故に、俺は間違える

大西志乃

第1話 間違いだらけのプロローグ

 現代文担当の国語教師である小鳥遊優里たかなしゆりはニコリと笑みを浮かべながら、俺の前に足を組んで座っている。小鳥遊先生は美人で有名である。男勝りのガツガツとした性格もあり、男子生徒だけではなく、女子生徒にも人気のある先生だ。

 さて、なぜ俺は今そんな先生と対峙たいじしているのか。まさか、教師と生徒の禁断の、、、、、、はい、違いますね。すいません。笑みを浮かべているといっても目元めもとが一切笑っていない。怖いよ先生。なまじ美人だから余計に怖いです。

 小鳥遊先生はため息をつき額に手を当てながらそのまま前髪をかきあげた。

「呼び出された理由は分かっているよな?頬月ほおづき

「・・・・・・以前行われた現代文の中間テストでギリギリ赤点回避あかてんかいひした俺にプレゼントが・・・・・・あると思っていた時期が俺にもありました」

 風が吹いた。うーんなぜだろう。窓は閉まっているし、エアコンも扇風機もついていないいわば密室みっしつだというのに。でもこの一言で皆は分かってくれると思うんだ。

 恐ろしく速い拳、俺でなきゃ見逃しちゃうネ!

「この学校が原則、部活に入らないといけないことは知っているな?もう入学して2か月が経とうとしている。部活動に入っていないのはお前だけだぞ?」

「原則っていうことはそれに該当しない人物が一人くらいいてもおかしくないでしょう。そもそもやりたい部活動がないのにお金をかけてまで入りたくないないですよ」

「ほう。屁理屈へりくつだけは上手いな。しかし、この学校が部活動が活発かっぱつで有名なのは受験時で皆が知っている普遍的ふへんてき事実だぞ?加えてお金が必要ない部活動は沢山あるし、なんならお前が作ればいい」

 そういえば、先生は今日タイツをいているんだな。女教師、美人、タイツという単語の羅列られつでエロく感じてしまう俺は末期まっきかもしれない。しかし、そんなことを考えてしまうのは失礼だ。心の中で謝っておこう。ありがとうございます!・・・・・・あれっ?

 そんなことを考えていると。二発目が飛んできた。

「真面目に聞け」

「はぁ」

「そもそもなぜそこまで部活に入りたくないんだ?運動が苦手というわけではないのだろう?勉学だって中間は赤点ギリギリだが全国模試は・・・・・」

「さっきも言ったでしょう。やりたいことがないんですよ」

「ならば、私の部活に入ってみないか?」

「先生の部活・・・・・・ってなんでしたっけ?」

「相談部だ!」

 は?初めて聞く名前だ。意味わかんねー部活だな。よし。いい感じにお断りしよう。

「は?初めて聞く名前だ。意味わかんねー部活だな。よし。いい感じにお断りしよう」

「口にでてるぞ」

 なんてことだ。退路たいろが断たれてしまった。

「部活の概要がいようだがな、主にこの学校の生徒の悩みを聞き、解決に導くことだ」

 聞いてないのに説明始めちゃったよ。そして終わったよ。帰りたいよー。

「部活というよりボランティア活動みたいっすね。あっもう部活の時間なので帰宅しますね。さて今日はどんなパン屋に出会えるかな~」

「帰すわけないだろう。帰宅部は部活ではない。ここに入部届の紙がある。すでに名前は書いてあるからあとは頬月が顔を出すだけだな!では行くかあとパン屋は後で私にも教えてくれ」

 うーん用意周到よういしゅうとう。俺に人権じんけんはないのだろうか。あとパン屋は気になるのかよ。今日だけ行って明日、退部届出しに行こう。

「ところで部員は何名いるんですか?」

「今のところ頬月を合わせて二人だな」

「一人じゃないですか!よくそれで部活動の許可がおりましたね」

「この学校は半強制的に部活動に入れさせる代わりによっぽどのことが無い限り部活における制限がないんだよ」

 知らなかった。なるほど。確かにそれならば俺以外に部活していない人がいなくてもあまり不思議ではない。

「知らないって顔をしているな。入学式初日で言ったはずなんだが・・・・・・そうか確か頬月は欠席してたな、となるとそうだな・・・・・・友達とかあまりいないのか?」

 ぐさっ。直球ですね。いや違うんですよ。俺は、僕は友達を作れないんではなくて作らないんだ。人間強度がさがるから・・・・・・ってどこかの変態が言ってたのでそれを教訓きょうくんにしているだけなんだからねっ!

「あまりって沢山たくさんつくればいいもんってわけではないと思いますよ。そもそも友達の定義ってなんすか話しただけで友達なら両手で数えられるくらいにはいますよっ!?」

「なんかすまないな」

 泣きたい。しかし、女の前で涙は見せるなとどっかのじっちゃんが言ってた。誰だよじっちゃん。

「じゃあ彼女とか・・・・・・いるのか?」

 泣こう。てかとかってなんだよ。俺が彼氏いるって言ったらどうすんだよ。

「今は、いないですけど」

 まるで、前にいたかのように見せかけ嘘を言っておらず、一応未来に希望を込めるという高等テクニック現代文赤点の文才が火を噴くぜ!

「そうか・・・・・・」

 先生がなぜかにまにましている。あーこの人確かまだ未婚みこんだったな。いや仲間見つけて喜ぶなよ。てか同じ土俵どひょうにいるんだ俺ら。

 この京都私立儁秀きょうとしりつしゅんしゅう高校Eの形をしている5階建ての校舎だ。北に位置している校舎から1号館、2号館、3号館と呼ばれている。1号館には1階に保健室と購買そして事務室があり、2階には教務室きょうむしつと3年の教室、3,4階には2年の教室で5階には何があるかは知らない。まだ入学して2カ月経っていないのに加えて、1年である俺は来たことが無いからだ。オープンキャンパスには行かなかったし、入学式に出ていない俺はこの学校の地理にあまり詳しくない。2号館の校舎は女子コースらしい。そして最も南に位置する3号館が1年の校舎である。勿論もちろんそれだけではない。1階は実験室、2階は教務室、3,4階は1年の教室である。5階はホールだったと思う。一度集会でそこに集まった。生徒数は一学年に生徒が500人以上いるため全体だと1500人は超えているくらいだろうか。普通の高校より多いと思う。多分。知らんけど。

 先生が革靴かわぐつをかつかつと言わせながら向かうのはどうやら1号館のようだ。

 ―嫌な予感がする。

 そもそも相談というのがろくなもんじゃない。

 相談なんていうのはもっと親しい友達や身内、教師がするべき大事なことなのではないのか。それが陰キャ・ぼっちの俺がするなんて考えるだけで胃から何か出てきそうだ。親しい友達か身内、教師以外で相談なんてものを受けていいのはディズニーランドにいるクラッシュだけだ。間違いない。取り合えず予防線ははっとくか。

「先生、先ほど言った通り、俺には友達がいません。そんな俺に相談したい相手なんていないと思うんです」

 自分で言ってて心が痛い。しかし、これで先生の心にとど・・・・・・

「そうか。それならこれからどんどん増やせるなよかったじゃないか」

 かなかった。

「着いたぞ」

 先生が立ち止まったのは5階の角にある何の変哲へんてつもない教室。

 プレートには何か書かれている。しかし、読めない。どれくらい読めないかというと国会の速記そっき並みに読めない。つまりくそ汚ねぇ。みみずかよ。

 俺がプレートに呆気をとられていると、先生はからりと戸を開けた。

 その教室の隅っこには机と椅子が無造作に積み上げられている。物置なのだろうか。他の教室とはそこが違うだけで他と内装に変わりはない。いたって普通の教室である。けれど、そこがあまりにも異様に感じられたのは、一人の少女がそこにいたからだろう。

 彼女はレースのカーテン越しに暁光ぎょうこうに当たられながら本を読んでいた。

 それを見た時、俺は文字通り呼吸をするのを忘れていた。

 —不覚にも見惚みとれてしまっていた。

 彼女は来訪者に気が付くと文庫本にしおりを挟みこんでで顔を上げた。

「小鳥遊先生・・・・・・暇なのですか?」

「おいおい教師が暇なわけがないだろう?新入部員を連れてきた」

 小鳥遊先生の言葉に、彼女は呆れた視線を送る。

「それで、その一度あったらその日の夜に忘れそうな顔の人は?」

 俺はこの少女を知っている。

 一年一組、通称Sクラス在籍ざいせき巫凜華かんなぎりんか

 無論むろん、顔と名前を知っているだけで会話をしたことはない。

 儁秀高校には普通科10クラスの他に文系と理系にそれぞれ一つづつSクラスというのがある。このクラスは普通科よりも、5以上偏差値いじょうへんさちが高く、一年にして東大、京大、医大、留学志望の連中が多い。

 そんな注目を集めるクラスで一際異彩ひときわいさいを放っているのが巫凜華である。

 彼女は入学式の代表スピーチを行ったらしいし、以前行われた中間テストは勿論先日の校内実力模試でも主席しゅせきと学力も相当高い。

 そして、それをさしひいたとしても余りある注目を集める理由がある。

 美少女なのだ。学校一と断言だんげんできる。ゆえに誰もがしる有名人なのだ。

 かたや俺は特に生徒から注目を浴びる何かを記録として残していない一般生徒のため、同じクラスの人からさえ記憶されていないだろう。だから傷つく必要はない。しかし、その日の夜には忘れるのかー。・・・・・・ちょっぴり心にひびが入った。

「彼は頬月未来彦ほおづきみきひこ、入部希望者だ」

 勝手かってに希望者にされていた。退部しづらくなっちゃったよ。どうしてくれんだよ。

「一年九組頬月未来彦です。えーっと、希望者ではあり・・・・・・ます」

 にらまれた。凄い形相ぎょうそうで睨まれた。ちょっとれたよう。

「君にはここで部活動に励んでもらう。反論はんろんは認めない。今日から頑張るように」

「・・・・・・はい」

「というわけで、見た通り彼は孤独こどくな人間だ」

 見てわかんのかよ。気をつけよう。

「彼のくさった性根しょうね更生こうせいさせることそして、彼に本気を出させることこれらが私からの依頼いらいだ」

「お断りします。その方の目が気に入りません。お断りします」

 なぜか嫌われた。というか二回断られた。

「まあまあそう言わず頼むよ巫。・・・・・・いや、そうだな。巫には荷が重かったよな。すまない。私の見込み違いだったようだ」

 そんな挑発ちょうはつで乗るわけないでしょ。あんた国語の教師なのにさっきから一つも生かせてないぞ。

「いいでしょう。先生の挑発に乗るのはしゃくですがその依頼いらいうけたまわりました」

 のっちゃったよ。そして相も変わらずそこに俺の意思はないらしい。

「そうか。なら、後のことは頼む。」

 そう言うと、さっそうと教室を出てどこかへ行ってしまった。

 気まずい。ただでさえ男子の友達もいないのに異性と二人の空間は息がとにかくしにくい。これならぼっちの方が気がらくなのではないだろうか。

 時計の秒針びょうしんの音だけが教室に響く。

「座ったら?」

「あっ、はい」

 ぼっちあるある。会話しなさすぎて始めに「あっ」ていっちゃうんだよねー。

「なぁ/」

「ごめんなさい。それだけは無理」

「まだなにも言ってねぇーだろうが」

熱烈ねつれつな告白じゃないの?」

 きょとんと顔を傾けて聞いてくる。いい加減怒らなければいけないようだな。こいつ本っ当に・・・・・・可愛いな、おい。駄目だった。

「ちげぇーよ。ここがどういう活動しているのか聞こうかと思っただけだわ。その自意識過剰じいしきかじょうっぷり流石さすがの俺でも引くぞ」

 どの口が言っているのだろうか。自分で自分を引いてしまった。

「まだ活動したことはないわ。できて二週間ほどの部活だもの。まだ認知にんちもされていないと思うわ。」

 そうなのか。道理どうりで聞いたことが無かったわけだ。というかこいつも最近まで部活してなかったのか。

「へぇーじゃあ勧誘かんゆうとかしないのか?」

「二人体験入部に来た子がいたわ。どちらも三日目にはいなくなったけれど」

 気まづいてー。ありきたりな質問しかしてないはずなのにどことなく空気重くするのやめろよ本当。ふぅー切り替えが大事だ。

「そういえば何の本読んでるんだ?」

「そして誰もいなくなった」

 おわったー。

 名作中の名作だ。こんな状況じゃなければ語れていたのに俺は選択を誤ってしまったらしい。

「ところで、あなたは何故ここに入部してきたの?」

 まじ最悪とか聞こえてきそうなのは俺の感性が豊かだからだろうか。

「・・・・・・最悪だわ」

 現実だった。

「お前中々口が悪いな。それと入部したのは俺の責任じゃない」

「あなたは性根しょうねが悪いらしいわね。あと、言い逃れはやめなさい。切り落とすわよ」

「どこの部位をですか!?」

「教室で異性と二人っきりなんて私は初めての経験だったのだから、もっと優しくしてくれてもよさそうなものじゃない」

 言うこと滅茶苦茶めちゃくちゃだよこの人それに俺何かひどいことしましたっけ?

「じゃあ、具体的にどうすればよかったんだよ」

「そうね。ほんの一例だけれど、例えば、視界から消えてくれるとか」

「こえーよ。てか、お前が座れって言ったんだろうが」

「あれは社交辞令しゃこうじれいよ頬月君。つまり、二度と顔を出すなという意味よ」

「高度すぎるわ。前言撤回ぜんげんてっかい、お前口じゃなくて性格がすこぶる悪い」

「ひどいわね。頬月君。その文脈だと頬月君じゃなくて私の性格が悪いみたいに聞こえるわよ?」

 そう言ったんだ。

「ったく—少しはマザーテレサを見習ってほしいぜ。」

「彼女は私の弟子みたいなものよ」

時系列じけいれつはっ!?」

「そんな気安く私の言葉に突っ込みを入れないでくれるかしら。さっきから、もう、本当に馴れ馴れしいわ。もしも知らない人に聞かれたら同じ学校に通っていると思われるじゃない」

「いや、同じ学校じゃん!」

 そこまで否定されるのかよ。そもそもここ教室だよ。部外者ぶがいしゃ入れないだろ。

「失礼するぞ」

「先生ノックを」

「すまない。すまない。ところでかなり仲良くなっているようだな。良かったじゃないか。」

「よくないです。この人を退部させるには署名しょめいが何名必要ですか?」

 さらりと怖いことをいう。

「まあそうかっかするな今日のところは時間だから上がりだ。明日も頑張り給え」

その言葉と同時に巫は帰る支度したくを始める。手元の文庫本をかばん丁寧ていねいにしまうと立ち上がった。そして、俺の方をちらりと見る。

 が、何も言わずに帰って行った。

 あまりにも冷たい対応にぽつんと教室に一人置き去りにされた。

 今日という日はなんて厄日やくびだろう。やりたくもない部活に強制入部させられ、おまけに毒舌どくぜつの美少女ときた。普通、異性との会話って楽しいものなんじゃないの。巫による毒舌攻撃で俺のHPはもう0よ!こんなんなら妹と家で会話するほうが楽しいぞ。俺ってなんでMに生まれなかったんだろうとか考えちゃったよ。

 こういう展開だと段々仲良くなっていくとかが王道おうどうなんだろうけどそうなるビジョンが全く見えない。だってあいつ次あったらそもそも忘れるんだぜ。多分もう忘れてるな。 

 やはり青春せいしゅんなんてうそばっかりだ。

 地区予選で敗退はいたいしているのに今までの努力は無駄むだではなかったと汗と涙を流す運動部たち学校行事に限ってだけくるヤンキーにエールを送りあい普段真面目な人が何も言われない悲しい事実、大学受験に失敗して浪人ろうにんした自分をごまかすために挫折ざせつは人生経験だと言いはったり、好きな子に告白こくはくしてふられたらきらいになったり。

 あとは、そうだな。こんな口を開けばとげしかでてこないような女のことをツンデレと言っておきもしないラブコメ展開に期待したりとか、な。

 異論反論講義質問口答えは一切認めない。なぜなら青春なんて日常を美化びかして作った虚構きょこう物語なのだから。



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