第51話


「……深い意味のある渾名あだななんてえよ。気が合うからだろ。キイもモトも同じだ」


「そう。キイ、モト、シー、ユウ。私達四人は渾名あだなで呼び合うぐらい仲がよくて、いつも一緒の友達だった。だから写真だって真面目に調べたし、その後に続いた妙な出来事の正体も真剣に追いかけた。報酬がある訳でも無いのにこんな危険な事に関わる理由なんて、友情以外に何も無い。もし第三者がこの二日間を語るならそんな言葉選びをするんだろうけれど、当事者である私に言わせればこの二日間とは嘘だらけだ。モトは本気で軽音部の幽霊を恐れたから、あの首無しの写真について調べて貰う為に、キイに画像を送った。でも本当に本気なら、怒られるのを受け入れてでもまずは、軽音部副部長である私に連絡を入れる筈。しくは同じく軽音部のユウ。それをしなかったのはどうして? 友達なんだから事情を説明すれば、付き合ってくれると分かってる筈なのに。キイにも違和感がある。昨日一緒にお昼を食べながら話してた時、ユウの家の位置や兄弟の有無を全く覚えてなかった。モトへのプレゼントを買いに行く時も、私達四人が知り合った当時についての思い出話になった途端、私は離れたクラスだった事は覚えてるのに、ユウは何組だったかすら忘れてた。たった一年前の事なのに」


「考え過ぎだ。モトは気が動転してたんだろうし、キイもド忘れだろ。本当にさっぱり覚えてないにしても、だからって何か困る内容じゃねえ」


「藤宮さんの電話を受けて部室の鍵を返しに行った時、何で彼女を含めた後輩達は、私とは話してもユウには一言も声をかけなかったの? 同じ部の先輩なのに、挨拶もしてなかった。キイもド忘れとしても家の位置すら覚えないのはおかしい。キイは電車通学で、ユウと私は徒歩通学。毎日のように登下校時は駅で合流と解散を繰り返してるんだから、私とユウは近所だって事くらい分かる筈。それにうぐいす旅館に行った時。突然届かなくなってた電波が、何であのタイミングで繋がったの」


「……偶然だよ」


「うぐいす旅館の前で電話をかけて来たモトは、キイと私が同じ場所にいるって気付いても、写真についてバレてるんじゃないかって動揺した様子を全く見せなかった。わざわざ私を避けて、キイに見せたのに」


「深い意味なんてえよ」


「何で私とキイには何度もかけ直してたみたいなのに、ユウには電話したとすら言わなかったの」


「まだあのタイミングでは、あの場にいるのはお前とキイだけって思ってたからだろ」


「うぐいす旅館に向かう前、私がコンビニの駐車場で電話をかけた相手は、一週間前このスマホにも尋常じゃない回数の電話をかけてた」


 シーが言いながらスカートのポケットから取り出してみせたのは、井ノ元のスマホだった。


 俺は目を見開く。


「何でお前がそれ持って」


「井ノ元が飛び降りる時、ポケットから廊下に落ちたじゃん」


 拾ってたとは聞いてねえぞ。


 いや、何でも調べないと気が済まない奴なんだから、拾ってる方が自然か。スマホなんて個人情報の塊、友達に頼んでもそのまま見せてくれるようなものじゃない。


 シーは猫背になった背で傘を支えると、傘から離した手を井ノ元のスマホにやりながら俺へ向き直る。首と丸めた背中で傘を支えている所為で俯いており、表情は全く読めない。


 幽霊のようだと思った。


 シーは頭頂部を見せるように俯いたまま、慣れない機種で覚束無おぼつかない両手で操作した井ノ元のスマホを俺へ向けた。


 画面には着信履歴が表示されている。確かに一週間前から一昨日までの間、数時間や数十分置きに、たった一つの番号から電話がかかって来ていた。


 いつもの冷静を貼り付けた声が、俯いたシーの陰の奥から鳴る。


「この番号、誰のものか知ってる?」


 シーへ覚えた恐ろしさで声が出ない。


 数秒の静寂が横たわった後、シーは井ノ元のスマホから片手を離し、自身のスマホを取り出す。傘を落とさないよう猫背のまま操作すると、腕を突き出して画面を俺に向けた。


 発信履歴が表示されている。最新の履歴は、昨日コンビニの駐車場にいた時にかけたものになっていた。その番号は、井ノ元の着信履歴を埋め尽くしている番号と一致している。


 猫背のまま二台のスマホを俺へ突き出すシーは、井ノ元のスマホを胸ポケットにしまう。慣れた調子で自身のスマホを使い、一操作をするたびに俺にも分かるよう画面を向けて来る。


 まず最新の発信履歴に残っている番号を選択した。そこに電話をかける。俺にも聞こえるよう、サイドボタンを連打しボリュームを最大にした。ブツリとノイズが入ると、音声が流れ出す。


「おかけになった電話番号は、現在使用されておりません。お手数ですが」


 シーは音声アナウンスを聞き終える前に電話を切ると、スカートのポケットへスマホをしまった。その手で傘の柄を掴むと、背筋を伸ばし俺を見据える。いつもの貼り付けた、喜怒哀楽の無い目をしていた。


「画面のロック解いてスマホ見せて」


 傘を持っていない手を差し出して来る。



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