第5話

父が、ウルダード伯爵家が持ち直すまであと二年は掛かると思う。


それまで、私は我慢するしかないの?


いえ、きっと持ち直しても私が逃げると分かればまた陥れるに決まっているわ。国が我が家を陥れたという事は私はきっと常時監視されている。父に連絡する手段はないのね。きっと手紙も届かないわ。会って話をしても家族に危害が及ぶ可能性がある。ウルダード伯爵家は大事な人質。


……どうすればいいの。


 私は必死で考える。私を選んだノア様への愛情はあっけなく擦り切れてしまった。触れて欲しくない。気持ち悪い。吐き気がする。


私はさっと立ち上がり、ノア様の寝室へ繋がる扉を塞ごうと考えた。きっと無駄なのは分かっている。けれど、気持ちばかりでも抵抗したい、嫌がっていると分からせたい。


ただテーブルを置くだけでは駄目だわ。


私は本棚から本を取り出してドアノブに本の角を叩きつける。何度目かにドアノブが本に負けてコロリと転がった。


「ふふっ。やったわ。これで向こうから開ける事は出来ないわね」


 念のために本棚を扉の前に置こうと考えた。そのままでは私の力で動かす事が出来なかったけれど、本棚の中身を全て出すと私でもなんとか動かす事が出来た。侍女達が入ってこれないように部屋の鍵は締めてある。無駄だと思いながらもテーブルを扉の前に置いておく。


……馬鹿よね。こんな事でしか抵抗できないなんて。


 私は疲れて机に置いてあった水を飲んで喉を潤す。


気が抜けたのか興奮が醒めたのか急に眠くなり、私はいつの間にか眠ってしまっていた。






 目が覚めると私はベッドの中にいた。重い頭を抑えながら部屋を見回すと動かした本棚も移動させたテーブルもすっかり元に戻っている。


……やはり、ね。


その日から私は口を開く事を一切止めた。毎回替えられるドアノブもその都度壊す。小さな抵抗なの。無駄なことだって分かり切っている。それからノア様は私の部屋へ入ってくる事はない様子。



食事も別々になり、食堂で食べていたけれど、今は侍女が食事を部屋へと運んでくるようになった。


パンケーキやフルーツ等私の好物が置かれているあたり、前々から調べられていたのだと思うと食欲も無くなる。


お腹が空いて口にしようとするのだけれど、嫌悪感がそうさせるのか一口食べた途端に嘔吐してしまう。


自分でも自分の弱さに驚いている。こんなに身体も拒否しているのね、と。ずっと部屋に居て食事もままならないと体力も無くなるのね。




あれから何日過ぎたのかしら……。

私はベッドから起き上がるのも怠くなってきた。


もう、このまま死んでもいいわ。





ベッドの中でボーッと考えていると、流石にクリストフェッル家の人達も不味いと思ったのか侍女と共に医者が部屋へと入ってきた。


「どうしてこんなにやせ細るまで放置していたのでしょうか?」


医者はそう侍女に告げると侍女は困惑した様子。


「お、奥様は食事をお出ししてもすぐに吐いてしまわれるのです」

「ふむ。奥様、心辺りはありますかな?」


医者は私に向き直り質問する。


「……」

「困りましたなぁ」

「あ、あのっ、ノア様がお医者様にお話があるのでお連れするように、と」


部屋に旦那様の従者が入ってきたみたい。


「わかりました。とにかく、奥様、水気から飲むようにしていきましょう」


医師はそう言ってノア様の所へ向かった。暫くした後、侍女が薬と水を水差しに入れて私の口へと流し込む。


「奥様、どうか食事をお摂り下さい」

「……」


侍女は震えながらそう懇願するように言っていた。けれど答える間もなく私は眠くなり、また寝てしまったようだ。


いや、無理やり眠らされているのだと思う。薬を使って。




どんな薬なのかは分からないけれど、ある日、目覚めた時に違和感に気づいたの。




 医者が診察に来た時はやせ細り、骨が浮き出ていたのに今は違う。目覚めても少しも飢餓感を感じない。それに水しか口にしていないのに数時間程しか起きていないような気がした。周りの情報を一切与えられておらず、侍女がただ声を掛けるだけ。


あぁ、私は眠らされている間に食事を摂らされて死なないようにしているのね。


そして感じる腹部の違和感。


……もしかして。


私は理解した。あぁ、そうか、と。


なんて恐ろしいのだろう。


私は死ぬことも許されないのだ。少しずつ大きくなるお腹。


次、目が覚めるときには子供は生まれているのかしら。

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