第28話

 侍女と書記官と私を乗せた馬車は何の問題もなく二日間の旅を終えてようやく目的地の王太后クラウディア様の離宮へと到着する事が出来た。


「モア・ウルダード様。ようこそお越しくださいました」


 離宮の従者は一礼し、私を祖母の元へ案内してくれる。祖母は離宮の中庭で花に囲まれながらお茶をしていたようだ。久々に見る祖母の顔。私は緊張した面持ちで祖母の前まで歩いていき、礼をする。


前回の時に会った記憶と変わらないままの優しい笑顔を浮かべた祖母。


「初めましてお婆様。私、モア・ウルダードです。この度、離宮に呼んでいただき有難うございます」

「貴女がシーラの娘、モアね。待っていたわ。長旅ご苦労様ね。まずゆっくりしていって、と言いたい所なのだけれど、エリアスから連絡を貰っていてね。すぐに聞き取りをして書記官をすぐに返して欲しいと言われたのよね。申し訳ないけれど、すぐに私の執務室へと来てくれるかしら?」

「分かりました」


 私の後ろにいた書記官はそのまま祖母の執務室へ直行する事になり、私は一旦部屋で旅装を解いた後、執務室へと向かう事になった。


 私の部屋はというと、華美ではないけれど長期に滞在するようなそこに住むための部屋が用意されていた。


父が王都の邸が準備出来るまでここで滞在させてもらうのだ。自分に出来ることは精一杯やろうと思う。


 私は旅装を解いた後、ワンピースに着替えて祖母の執務室へと向かった。


「お婆様、書記官様、お待たせ致しました」


 部屋には祖母と執事、書記官と侍女がいたが、侍女は私達にお茶を淹れると下がっていった。


「モア、急がせてごめんなさいね。早速だけれど、話を聞きたいの」

「はい。思い出せる事は全てお話します」


 私の記憶はほぼラオワーダ国の出来事。何年の何月に何処家と何処家が婚姻したとか〇〇地域で疫病が発生した事から始まって王宮で行われたお茶会の事とか、当時クロティルド様は既にアーデル・メイエル公爵令嬢と婚姻していた事。


 その時に流行っていた歌劇。そこから我が家が所有する船舶が全て沈没した事やクリストフェッル家に嫁いだ事、舞踏会での出来事や義母のアルロア夫人に言われた事、そして自分が死に至るまでを。


 最後の方は気持ちを整理して話をするつもりだったけれど、ゆっくりと涙声になってしまった。祖母や書記官は私に強制や促す事もなくただ静かに聞いてくれていた。


「……そうね。やはりモアは『時戻り』をしたのでしょう。とても七歳が話す内容ではないわ。数年後には事実かどうか分かる部分もあるわね。それに、話す内容に国家の機密事項もあったわ。漏れると不味いでしょう。


やはりモアは私かエリアスが保護をした方が良いわ。でも王宮で保護するにはラオワーダ国が文句を付けそうなのよね。だからここの離宮でモアを保護するのが一番いいの。シーラ達は今出国の準備をしているのでしょう?」


祖母がそう言うと、執事は頷いている。


「ならシーラ達が此処へ来るまでモアは離宮でゆっくりと過ごすといいわ」


 書記官は記録し終わったようでそのまま王宮にとんぼ返りするのだとか。仕事とはいえ大変だ。


「では私はこれで」

「エリアスによろしく伝えて頂戴」


祖母がそう言うと書記官は礼をして執務室を後にした。


「さぁ、書記官は出て行ったわね。モア、こちらへいらっしゃい」


 私は祖母の近くへ行くと今までとは違って優しく微笑み私をギュッと抱きしめてくれたの。


「辛かったでしょう?顔に傷まで作って。よく頑張ったわね」


その一言で私の涙は止め処なく溢れ出た。


「前を向かなきゃって何度も思って……、折角のチャンスを、神様が、くれたから……」


ずっと感じていた事、考えていた事が零れだす。その言葉を大丈夫、大丈夫と祖母は抱きしめてくれたの。


そして泣き疲れていつの間にか眠っていたみたい。目が覚めると朝になっていたわ。


 そして泣いて寝たから目がぼってりと腫れていた。侍女は私が起きた事に気づいてすぐに目を冷やしてくれたわ。私が目を冷やしている間に湯浴みの準備をしてくれていたの。


二日ぶりにさっぱりしている間に目の腫れもどうにか治ったようだ。


朝も早かったので今日は祖母と朝食を取る事になった。


「お婆様、昨日はごめんなさい。気づいたらベッドだったので驚いちゃった」

「ふふっ。子供はよくある事よ?モアは十二歳になったら王都にある学院に通うのでしょう?それまでにしっかり勉強しないといけないわね」


「学院に通うのが夢だったのでとても嬉しいです。一杯勉強します」

「フルムから優秀だと聞いているわ。将来は何になるつもりなの?」


「私は顔に傷もありますし、跡取りのアルフもいるので王宮侍女か医務官になりたいと思っています。そうすればお婆様とずっと一緒にいられるでしょう?お婆様の元で働きたいと思っていたのです。時戻りをする前から」


「あら、嬉しいわね。医務官は女性にはまだまだ狭き門ね。正直厳しいと思うわ。……そうね、学院に入る迄の間、ここで侍女見習いになるのはどう?

今からこの離宮で少しずつ覚えていけばいいわ。でも、ダミアンはきっと貴女の将来を考えているはずだから学院には文官科が良いと思うわ。勉強もしっかりやらないとね」


「お婆様!本当ですか?私、頑張ります」

「離宮の侍女は厳しいから覚悟するのよ?」


 お婆様は微笑みそう言った。王宮侍女は侍女の中でもエリートで爵位のある令嬢がなるのが殆ど。その中でも王族に仕える侍女は上級侍女。ほんの一握りしかいないの。侍女の中でも憧れの存在なのよね。


その上級侍女から教えて貰えるなんて私は恵まれている。ちなみにお婆様は子供を五人産んでいるし、側妃様二人も四人ずつ産んでいるので王家は安泰すぎて私のような後を継がない人は一杯いるの。


王宮に仕えている親戚も多い。遠い親戚も含めると半分位は血を辿れば王族に辿り着くと言っても過言ではないみたい。血族の多いため国内の情勢は安定しているのだと思う。


 私はホクホクしながら将来の事に夢を馳せていた。そうして父達が隣国に渡るまでの間私は離宮で学院に進むための勉強と侍女の手伝いをする事になった。

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