第6話

……どれくらい経ったのだろうか。


 私は薬で眠らされる時間が増えていき起きている時間が無い日もあったようだ。ここまで長期間薬を使用されたせいか夢なのか現実なのか分からない時も多々ある。ただぼんやりと目を開けている間に侍女が私の世話を全てしているような感じ。


それでも腹部にある違和感はずっと拭えない。目覚める度に大きくなり、手を当てると胎動を感じていた。


 ある日、目を覚ました私は腹部の違和感に気づいた。あれほど大きかったお腹が少しだけ小さくなっているような気がする。ボーッとする頭を必死で回転させて考える。どういう状況になっているのか全く分からない。


そしてこんなに部屋にいた侍女に聞いてみた。


「……私の子供はどこにいるのかしら?」


何年も口を閉じたままの私が言葉を発した事で侍女は驚いていた。


「お、奥様。お、お目覚めになったのですね。イェル様は今、ノア様と部屋で過ごしておられます」


頭がまだボーッとするけれど一言一句聞き逃さないようにぐっと耐える。

侍女は『ノア様にお知らせしてきます』と部屋を出て行った。暫く待っている間に頭がすっきりし考えが纏まってくる。今の自分はどういう状況なのか。ノア様から何か聞けるのだろうか。


私が産んだ子はイェルというのね。


そこで気づいた腹部の違和感。またお腹に誰かいるのね。


……ごめんね。母親失格ね。


 また無理やり眠らされる前に行動しなければ。私はベッドから立ち上がる事はなんとか出来たけれど、上手く足に力が入らない。何年も寝ていたから仕方がない事よね。それでもすぐに起き上がる事が出来たのは侍女がきっと身体を動かしてくれていたのだと思う。


私は以前と全く変わらない部屋の机の引き出しを開けて短剣を取り出した後、一枚の紙を取り出し震える手で手紙を書いて封筒に仕舞う。


「奥様、旦那様とイェル様が部屋へ来てくれるそうです」

「……そう。有難う。あと、これをウルダード伯爵家へ送ってもらえるかしら?中身を見ても構わないわ」

「畏まりました。責任もって送ります。さぁ、奥様。ベッドへお戻り下さい」

「わかったわ」


私はまたベッドへと戻った。


ノック音と共に入ってきたのは、ノア様ではなく何故か義母だった。


「あら、目覚めたのね。眠り姫様。ふふっ。その様子では何も分かっていないようね」


義母は私が口を開かない事をいいことに話し始めた。


「ふふっ。あれだけ嫌がっていた我が家の仕事をしている貴女には感謝しないとね。貴方のお陰でラオダーワ国はサルドア国を出し抜く事が出来たわっ。


陛下からお褒めの言葉を頂いたのよ?あちらの国はガードが硬かったけれど、貴方の家を脅して駒として十分に役立ってくれたわ。協力してくれた使者は貴女の身体にはまって大変だったわ。


貴方の家は解放してあげる。これはノアとの約束だからね。ノアに感謝しなさいよ?でも貴方はまだ使えるから解放はできないわ、というより闇から抜けることはもう出来ないの。


それにそんなに汚れた身体を誰が引き取ってくれるのかしらね?ふふっ。美しい眠り姫を抱けるって紳士クラブでは人気ものなのよ?あの陛下だって喜んで貴方を抱いたのだもの。そのお腹の子は誰の子かしらねぇ?」


 義母は上機嫌に一人で様々な話を口にする。私は、義母の言葉に震えが止まらない。


義母は私の尊厳すらも平気で奪っていく。


貶められる。


苦しくなる。


初めて人を殺してやりたいと思った。


手が出てしまいそうになるのを必死に堪える。もういいのではないか、と心が揺れ動く。そうして義母はペラペラと一人おしゃべりに興じていると、


「モア!!起きていても大丈夫なのかい?」


ノア様が部屋へと入ってきたわ。何年かぶりに見たノア様は色気のある大人へと変化しているようだった。ノア様の後ろに隠れている子供はイェルなのね。


「えぇ。ノア様の後ろにいるのは誰かしら?」

「……イェルというんだ。君と僕の子供だよ。さぁ、イェル、母上に挨拶をしなさい」「……私とノア様の子供」


誰にも聞き取れない程の小さな声で呟いた。私は恐れていた事がやはり現実だったのだと改めて感じた。憤る気持ちを押さえながら我が子に微笑む。


「……初めまして母上。イェルです」

「イェル、こちらへいらっしゃい。顔をよく見せて頂戴」


 イェルはモジモジしながら私の前へとやってきた。私はそっとイェルを抱き寄せると彼は恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにしている。


「母上、少し席を外してくれないか?彼女とゆっくり話がしたい」

「あら、そうなの?仕方がないわねぇ。後でしっかり薬を飲ませなさいよ」

「あぁ、分かっているよ」


その言葉に愕然とする。もはや隠そうともしていないのね…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る