんだ。」


 明神みょうじん 瑠奈るな。小春が成高内で一番仲の良い友達だ。物事を達観視することがよくあり、小春の良き理解者である。俺にとっても凄く頼りになっており、を支えてくれたのも明神であった。


「『何をしているんだ』は私が言いたいんだがね。意識を誰かに奪わたかのように中庭でほっつき歩かれたら心配にもなるぞ。」


 一之瀬達から去ってからいつの間にか外の中庭へと向かっていた。


「何か、あったのか。」


 すると、明神はすぐに勘づく。彼女は高校生とは思えないほどの観察眼も持ち合わせており、嘘をつこうとなど思えたものじゃないくらいだ。


「まあ、ちょっとな。」


「ほう...? まあ、立ち話してもあれだ、そこのベンチで話そう。」


 彼女がそう言ったので、俺たちは中庭のベンチに座って、話すことにした。


「端的に言うと、の小春を知りたいであろう奴らがいる。」


「あぁ...。それは、そう簡単に他人に話せることでは無いな。ただ、それだけで四条があの様子になるとは思えないのだが?」


 やはり鋭い。隠すつもりは無かったのだが。


「知りたいであろう奴らの中に、一之瀬 凪がいた。」


 明神も小春から話を聞いていたらしく、一之瀬の存在を知っている。


「小春の話は重い話だが、話す相手が一之瀬だから、という理由だけではまだ何かが足りないな。」


 それはそうだ。


「偶然、小春と一之瀬が関わっている姿を見たんだ。その時の一之瀬の姿が、 に見えてしまって、...とてつもない嫌悪感を抱いてしまっている。そんな感じだ。」


 改めて言葉にすると、自分の理不尽さがよく分かってしまう。


「なるほどな。」


 明神もまた、どれほど俺が四条 朔を嫌っているかを知っているため、俺の思いは少しだけでも伝わっていると信じたい。


「小春には関係しているが、私が首を突っ込めるほど私が関係していないから、何とも言えないのが率直な感想だ。」


 まあ、そうだろうな。


 ただ、明神は続けてこう言う。


「しかし、四条自身の嫌いな部分を具現化した存在が四条自身の近くに居るなら、それはまた、ラッキーなことかもしれないよ。という助言擬きなら言えるよ。」


「どういうことだ?」


 本当に言っていることの意味が掴めない。


「...まあ、アンラッキーになることもあるというのも覚えておいて欲しいね。」


「答えになってないぞ。」


「私は未来予知者じゃない。だから、どうなるかなんて分からない。ただ、四条がこれからすることは大きく分けて二つ。一之瀬達に話すか、話さないか。だから結果も大きく分けて二つ。その結果を予想してみて、君に助言擬きを伝えた訳さ。」


 と、分かるような分からないようなことを言い残して、


「じゃ、私はここらでお暇するよ。」


 と、校門の方へ歩いて行った。


「ラッキーにもアンラッキーにもか...。」


 明神と話したおかげでかなり落ち着きを取り戻した。明神にはつくづく頭が上がらない。


 もう今日あったことも、小春を助けられなかった過去も変えられない。


 じゃあ、今すべきことはなんだろうか。


 小春の為に、そして、俺自身のためにも。

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そのゴールリングは届かない。 myon/みょん @koishitaiseitokaityou

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