第1話 天から投げ落とされて


『ソフィア、ソフィア!起きなさい!』

コックピットの通信機から私の名を呼ぶ声が聞こえて、目が覚める。

寝ぼけ眼をこすりながら、半ば寝ぼけたまま通信機からの声に返信する。

「ん~...どうしたのナタリアさん?」

「どうしたのじゃないわよ。もうあと一時間もすれば、作戦領域に入るわ準備しときなさい。」

大人の女性っぽい静かで落ち着いた綺麗な発音のクイーンズイングリッシュを発する専属オペレーターのナタリアさんに起こされて、あくびをしながらメインモニターのスイッチをつける。

現在、私は人が一人入るのがやっとの狭苦しい機体のコックピットに詰め込まれて、大型輸送用のティルトローターヘリの腹の中で自身の愛機と共に、今回の作戦領域に向けて運ばれていたが、どうやら退屈すぎて眠ってしまっていたらしい。

狭苦しいコックピットの前半分は視界の広い大型のモニターに覆われていて、そこには本来あるべき大量のスイッチや計器類などはなく、代わりに一枚の薄くて小さい液晶のディスプレイがあり、他にはペダルや操縦桿といった機体の操作に必要な最低限の器具がある。

そしてもう後ろ半分が座席と一体化したパイロットの側面までを覆う大型の機械だ。

パイプやケーブルがたこ足のように伸び、複雑に絡み合った巨大な機構。

こいつがただでさえ狭いコックピットを更に息苦しく感じさせている。

メインモニターはシェルターじみた高高度での輸送のせいで冷えて霜が降りた暗い格納庫を映すのみで猶更閉塞感がすごい。

ふと、首からぶら下がっている両親の形見たる銀の十字架のネックレスの反射光に釣られ、メインモニターに反射する自分の姿を見る。

ずっと前に死んでしまったお母さんに似て整った顔立ち、愛嬌を感じる大きめの目、人形のように白いが生気を感じさせるわずかに赤みがかった肌は、お母さんにうり二つだ。

しかし、綺麗な青い目と長く伸びた金色の髪はお父さん譲りだ。

そんな私は青色のパイロットスーツに身を包んでいて、そいつは特殊かつ高品質な合成樹脂と繊維で編み込まれていてその上から、特殊な軽量合金のプロテクターと生命維持装置が各所に取り付けられている。

見た感じは薄手で着用者のボディラインが強調されていて何とも心もとないが、実際には拳銃弾や数百度の高熱、それに戦闘時の強烈なGにも耐えられる優れものだ。

首元に縫い付けられた雇い主のGMC《ジェネラル・マーフィー・システムズ》社の社章が示す通り同社の最先端技術が貴重な自社パイロットを守るために、これでもかと詰め込まれた最高の物なのだが、ぴったりと体にフィットしているせいで若干苦しいのと、見た目が全身タイツみたいで自分で言うのもなんだが大きい胸とかお尻とかが強調されているようで、年頃の乙女としては何だか恥ずかしいのは欠点として挙げるのには申し分ないだろう。

『作戦領域上空に到着、そろそろ投下するからね。準備はできてるかしら?』

ソフィアさんの心地よい声が再び通信機から聞こえてくる。

「もうとっくに準備完了、いつでもオッケー。」

膝の上に置いてあった、角ばったデザインのヘルメットをかぶり、生命維持装置から送り込まれてくる新鮮な空気を吸いながら、通信機をヘルメットの内部通信機と同調させながら答える。

『よろしい。それじゃ、向こうはまだ準備に手間取ってるらしいし、作戦前の最終ブリーフィングやっちゃいましょうか。』

何だか妙に楽しそうな彼女の声に何だか不安に思うが、気のせいだと思うことにした。


今回の作戦内容は、GMC社が擁する電化製品といったものを生産する工場群に向かって進行中の敵勢力の撃破となる。

単純な作戦だが、今回の敵は人間の兵士ではない。特定外来起源不明有害生物《FSAPU》と呼ばれる生き物で、かの大戦争の最中に星系外から突然宇宙を渡って大量に現れた正体不明の生命体で、その性質は人間含む生命体に対し、非常に攻撃的で勢力を問わずに攻撃を行うため、人類共通の敵として認定された。

とはいえ、何だかんだこの頃の人類にとっては、新たな敵対勢力が現れたというだけで、急速に対応すべき事態では無く、また、すべての勢力にとって脅威と言うのはすべての勢力から攻撃されるという事でもあり、そういうこともあって結果として人類の結束を促すほどの脅威とはならなかった。


それでも、数を頼りにした攻撃と豊富な種類による多種多様な攻撃方法は、かなりの脅威であり、工場群の警備部隊には手に余るということで、外部の傭兵を雇ってFSAPUの排除を行わせるということだ。

更に念には念をと言うことで、件の傭兵の支援機として自社のパイロット、つまりは私を送り込んだのだ。

まあ、つまりはいつも通り敵をすべて倒すというだけの単純な任務だった。

今回は他人との協働と言うだけで、そこまで特殊なことは無い。

『それと、今回雇われた傭兵には本社も多大な期待を寄せていて、できる限り相手方がメインとなるように作戦を進行させろ...とのことよ。つまり考えられるプランとしては相手を先行させてこちらは援護を...』

「はいはい、大体分かったわ。さっさと始めましょう。」

これ以上は長くなりすぎる気がするので、話を遮りヘッドマウントディスプレイの電源をオンにして各種データが表示されるのを見ながら、彼女の話を打ち切った。

『全く、相変わらず話を聞かない...、あら、向こうも準備ができたらしいし...』

途中まで呆れたように私にお小言を言おうとしていたナタリアさんは向こうから連絡を受けたらしく、話を切り上げる。

『今から投下シークエンスを開始します。』

通信のあと、ごうん、という大きな機械音と共に輸送機の腹が開かれ、外の景色がだんだん見えてくると外気が急速に入り込み、冷えた格納庫の霜を吹き飛ばす。

元は、市街だったと思われる度重なる戦乱で荒廃し破壊された建造物や、廃棄された車両やその中に混じる棒の付いた鉄の塊じみた戦車や攻撃ヘリの残骸、人間じみたフォルムのコンバットアーマーや多目的歩行戦闘車両の残骸が人間の痕跡を残すだけの、灰色の大地が目に映る。

そして、廃墟の街からさらに遠くには押し寄せる波のように蠢く大量の奇妙な人工物とも有機生命体ともおもえる奇妙な半透明の生命体、FSAPUの群れも見える。

『本機は機体投下後、作戦領域を離脱します。それじゃ、ソフィア幸運を気を付けてね――』

ナタリアさんの心配するような言葉に「了解」と短く返し、ディスプレイにコマンドを入力すると、今まで下側に足を向けていた球体コックピットが下を向いて宙づりにされる機体に合わせくるりと縦に回転し、シートベルトや、固定器具が体に食い込む不快感を一瞬感じ、次の瞬間機体を固定していたロックが解放されて宙に投げ出され、が姿を現した。

全身を青と白に塗られた7メートル以上もの巨体と70トンもの重量を有する人型を模した四肢を有するそれは、しかし重厚で角ばったブロック状の装甲によって、角ばったバイザータイプの頭部、胸板のように大きく張り出された分厚い複合装甲によって末端肥大気味なフォルムを有し、左肩に十字架を祈るように握る手のエンブレムが描かれている。

その姿はもはや、神話のゴーレムや青銅の巨人にも近しいほどの武骨さを持ち合わせていた。

そしてその機体が持つ武装も重厚で武骨な物であり、右手の長大なライフルと左手には200ミリと大口径な無反動砲に両肩と背中に巨大なコンテナじみたミサイルポッドを計四つ装備していた。


それがこの戦闘機械の名前だった。

最強の悪夢の兵器、コンバットアーマーと呼ばれる人型機動兵器をモデルケースに誕生したこいつは登場以来、核兵器を上回る人類最強の戦略兵器とされている。

あの大戦争の終戦二年前に投入されたアイギスは、これ以外の通常兵器を遥かに上回る戦闘能力を持ち、これを用いた戦争はむしろ全ての陣営に深刻な被害をもたらしてしまい、結果的に戦争を終戦に導いた超兵器。

その高コスト体質から生産数は各陣営にもどれだけ多くても三十機ほどしかいないにもかかわらず重要度が高い主力兵器の座を獲得した。

そして私はその数少ないGMC社におけるアイギスの一つ“St.マルタ”を駆るパイロット私ことソフィア・レアロイドだった。


「メインシステム起動。」

音声操作で統合制御システムを起動させると、巨大な機械と一体化した座席が動き出し、ガードバーが下りてきて私の体を固定する。

座席の背中側から、コネクターが飛び出し、私の首の後ろ側にある手術によって取り付けられたレセプタクルにスーツのヘルメットを通して突き刺さる。

「っぐ...。」

金属が自分の体の内でこすれ合う不快感、ピリッとした感覚と痛み、首の後ろから脳と脊椎に広がっていく、得体のしれない不快感と熱、それと共にもう一つの自分、巨大な鋼鉄の体を持つ《アイギス》が自分の中に現れるとやってくる大量の情報が頭の中に流れ込み、頭痛を引き起こし、それと一緒にもう一人の自分と一体化していく。

“思考統合型操作制御システム”《TOCS》、この特殊な制御システムがアイギスを人類最強の兵器たらしめる要素の一つ。

機械と人間を物理的に接続することで一体化させ、従来のレバーやハンドル操作の兵器と違って遥かに細かい操作を感覚的に超高速で超精密に同時に行うことを可能とさせることが出来る。何分特殊なシステムであり“アイギス適合率”という少数の人間が持つ、先天的な才能が必要不可欠であり、低いものがこれを操作すると身体的に高い負荷がかかり、むしろ足を引っ張られる場合があるが、適合率がないものにはそもそも操作することが出来ない。

これが、機体の高コスト体質以上にアイギスの量産を妨げているアイギスの数少ない弱点であるとも言われている。

アイギスのパイロットであるからには何百何千と繰り返した手順であるが、この変な自分が薄れて、機械と一体化していく感覚にはいつまでたっても慣れそうにない。

信じられないことに、この感覚に快感を覚えるような変人もいるらしいが、少なくとも私の知り合いのパイロットにそういうのはいない。

それから数秒して接続が完了し、痛みが引くと、私は“St.マルタ”からコネクタを通して頭に流れ込む電子情報を感じ、機体との同調が完了すると、すべてのシステムが起動していく。

『搭乗者ソフィア・レアロイドの接続を確認、アイギス適合率95パーセント。ジェネレーター起動、姿勢制御装置、武器管制システム、オールグリーン。メインブースター、バックブースター、サイドブースター、異常無し。全武装のセーフティを解除、メインシステム戦闘モードを起動します。』

女性的な声に調整された統合制御コンピューターのCOMボイスがそう宣言すると、ジェネレーターが起動し、出力が最大まで上がっていく。

各所に設置された噴出口から充填されていた、オーロラのようにカラフルな粒子が放出され、アイギスから発せられる電磁波によって操作され、機体の周囲を球状の膜となって包み込み、磁場によって固定させられる。

《粒子エネルギーシールド》と呼ばれるこの技術は、アイギスにのみ搭載されている特殊なジェネレーター、《パーシウス動力機関》と呼ばれる奇跡のエネルギー物質、パーシウス粒子を使って生み出された技術によって作り出され、ジェネレーターで精製されたパーシウス粒子を磁場によって操作し、機体の周囲に纏わせることで、アイギスに既存の兵器には考えらえれないくらいの防御力を与える革新的なバリアにも近しい技術を実現させられた。

この“パーシウス動力機関”がアイギスの戦闘能力の高さに大きく関わっており、このパーシウス粒子によって高出力、高推力を獲得しておりアイギスに高い機動力をもたらしている。

またこのパーシウス粒子はジェネレーターから半永久的に供給されていて、つまりは継続的に非常識なまでの高機動性をアイギスにもたらす上にこの性質上、粒子状防御スクリーンを被弾などの様々な要因によって減衰させられたとしても、これを回復させることも出来てしまうのだ。

つまりはアイギスを最強の戦略兵器たらしめているのは、パーシウス動力機関由来の高出力、高推力による機動力、粒子エネルギーシールドによる主力戦車に匹敵する防御力、そしてアイギスの非常識な機動力を制御できる思考統合操作制御システムの三要素なのだ。


粒子エネルギーシールドが“St.マルタ”を覆いつくし、完全に臨戦態勢になったとこで、ソフィアはメインカメラを動かして、右方向にいる一緒に降下中の機体を見る。

「あれが、今回の協働相手ね...。」

灰色や焦げ茶色そして黒で構成された都市迷彩じみたカラーリング、左肩に鹿の角をはやした狼のエンブレムが描かれているその機体は、“St.マルタ”と同じように角ばった装甲で構成されている物の、そのシルエットは“St.マルタ”とは異なり、スリムでマッシブなフォルムをしていて、細長いバイザーアイと長いアンテナのついた印象的なヘッドパーツもあって、どこか意匠的なデザインを施されたその機体はどこか中世の全身鎧の騎士のようにも見える。

ベース機はダム・デュ・ラック社の“アーサー”を再設計し、操作性の改良、軽量化とエネルギー効率、量産性の向上を図られた新型アイギス、“モルドレッド”だ。


機体名“オルフェンド”パイロットネームは不明。

右腕には黒光りする武骨な機動戦用アサルトライフル、左腕には高出力レーザーブレード発信機、背部には軽量レーザービーム砲とマイクロミサイルポットと両肩には発煙弾発射機一体型フレアディスペンサーとバランスよく選択された統一感のない多種多様な勢力、企業の武器を平然と混在させて使用する何とも傭兵らしい武器構成だ。

“オルフェンド”とそのパイロットはほんの一週間と少し前に私含む大半の傭兵が登録されている、傭兵管理機構アトラスに登録されて傭兵デビューした新人だが、彼無いし彼女は現在、多くの勢力から注目されている。

なぜかと言うと単純なことで、昨今の平均して質が低下していると言われるアイギスパイロットの中でも特に優秀だとされているからだ。

まだこなした依頼こそ数えるほどしかないが、それでもどこの陣営の出した依頼でも受け、受注したどの依頼も完璧に完了させ、移動要塞の撃破までこなしている。

この人物はまた、極端なまでに自分の情報を明かさない人間で、顔も姿も一切さらさず、作戦中も一言も発することはなく依頼の交渉も専属のオペレーター兼プロデューサーが担当しているため、年齢、性別、人種すべてが不明の人物。

その正体は超高性能AIだとかどこかの勢力の技術の粋を結集して生み出された強化人間だとか言われている。


まあ、それはともかくとして前評判だけ聞いた感じだと優秀な人物のようだが、自分の戦果を滅茶苦茶盛ったりするような奴もいて、必ずしもあてにはならないのでしっかりと見極める必要があるのだ。

しかし、今回の任務は新人の実力を見極め、害獣駆除の任務もこなす。シンプルではない面倒くさい任務になりそうだと思い、内心でため息をつく。

そうこうしている内に、どんどん機体の高度が下がっていく高度計の数字がものすごいスピードで下がっていくごとに、薄汚れた地上が近づいてくる。

それから数十秒後、ブースター群を下方向に向けて噴射することで、機体の落下速度を減速させ廃墟と化した市街地にある背の高い建物たちの間にアスファルトを踏み砕きドーンと轟音を鳴らしながら着地した。

“オルフェンド”もすぐ横で“St.マルタ”よりも控えめに着地した。


『作戦領域に到着、ミッションを開始する。』

“オルフェンド”の専属オペレーター...確かマリア・シュベールとか言ったか、の名前から感じる印象とは逆な感じの高めだがドスの利いた声が作戦の開始を宣言する。

『それと、クライアントから手早く迅速に片付けろとの要望だ。素早くやれよ。』

その声に反応するように、“オルフェンド”が身じろぎをする。

私もすぐさまフィールドスキャンを開始する。メインカメラやレーダーといった索敵装置によって、敵の位置、距離、数、種類を割り出し情報を“St.マルタ”から私の頭にTOCSを通じて流し込まれ、客観的な情報が脳裏に映し出される。

距離は現在地から2キロメートル先、数は大小合わせて500体程度、この程度ならアイギスがてこずるような相手ではない。

が、ただし一際大きなのが二体とふわふわ浮かぶ小さいのが二体。

『“ルクソールホテル”と“ロリロック”を確認...聞いていないぞこんなのがいるとは。』

『こちらも確認した。諜報部は何をしていたのかしら?』

想定外の強敵の存在に明らかに不機嫌、というかキレてるオペレーター二人の声を聴きながらメインモニタの映像を見ると、遠くに見える不気味に蠢くFSAPUの群れの中に見える50メートルもの大きさの動く半透明の正四角錐、“ルクソールホテル”級と群れを置き去りにして、もう私たちまで数百メートルの距離まで迫っている大きな羽のようなパーツと半透明の女性的なフォルムと四肢をもつ3メートル大の空を飛ぶのっぺらぼう、“ロリロック”級。


作戦を聞いた時には存在しなかったFSAPUの中でも特に強力な個体を前に、慌ても騒ぎもしない“オルフェンド”と対照的に愚痴や文句を垂れ流すナタリアさんと“オルフェンド”のオペレーターの声を聞き流し再び厄介な仕事になりそうだと内心でため息をついた。あとで本社の連中に言って貰うように後で部長辺りにでも頼もうと心に決める。

ただ、それも生きて帰れたらの話だと、気合を入れなおし正面の敵を見据えた。

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