第20話

 メリダからの報告を聞いた後も難しい顔は変わらないままだったけれどね。そして父達は更に注意しながら王家の動きを探るような話をしていた。


私はというと、父の事業に携わる年齢でもないのでそこからは今までと変わらずフルム兄様に勉強を教えてもらう日常に戻りつつあった。ただ違う事といえば毎月出国申請を出しているのに許可されない。


一週間に一度ほどクロティルド殿下からお茶を一緒にしようと従者が伝えにくるという事。何度かは断っているけれど、それでも気にしないのかお茶に招待される。流石にずっと断り続けるのは不味いので仕方なく最低限の準備でメリダと共に王宮へ登城し、殿下とお茶をして帰る。


 殿下はいつも学院の話だったり、王都の話、視察に行ってきたとお土産をくれたりもしたわ。

正直何を考えているのか私にはさっぱり分からない。


ただ分かるのは殿下からの好意。


きっと婚約者にしたいのだろうと薄ら感じる程度だけれど。





 そんなある日、王宮でクロティルド殿下とお茶をした後、いつものようにメリダと馬車に乗り込んで邸へと帰ろうと馬車を走らせた時、嘶く馬の声と共に馬車がスピードを上げて走り出した。


車輪がガタガタと大きな音を立てて馬車は酷く揺れる。その揺れは酷くて扉横に付いている手すりに掴まっているのがやっとだった。


「お嬢様!!危ないっ!頭を上げてはなりません!」


 メリダは大声で叫び、力いっぱい手を引いた後、足元で小さくなるように言った。メリダは私に覆いかぶさる。御者が必死に馬を抑えようとする声、ガタガタと揺れる馬車。私は怖くて震えるしかなかった。


ほんの一瞬の事だった。


 馬は暴走したまま何処かの角を曲がったのだろう。馬車はスピードに耐えきれずそのまま横転してしまった。私の身体は一瞬浮遊感を感じた後、強い衝撃を受け、そのまま意識を失った。







 次に目を覚ますと私は知らないベッドで寝ていた。


身体が重くて所々痛い。


それにしても喉が渇いたわ。


「メリダ、ここは何処?お水が飲みたいわ」


私の言葉にガタンッと音が鳴ったと思うと駆け寄ってきたフルム兄様が私を覗き込んだ。


「モア!!良かったっ。目を覚ましたんだな!」


……?


私は一瞬何の事だか分からなかった。


「フルム兄様?」


私は不思議に思い、起き上がって気づいた。腕に包帯が巻かれている。顔にも包帯が。


「どうなっているの?」

「お、覚えていないのか?ここは王宮だ」


 フルム兄様が焦ったように私に聞いてくる。その言葉を聞いて自分の記憶を辿っていく。


「確か、クロティルド殿下とお茶をした後、馬車に乗り、メリダと帰っている途中で馬が暴走して……」

「メリダ!!!兄様っ、メリダは?メリダはどこ?大丈夫なの!?」


私は最後メリダに庇われていた。最後の状況を思い出すと怖くなって泣きながらメリダを呼ぶ。


「モア、落ち着け。メリダは大怪我をしているが命に別条はない。大丈夫だ。とにかく、叔父さんを呼んでくる」


 私は目覚めたばかりでどういう状況なのかもよくわからなかった。ただ分かったのは私もメリダも怪我はしているけれど助かったらしいという事。


「モア!」


父と母がすぐに部屋に入ってきた。二人とも泣きながら私をギュッと抱きしめている。


「お父様、お母様。何が起こったのですか?」

「目が覚めて良かった。半日ほど寝ていたんだ。王宮からの帰りに馬車が横転したんだ」

「私の怪我は……?」

「ううっ。すまない。馬車が横転した時に窓ガラスが割れて顔と腕を切る大怪我だったんだ。医者は傷が残るかもしれないと言っていた」


 令嬢としての命は終わったのかもしれない。傷物令嬢となった。顔に触れると左頬を覆うように包帯が巻かれている。そこまで痛みは無かったので大袈裟に包帯を巻かれているのだとも思った。


けれど腕を動かそうとした時に痛みを覚えた。傷にはなっていないようだけれど強くぶつかったせいか肩や背中に痛みがある。少しすると医者がくるというのでその時に痛む場所を教える事になっていたみたい。


「お父様、メリダは?」

「あぁ。彼女は肋骨三本と左腕を折ってしまったのとガラス片が皮膚に刺さっていたが命に危険はないようだ。あれだけの事故だったのにこれ済んだ事は奇跡だよ」

「お父様、メリダは、メリダは私を庇ってくれたの」


「そうだね。助け出された時にモアを庇うように倒れていたと騎士が言っていた。今は王宮の医務室で寝かされているが、落ち着いたら我が家に連れて帰り、しっかりと治療を続けるから大丈夫だ。

ただ骨折しているので治るのに三か月は掛かるだろう。それまでは別の侍女を付けるから心配しなくていい」


メリダの事が凄く心配になったけれど、ちゃんと治すと父も言っていたのでホッと息を吐く。そして思っていた事を父に聞いてみた。


「お父様、何故馬は暴走したのですか?」

「御者と隣に乗っていた護衛騎士の話では男が馬に向かって香水のような物を投げつけたらしい。匂いと刺激で驚き暴走したと。護衛騎士はすぐに馬車を飛び降りて男を追って捕縛したと連絡は来ている。勿論御者も無事だ」


 馬車には御者席に御者と隣に護衛騎士、馬車の後ろにも護衛騎士二人が立って乗る。御者の隣にいた護衛騎士は男を捕まえるためにすぐに馬車から飛び降りたようだ。後ろにいた護衛騎士は角を曲がった時に振り落されたらしいが、受け身を取って無事だったのだとか。


 御者と一人の護衛騎士はすぐに馬車から私達を助けだした後、護衛騎士が助けを求めに王宮に走ったのだとか。そして王宮へ私達は運ばれて治療を受けたと。私は軽傷だったようで客室に運ばれ、メリダは重症だったので医務室で治療という事なのね。


腕のいい王宮医師にすぐに治療してもらえた事が不幸中の幸いだった。


 父から状況を聞いてようやく落ち着いてきた。そして父達の見守る中、医師が入ってきて軽く診察を受ける。運び込まれた時に骨折等がないか確認はしていたけれど、本人から痛む部分を聞くのが一番よね。私は痛む箇所を伝えた。


どうやら打撲で済んだみたい。


 医者からは今日一日は念のために王宮に留まり様子を見て明日帰宅する方がいいと告げられた。


 父とフルム兄様は仕事を片づけるため邸に泣く泣く戻る事になり、母は私と共にこの部屋で一泊して一緒に帰ってくれる事になった。


いつも忙しくしていた母。一緒に過ごすなんて久しぶりで不謹慎だけれど私は嬉しくて仕方がなかった。


だからつい、母に側にいて欲しい、隣で本を読んで欲しいとか一緒に寝て欲しいとか我儘を言ったの。母は優しく甘えん坊さんね、と笑いながら我儘を叶えてくれた。

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