第13話

「お父様、お呼びでしょうか?」


フルム兄様が我が家に着いてすぐに父の執務室へ挨拶をしに行ったわ。その後で私は呼ばれたの。何かあるのかしら?


「あぁ、モアそこに掛けなさい」


執務室には父と母がいたけれど、フルム兄様は居なかった。


「お父様、お話とは?」

「あぁ、先ほどフルム君がクラウディア様の手紙を持ってきたのだ。幼いモアに話そうか迷っていたのだが、『時戻り』をしているから十分に理解できるだろうと夫婦で話し合ってモアに話す事にしたんだ」

「『時戻り』……ですか?」


私は父から聞いたことのない言葉に首を傾げる。


「サルドア国の王族は極まれに『時戻り』をする者がいるそうだ。どうやら死をきっかけとして戻るらしい」

「……」

「『時戻り』をし、未来を変える事で国を守ってきたのだとか。そしてここからが私達の聞きたい部分なんだが」


私は父の言葉にごくりと唾を飲む。


何を聞かれるのかしら。


「思い出させるようで悪いのだが、死ぬ時にモアは一人で死んだのかい?」


死ぬ時、あの時は確か……。


「確か、部屋に居たのは怪我をした息子のイェルとノア様しか居ませんでした。それがどうかしたのですか?」

「誰もモアに触らなかった?」

「……それは分かりません。ただ、目を閉じる前にノア様が駆け寄ってきたような気がします」


私がそう言うと、父も母も血相を変えた。


「お、お父様、何か悪い事でもあるのでしょうか?」

「多分、なんだが、『時戻り』を行った時にその者に触れると触れた相手も一緒に『時戻り』に巻き込まれるみたいなんだ。どの時点で思い出すのかは分からない。詳しくは手紙に書いていないからクラウディア様に聞くしかないだろう」


一緒に時を戻る……?


 ノア様に記憶がある?私は恐怖で身体が震え始める。あの時、イェルは居たけれど、時を戻ってもイェルは存在しない。でもノア様の記憶が戻ってまた私を欲しいと言えば逃げ切れない。


母が震える私に気づいてギュッと抱きしめた。


「大丈夫、きっと大丈夫よ。きっと相手はまだ思い出していないわ。思い出していればすぐに我が家に連絡がくるもの」

「……お、お母様。怖い。私、怖いです。もうあそこには嫁ぎたくない」


「絶対嫁がせない。モア、心配しなくていい。ただ、相手がいつ思い出すか分からないとなると悠長にしている時間はないな」

「ダミアン、急がなければいけないわね。モア、これから母達は忙しくなってしまうけれど、心配しないでね」


「えぇ、お母様。私の事で心配をお掛けしてごめんなさい。アルフもいるし、フルム兄様もいるのですから大丈夫です」

「乳母がモアはアルフのお世話が上手だと褒めていたわ。大丈夫、神様はきっと私達を見てくれている。『時戻り』というチャンスをくれたのだと思うの」


!!!


不安で仕方がなかった私は母の顔を見つめた。


そうよね、きっとこれはやり直せるチャンスなのよね。ここで弱気になってはいけないと思う。


私も、やれる事はなんでもやろう。頑張るしかないわ。


「お母様、私、頑張ります」


そうして私は新たな誓いを胸に部屋へ戻った。父達はこの後執事と共に今後の仕事や家の事について話し合うみたい。






 部屋に戻ってからの私はとにかく勉強しようと思い、本棚を眺めて気づいた。絵本や簡単な本しかないわ!そうよね、そうよね。今はまだ五歳だもの。


 確か、図書室に沢山勉強するための本があったはず。サルドア国の学院に入学する予定なのだから歴史から勉強したほうがいいのかしら。


「メリダ、図書室に行きたいわ。一杯お勉強したくなったの」

「お嬢様、なんて素晴らしい。お供致します」


 私はメリダを連れて図書室へとやってきた。我が家は伯爵位だけれど、貿易で富を得ているだけあって図書室はかなり広い。各国の貿易品を細かく調べ上げた資料や貴族名鑑はもちろん各国のマナーに精通する本など様々な本が揃えられている。


私は何を勉強していこうかと悩む。


 隣国へ渡って私は学院で学んでみたい。学院は淑女科、侍女科、文官科、騎士科、薬師科など科がある。淑女科は令嬢達が嫁ぐために身につける教養を学ぶ科。侍女科は平民も多く、貴族の家に奉公へ出る人達、下位貴族も次女や三女などで嫁ぐ事より働く事を希望している令嬢達は主に侍女科に入る。


文官科は将来外交官や領地経営など幅広い職種の勉強をするらしい。だが、文官科や騎士科は男が大半を占めるようだ。薬師科はごく一部のエリート貴族がなる感じ。私は将来どうしよう。時戻り前の時は淑女教育を受けていたわ。婚約者は居なかったけれどね。


今は働いてみたいと思う。父の手伝い?母のツテで王宮に仕官するのがいいかしら。まだ五歳だもの。


今から勉強すれば何にでもなれる気がするわ!!


でも何から学べばいいのかしら。


「メリダ、何から学べば良いと思う?」


まだメリダには隣国へ渡る事を話していなかったわ。隣国の勉強を始めればきっと怪しむと思う。そう思いながらもどこから勉強して良いのか分からないので聞いてみた。


「モア様、明日からフルム様の勉強が始まるのです。その勉強とは違うものが良いのではないですか?」

「!!確かにそうね。どうしようかしら。そうだわ身近な所で世界の特産品を覚えるのはどうかしら?いつかお父様の役に立てるかもしれないし」

「それは良い考えだと思います」


 メリダと話をして読む本を決めた後、本を探す。世界の農産物、産業、特産品など関連本が数冊ほどあったわ。メリダはきっと五歳の私はすぐに飽きるだろうと思っているのか難しい本だから駄目だとは言わなかった。


部屋に戻ってからはメリダの淹れてくれるお茶を片手に本を読み始めた。持っていた地図と照らし合わせながら読み進めていくうちに気づけばとっぷり日もくれていた。


「お嬢様、夕食のお時間です」


メリダの言葉に時間を思い出していそいそと食堂へと向かった。


「フルムお兄様!」


 今日は父も母も忙しいようで食堂にいたのはフルム兄様だけのようだ。私は飛び込むようにフルム兄様の隣の席へと座った。


「こらこら。淑女とはほど遠い」

「分かっているわ。でも、兄様と食事が出来ると思うと嬉しくて」


私がそう言うとフルム兄様は仕方がないなと笑った。


「明日から勉強を教える事になる。叔父さんの仕事もあるから午前と午後のどちらかだけになると思う」

「わかっているわ。しっかりと勉強するって決めたもの。休憩時間はアルフと遊ぶのも決めているの。お父様もお母様も忙しくてアルフ一人になってしまうから。姉の私がアルフのお世話をしないとね」

「モアは偉いな」


そうしてフルム兄様と一緒に食事をした後、私は自室へ戻り、本の続きを読んで眠りについた。

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