同室の顔ぶれのなかで次に会ったのが金城だった。淡い緑の上衣ポロシャツ——左胸に小さく三毛猫の顔が刺繍されていた——に七分丈の淡い白茶ベージュ下衣チノパンツといういでたちだった。

 淡い緑の袖から陽に焼けた健康的な長い腕を伸ばした彼は「いやあ、おしゃれなところだねえ」という暢気のんきな声とともに現れた。

 「見た? 廊下のステンドグラス。海外の教会みたいでかっこいいの」

 「見た見た」とおれが応じた。「ああいうの、実際に見たのはじめて」

 「ねー。でもあれ、なにが描かれてるんだろう?」

 「教会じゃあやっぱり天使とか神様が描かれてるんだろうけど、ここのはあれだね、ただいろんな色がきらきらしてるだけに見えるね」

 「ねー。やっぱ、特にこれが描かれてるっていうのはないのかな?」


 あ、そうだ、と金城はいった。


 「おれ、お金のお城って書いてきんじょう。都会の人って苗字でしか呼び合わないってほんとう?」

 「おれがいた小中学校は半数づつって感じだったよ」

 「きみ、どこ? おれ沖縄」こんな広くて狭いところはじめて、と彼は如何にも浮き浮きした容子でつづけた。

 「おれは東北で、宮城から。名前は風原」

 「風の原っぱでいいの? さわやかねえ」


 金城は「きみは?」と向日を見た。


 「向日。向日晴人。近畿から」

 金城は考えこむように、あるいは向日を観察するように、顎に手をやって首を傾げた。

 「んー、兵庫?」

 「奈良」

 「なんで兵庫だと思ったの?」とおれは金城ののんびりした笑い顔を見た。

 「なんか上品だから」

 「一瞬で近畿地方全域を敵にまわしたね」とおれが苦笑すると、金城は「え、まじ?」と青ざめた。

 「宝塚のイメージかな」と向日。

 「ああ、それはたしかに上品だ」

 「ね、奈良ってどんなところ?」と金城が懐っこく尋ねる。

 「どんなってほどでもないよ。市にもよるし」

 おれは今し方でてきた生まれ故郷を思い浮かべた。「宮城もそうだもんなあ」

 「へえ、宮城はどんなところ?」と金城がいったところで、葉山が這入ってきた。


 「へえ、仲よくできそうじゃねえか」と、短髪で目がつった男はいった。スポーツブランドのマークが入った黒の長袖の上衣ジャージに、おなじマークの這入ったおなじ色、おなじ素材の長い下衣ジャージズボンといういでたちで、見ているだけで暑かった。


 「最後の人だね?」と金城が明るくいう。「おれが金城で、こっちが風原、こっちが向日」とひとりひとり指し示した。

 「愉しくなりそうだな」と、彼は落ち着いているというよりも渋い声で笑った。

 「葉山だ、よろしく」

 「どこ出身?」と金城。

 「埼玉。ってところ」

 「聴いたことないなあ。どんな字書くの?」

 「皆様の皆に、野原の野。まちは普通に、市区町村の」

 ふと思いあたる地域が浮かび、反射的に「ああ」と声をあげた。「秩父のほうかな」

 「そうそう。すげえ、知ってんだ?」

 「前に蓑山みのやまのほうにいったことがあってね。そのときになんか、皆野町って見たことある気がする」

 「どっからきたんだ?」

 「ここに? 蓑山に? どっちにしても宮城だよ。仙台」

 「都会じゃねえか。なんだってわざわざこんなほうまで」

 「めちゃくちゃ正直にいえば、なんとなく。地元から離れたところってどんな感じなんだろうって興味があったんだよ」

 「それでわざわざ?」

 「きっと人も学校も、風景のなにもかもが違うと思うんだよ」

 「あんまり期待しないほうがいいだろうな」と葉山は苦く笑った。鋭い目つきがすこしばかりやわらぎ、つくりものめいて見えるほど整った歯並びが覗いた。

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