第27話
「モア、天気もいいし、暇だから中庭でお茶でもしようか」
翌日、フルム兄様が笑顔で部屋に入ってきた。
「いきます!ここのお庭はとても素敵だから嬉しいわ」
私はフルム兄様と一緒に中庭のガゼボでお茶をする事になった。
侯爵家の庭は迷路のような作りになっていてその真ん中にガゼボがある。四方を高い木で囲まれているけれどガゼボだけは蔓科の小さな花が咲き乱れているのでどこか物語の中に入ってしまったような空間になっている。
フルム兄様に迷わないよう手を引かれながら迷路に入った時は凄くドキドキして探検した気分になり、ガゼボで花の香りに包まれて物語の主人公になった気分でとても嬉しくなった。
「フルム兄様、とても素敵なお庭ですね。私、とっても気に入りました」
「そう言ってくれると嬉しい。お婆様の所へ行くと暫くは会えないから残念だ」
「きっとお父様はすぐに迎えに来てくれると思います。そしたらまた勉強を教えて下さいね」
「あぁ、そうだな。叔父さんならすぐこっちに来るだろう。今はモアに怪我を負わせた令嬢を締め上げている頃だろうな」
フルム兄様は苦笑しながら話す。そして私達がここで生産されている特産品の話をしていると。
「探したわ!ここに居たのね」
そう言いながらガゼボに来たのはレイラ様だった。
「どうしたんだ?レイラ、何か用事か?」
「モアちゃんとお茶がしたくて誘おうと思っていたら既にお兄様と飲んでいるって聞いたの」
私達の許可を得ずに当たり前のように隣に座り、従者にお茶を淹れる様に指示を出している。
「おいおい、俺達は何にも言っていないが?」
「いいじゃない。私だってモアちゃんとお話がしたいんだもの。お兄様ばかり仲良くなってつまらないですわ」
そう言いながらレイラ様はニコニコとお茶を飲む。
「レイラ様、ここのお庭は素敵ですね。物語の主人公になった気分です」
「そうでしょう?ここは自慢の庭なの。モアちゃん分かっているわね!そういえば昨日言っていた話なのだけれど、モアちゃんには婚約者がいないのでしょう?」
「はい。まだ私には決まった人はおりません」
「そうなの?モアちゃんならすぐに決まりそうなのに」
「フルム兄様のような素敵な方なら良いですが、その辺はお父様にお任せしています」
令嬢達の中ではきっと話題に上らずにはいられない内容よね。
「昨日話をしていたクロティルド様なんて素敵じゃない。年は少し離れちゃうけど、何故殿下では駄目なの?所詮貴族なんて政略結婚なのだから顔の良い殿下に嫁ぐべきじゃないかしら。王太子妃になれるのよ?」
レイラ様に不思議そうに聞いてくる。
レイラ様はそこから私の事などお構いなしに話をしている。レイラ様に全く悪気は無いし、むしろ王太子と言えば令嬢達の憧れの存在だし、貴族として当たり前の話題だと思う。
けれど、今の私にはレイラ様の言葉が心の柔らかい部分をぎゅっと締め上げ、苦しくなった。
貴族だから、黙って、耐えろ、……苦しむのは、仕方がないこと、……父や母やアルフのため、私が、犠牲に……なれば、いい……。
次第にハッ、ハッ、と息が苦しくなる。胸が苦しくて上手く呼吸が出来ない。
どうすれば、いいの……。
どうやら私はそのまま気を失って倒れたみたい。
「モア!大丈夫か!?」
気が付くと私は客室のベッドで寝ていた。
「……フルム兄様?」
「あぁ、良かった。目が覚めた」
一瞬、今自分は何処にいて今まで何していたんだっけ?と思ったけれど、フルム兄様が泣きそうになっている姿を見てそういえば私は苦しくなって倒れたんだと記憶が戻ってきた。
「心配かけてごめんなさい。私はもう大丈夫。レイラ様に悪い事をしてしまったわ」
「レイラの事は大丈夫だ。それより心配なのはモアだ。すぐに医者を呼ぶ」
侍女を残してフルム兄様は走るように部屋を出て行った。間もなくバタバタと大きな足音をさせながら兄様は先生を連れて部屋へと入ってきた。さすがにフルム兄様は診察の間は部屋を出ていたけれど、すぐに入ってきて先生に病状を聞いている。
「きっと過呼吸を起こしたのでしょう。何か倒れる前に辛い出来事があったり、思い出したりしたのでしょうか。無理はせず今日はゆっくりと静養なさってください」
先生はそう優しく告げて帰っていった。
私が静養している間、レイラ様は侯爵様やフルム兄様からとても叱られたそうだ。『幼い子に詰め寄るなと。理由があって王太后様の元に庇護を求めて隣国から渡ってきたというのに追い詰めてどうするのか』とレイラ様のお母様からもお説教されたわと後で教えてもらった。
理由を知らないのだから仕方がない。レイラ様を責める事はできなくて本当にごめんなさいって思ったわ。
丸一日部屋で静養する事になってレイラ様が謝りに来たの。その時に私もごめんなさいって謝った。今まで過去を思い出して倒れるなんて事なかったんだもの。何としても逃げ切るために、私はここで、こんな事で躓いてはいけないの。
もう大丈夫。ちょっと心の隙を突かれただけ。
そして翌日、侯爵家に王宮の馬車が到着した。ここでフルム兄様とは一旦お別れになる。兄様は父とこれから王都で過ごすことになる拠点の改装や改築に携わるらしい。
「ではお婆様の所へ向かいますね。侯爵家の皆様には良くしていただき本当に有難うございました」
「モアちゃん、また落ち着いたらお茶をしましょうね」
「楽しみにしています。伯母様有難うございました」
私はみんなに挨拶を済ませた後、馬車に乗り込むと、馬車はカラカラと動き始めた。
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