何度だって蓋をした。

@chauchau

第1話


「出てきなよ」


「無理を言わないで」


「息苦しくない?」


「このまま死んでやる」


「あたしが犯人にされそうだから勘弁してください」


 頭までかぶった布団の上からぽんぽんと叩かれる。それが聞き分けのない子どもをあやす仕草のようでますます私は惨めになっていく。


「そのままそこに居ると、お酒全部あたしが飲んじゃうよ」


「あとで請求する」


「年収一千万超えてるくせにみみっちいわね」


 言うつもりはなかった。

 言ってはいけなかった。


「全部今日の天気が悪い」


「風の強い雨の夜、たしかに秘密を暴露するにはいい夜だ」


「死にたい」


「それは困る」


「酒の相手が居なくなるから」


「正解」


「くそったれ……」


「布団をかぶって窒息死しようとする人に言われたくない」


 ひた隠しにし続けた十五年の想いがあっさりと相手に伝わった。伝えたのが私となれば誰を恨むわけにもいかない。


「聞いてもいい?」


「駄目」


「あたしのどこを好きになったの」


「聞きやしない」


「聞きたいじゃない」


 自分が同性愛者だと気付いたのは高校生の頃。早すぎない気付きは、私の環境を守ってくれた。どれだけ綺麗事を言ってしまおうが、これは異常と斬り捨てられるのが当たり前のものである。

 そうでないと。そうではないと縋るには、私の心は臆病すぎたから。

 だから蓋をする。湧き上がる気持ちには何度だって蓋をする。そうやって生きてきた。大学に入っても、そうやって生きていた。


 一目惚れだった。

 春風に髪を取られた彼女の横顔を好きになり、すぐさま気持ちに蓋をした。


 大学の説明会で隣に座った彼女が話しかけてくれたから。

 湧き上がる気持ちに蓋をした。


 一緒のサークルに誘ってくれた彼女の笑顔にときめいて。

 すぐさま湧き上がる気持ちに蓋をした。


 何度も湧き上がって。

 何度も蓋をした。


 惚れっぽい性格に我ながらいやになって、他の女性に目を伸ばそうとするも、ああ、やっぱり無意識に相手は女性なんだと自分がまたいやになった。


「聞いて意味のあることじゃない」


「ちゃんと確認がしたいだけ」


「自分勝手」


「それがあたし」


 分かっていることは、この恋にハッピーエンドが存在しないこと。


「しっかり聞かないと、ちゃんと振れないじゃない」


「えげつない」


「残念無念」


 だから言いたくなかった。


「同性に告白されて」


「うん」


「茶化すことなく向き合ってくれるところ」


 だから。

 言ってしまいたかった。


「過大評価はありがたいけれど、同性だからじゃなくて、あんただからだけどね」


「うん」


「あたしはさ」


「うん」


「男が好きなんだわ」


「うん」


「だから、付き合えんわ」


「うん」


「泣かないでよ」


「泣いてないわよ」


「泣きなさいよ」


「泣きたくなったわ」


 蓋をする。

 蓋をして、蓋をして、蓋をする。


 臆病な私を私が笑う。

 泣くほどのことじゃない。笑えてしまうだけのこと。


「振られた」


「振りました」


「ちょっとだけすっきりした」


「そう」


「嘘」


「でしょうね」


 言えば満足するはずがない。言うだけで満足なんかできやしない。それが手に入らないと分かっているから諦められると同義じゃない。


「振った勢いで言うんだけどさ」


「なんでしょう」


「そろそろお酒飲みきるんだけど」


「嘘でしょ!?」


 年代物のワインだぞ。一本いくらしたと思っているんだこの女は。

 告白してしまったとか振られたとか関係ない。これは訴訟だ。拳で決着つけてやる。


「うっそー」


「…………上等」


 数分ぶりに目が合った彼女の笑顔に。

 私はまた蓋をする。



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