ヒューマノイド《夢幻の虹》

園山 ルベン

水晶の街

この作品はコラボ企画です。詳細は小説情報をご覧ください。


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 空を見上げても、そこに雲はない。

 まるでブリリアントカットのダイヤモンドを覗いた時のような、幻想的な緑の天井だった。


 少し目線を下げると、何かプリズムで造られているような巨大な塔がそのガラスの天井を支えていると分かる。分かるのだが……。


「水晶のドーム……。ホログラムか? こんな高いドームなんか今の技術じゃ無理だ」


 まず、こんなに大きな建築物に鉄骨が入ってない訳がない。なのに見上げる先はどこもかしこも透明なのだ。

 先程の緑の天井は、何か木の葉を寄せ集めた様子を思わせ、ならば支柱となっている塔は、巨大な樹木の幹を思わせる。

 複雑な文様を描くその幹の輪郭は、分光器を通したように薄く虹色で象られている。


 おかしい。緑のガラスを通れば届く光は緑色のはず。だが地上には確かに日光が直接届いている。


「ここはどこだ? 俺、死んだ?」

「えっ、ここ天国なの? レオ君と心中しちゃった?」


 頭を抱え、混乱し考えに浸る中、いつもの声が聞こえた。


「ダンがいるってことは、天国でも俺には試練の場になるな」


 横を見やればそこに幼なじみの顔がある。

 未成年だし結婚もしていなければ血も繋がっていないが、ひとつ屋根の下で暮らす腐れ縁だ。

 長いサンディーブロンドにオリーブ色の眼、そして印象的なチョコレートを思わせる黒い肌。

 1キロ先から見ても見間違えようがないビジュアルの彼女だが、何故ダンと俺がここにいるのか、まるで記憶がない。


「なあ、お前何か、認可されていない薬を俺に飲ませたか? この前エタノールを原液で飲ませたのは謝るからさ」

「何その『認可されていない薬』って。わたしがそんな危険なことレオ君にすると思う?」

「する」


 冗談はさておいて。


 この街並みも異様だ。

 全部水晶だ。


 俺の知っているおとぎ話にエメラルドシティーという街があったが、それになぞらえるならここはクリスタルシティーだ。

 石畳や塀、家の壁から瓦に至るまで、すべて透明な素材でできている。でも向こう側が見える訳でもない。色とりどりの光がぼうっと、水晶の奥に灯されている。


 それでいて、その家の庭には俺の知らない種類の観葉植物が植わっていたり、噴水があったり。

 もしかしたら、ここは高貴な人の邸宅なのか?

 街並みは高貴どころではないと思うが。


「ねえ、この街がどうなっているのか、探検してみない?」


 俺の返事を待つよりも早く、ダンは水晶の樹のほうに走り出していた。


 遭難するタイプだな。

 見ず知らずの土地で地図もなしに走り回っていたら、本当に帰れなくなりそうだ。


 しかたない。あの水晶の樹を目印に、ダンと離れないようにしないと。

 高校生にして迷子というのは中々嫌なものだが、まったく土地勘がない世界でこんなに迷惑な連れがいればどうしようもない。


 しばらく歩いていると、ダンが生垣のような物の前で何かを注視していた。


「ねえ、魚の骨がよ!」

「拾い食いはやめとけよ」

「そんなことしたら可哀想じゃん!」


 ん?

 近寄ってダンの視線の先を見ると――。


「生きてる?」


 誰だ、こんなところに活け造りを捨てたのは。

 ……いや、肉がないんだからこんな動きをする訳がない。


 半透明な魚類を思わせる生物だが、本当に骨だけだぞ。なんだこれ?


「レオ君、死んだ魚が好きだもんね?」

「語弊を生む言い方だな。まあ解剖はするけどさ」

「レオ君の見ている本の女の人も、いつも解剖されてるよね」

「医学書をそういう目で見るな。それに俺が倒錯しているような言いがかりだな」


 目の前のグラスフィッシュと言うべきか、魚の骨から後退りしたところで、遠くで誰かが歌っているのが聞こえた。

 どこの言語だ? アカペラの合唱だとは思うのだが、まったく知らない言語だ。


 音源を探ってみる。

 見渡しても見渡しても、近くには果樹があるくらいで、合唱団なんかいない。

 うろうろ周りを探ってはみたが、一番音が大きいのはこの果樹の辺りだ。

 ていうか、この果物、色が変わるんだな。作り物?


 まあいいさ。誰かラジオをこの辺りに置き忘れたのだろう。そうしておこう。


「ねえ見て! フェアリーさん!」


 よかった。単独行動をしてしまったがはぐれていなかった。

 ダンは何か小さいヒトのようなものを手のひらに乗せて走りよってきた。


「妖精なんている訳――。ダン、高校生で人形遊びはキツいぞ? どこで拾った、その着せ替え人形」


 花弁を思わせるドレスを着たその人形は、確かに妖精の人形だと思う。透明な羽を背中につけて、揺れる手の上で時々バランスを取るようにその羽を震わせるのだ。

 その顔もとても端正で、可愛らしいものだと思うのだが、なんか目が怒っている。


「拾った着せ替え人形なんて酷い! この子は自分から私のところに来たの!」

は作り物! 人形が生きているとか怖いだろ!」


 その時、その人形が光った。


「イッテッ!! ……静電気?」


 人形が光った途端、電気が走るような痛みが走った。どこがと言われると困るのだが……。


 あれ? なんかポーズが変わってる……。


「ほらあ、この子怒ってるじゃん」

「はあ? だからそれは作り――」


 さらに人形――、いや、妖精が光を帯びていく。


「待て、分かったから、話を――」


 どうやら妖精を怒らせたようで、バチバチと弾けるような音を発する光球を、俺に向けて投げつけてきた。

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