第57話
「うぐいす旅館の幽霊がいるって分かってたのに、キイを置いて行こうとした。
「うぐいす旅館で
「気付いたのは今話してる内にでしょ。私はずっと正気だった。考えれば考える程あんたが疑わしくなって来たから、うぐいす旅館であんたが犯人なのか試す賭けに出た。あんたが最も嫌がるのは、私が危険に晒される事。もしうぐいす旅館で本当に幽霊が出たら、あんたは何があっても私を守ろうとする筈。出なかったとしても気が触れた振りをすれば、あんたがどう出るか確かめられる。怯えてるモトの為に、モトを心配してるキイの為に真相を追い続けるか、私の為に全てを放棄するか。まさかキイが出て来るなんて夢にも思ってなかったけれど、ならキイの無事を最優先に、あんたを挑発する事にした。首吊りに使われたような格好で変に揺れ続けてるコードもあったから、うぐいす旅館の幽霊もいたんだろうね。でもあの時あのコードに向かって放った言葉は、あんた達怪奇全員に向けたものだったよ。あんた達が何をしようと何であろうと、私は人を傷付ける奴に屈したりしないし困ってる人を見殺しにもしない。キイは私が連れて帰る。あんた達がそう在るように、私もそう在るって決めたんだって!」
幽霊ってのはどいつもこいつも自分が都合のいい時にしか現れず、だから誰にも信じて貰えない。まあ、幽霊というこの表現すら、俺にとってもピンと来ない不確かなものなんだが。
それでもその固く握りしめたままのビニール傘に、つい笑ってしまう。
「まあな。お前の言う通り、俺はお前を諦めさせる為に村山をおかしくして、井ノ元達を飛び降りさせ、キイを殺そうとした。でもお前は諦めなかった。俺の負けだ。お前に人間じゃないと明確に意識されちまった以上、もうここにはいられねえ。気付いたら綺麗サッパリいなくなってるだろうよ。この世のどこからも」
「それすらあんたにも約束出来ないんでしょ」
「バレたのはお前が初めてだからなあ。まさかここまで頭が切れる、疑い深い奴とは思わなかったが。それに並ぶぐらいのお人好しだからその傘で俺を殴らねえし、さっさと失せろとも言わねえんだろ? 一人ぼっちは可哀相だって、どうしても考えちまうから」
「考えてない」
殺すような怒気で吐き捨てられたのに、言い聞かせているような調子に聞こえた。
「そうかもな。心なんて目に見えねえ」
「あんたなんか存在しない。この世のどこにも」
その即答が更に、俺では無く自分に向けているような言葉に聞こえる。
それに雨で冷えた所為なのか、微かに身体が震えて見えた。目が潤んでいるようにも見えるが、この雨じゃ分からない。
シーは俺を許さない。何があっても。分かっていたから俺も正体を隠していた。でももし最初から、俺とは幽霊と表すのが一番ピンと来る曖昧な存在なんだと明かしていたら、こいつは俺を認めてくれただろうか。
そうか、不信感を向けていたのはお互い様だったのか。俺だって最初から、誰も信じちゃいなかったから支配しようとした。だって分からないんだから。他者が何を考えているかなんて。
人も神も幽霊も変わらない。同じだけ不確か。こいつの口癖の意味が、やっと分かった気がする。だってこいつはさっきから、実在する生身の人間へ向けるものと全く同じ感情を、俺にぶつけているじゃないか。
どうやらこんなにムキにならずとも、こいつに俺という存在を植え付ける願いとは、最初から果たされていたらしい。何でも疑うとは言い換えれば、全てへ同じ目線で接するという事だ。人の心という目に見えないものを信じるとは、神や幽霊を信じる事と同じ。なら人間を信じるのなら、神も幽霊も信じなければ筋が通らない。
己の愚かさに微塵も気付いていない聖人は、それでも決別すべく悲壮に告げる。
「……いつの間にか当たり前になってたから、ちゃんと意識しないと忘れそうになる。キイ、モト、シー、ユウ。この
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