第37話
うぐいす旅館とは、たった一駅先の山中にある廃旅館だ。その周辺とは、もう何十年も前に高速道路を作る際の立ち退きで殆どの店が消えたが、有名な温泉街だったらしい。ごく少数の店が留まり数年前まで営業していたが、現在は全て廃業。取り壊しもされず唯一残っているのが、このうぐいす旅館だとか。
ホームで電車を待っていると、シーがスマホで、うぐいす旅館を探索した当時を綴るブロガーの記事を読みながら説明してくれた。
「今は心霊スポットとしてオカルト好きの間では有名なんだって。この辺りで肝試しと言えばうぐいす旅館が挙げられるみたいで、経営難を苦に旅館内で首吊り自殺した店主の幽霊が出るんだとか。あと何故か浴場で、髪の長い女性の霊も出るって噂もある」
「またベタな噂だな。何で幽霊と言えば女で、かつロン毛なんだか」
「ハゲのジジイでもいいのにね」
「口が悪いぞ」
「ただのたとえ」
一時間に四本しかやって来ない電車が漸くやって来て、誰もいない車内へ乗り込む。走り出した途端窓から見える景色から光と建物が消えて行き、山と放置された田畑、誰も住んでいないだろう民家が辛うじて輪郭を見せる程度の闇一色となる。欠伸が出そうなぐらい長いトンネルを抜けて山を一つ越えると、やっと駅に辿り着いた。無人駅な上に辺りにはコンビニも駐車場も無く、無賃乗車されてもバレないと思う。
山々の輪郭すら夜の闇に呑まれて分からないが、近くを川が流れているらしい。虫の声が昼間の蝉にも肩を並べるぐらいの大合唱で、声を張らないと会話もままならない。昼間の蒸し暑さが僅かに残る空気は湿っぽく、草木の匂いが濃く沁み込んでいる。それだけ人間の気配が乏しいと分かると言うか、土地の廃れ具合を感じた。
地図アプリでうぐいす旅館までの経路を検索してみると、事前に調べていた通り、駅から徒歩十分という便利な立地で拍子抜けする案内が始まる。街灯の本数が無いようなものなので、ここからは懐中電灯を点けて歩き出した。距離感の分からない闇にのっぺりを周囲を包まれ、通行人が来ても眼前に来るまで気付ける自信が無い。
「つーか行ったとして中入るのか? 犯罪だぞ」
「外観を見ただけで調べたとは言えない。もし誰かに見つかって注意されたら、浮かれて肝試しに来たカップルの体で誤魔化す」
「考え甘」
「季節的には夏の所為って言葉が、結構マジで通じそうじゃない? 十七歳だからまだギリ未成年だし、こんな無茶が出来るのも今年が最後」
夏の所為なんて、シーの口からは一生聞く事が無いと思っていた種の言葉が飛び出したもので、驚いた拍子に文句を忘れてしまった。
地図アプリの言う通りに、橋を渡り、車の一台もやって来ない道路を歩いていると、道の脇に広がる林へ入れと指示された。どう見てもただの林。懐中電灯を向けても舗装された道なんて見当たらないし、獣道すら通っている気配が無い。本当に有名な心霊スポットなんだろうか? 既に虫刺されで腕のあちこちが痒いし、そもそも高くない期待値が低下して進みたくなくなってくる。
シーは苦い顔をして立ち止まっている俺に一瞥もくれず、手近な枝を折った。虫の声と水流しか聞こえない闇に、ぱきりと乾いた音が嫌に響く。自然が発する音に、人間の作った音が異物のように浮き立った。
シーは折った枝を杖のように振り回しながら林へ踏み入り、ガサガサと騒々しく雑草を掻き分け進み出す。背が高い訳では無いので、早速伸び放題の草木に埋もれかかっているが。想像以上の苦難だったのか、「ん」とか「むう」とか言って立ち往生している。
鼻で息を吐いてからシーに追い付くと、枝を取り上げて前を行く。足裏から伝わる感触が、アスファルトの硬さから、枯れた雑草が敷き詰められた柔らかい土に変わった。踏み締める
俺が掻き分ける役になろうと苦戦はしたが、後ろのシーには多少はましな道のりとなっただろう。そのまま林の奥へ進む。だがどれぐらい歩いた頃だろう。シーが懐中電灯で前を照らしてくれているも、誰かが通った痕跡と出会わなければ、旅館らしきものも見えてこない。
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