第2話
私が人には見えない『人でないもの』を見る目を持っていると気づいたのはお父様だった。
幼い頃、あそこの木の影にいる黒いのが邪魔なの、と言っただけで私の才に気づいたのは慧眼としか言いようがない。
お父様にも人にはない力があるのではないかと思う。その頃の私は私のことで手一杯だったし、お父様はいつだって微笑んでばかりの人だから本当のところはわからないけれど。
力の使い方はお父様に貰った書物を読んだり、お父様に紹介された人に教えられることで少しずつ学んでいった。
私は人でないものを見るだけでなく、払ったり退けさせたりする力もあった。それらも歳を重ねるごとに使いこなせるようになった。
お父様は力は人のために使いなさいと言った。人でないものに取り憑かれて困ってる人を家に連れて来て助けるようにと言われたこともあった。私はその通りにした。私が教えられ助けられたように、私も誰かを助けるべきだと思ったからだ。
そんな風に誰かと恋をすることもなく、夜に忍んでくる人がいるわけでもなく、私は人助けをして過ごしていた。
その子もお父様が連れて来た子だった。かなり悪質な人でないものに好かれているらしく、本人は気づいていないらしい。
寒気を感じたり、夢見が悪い程度で済んでいるのは魂の強度か、それともこの子を守っている先祖の霊の思いの強さか。
うちの子が連れていかれると心配した親が私のお父様に相談したらしい、賢明な判断だ。
梅と名乗るその子は緊張した様子で私の前で頭を下げた。顔を上げて、となんの気なく言う。
本当にただ言っただけだった。その顔に見惚れてしまうなんて思ってもみなかった。
これは、惹かれて我が物にしたいと思うものたちがいても無理はないわね、と私はくすりと笑った。思い通りになんてさせてやらないけれど。
「こちらに寄りなさい」
「は、はい……!」
そそ、と近寄ってくる梅の顎に、つ、と指を滑らせた。梅は頬をその名のように淡く染め、驚いたように私を見返して来た。
「今日からお前はうちで働くのよ」
ここで祓えるものでなければ元から預かる約束だったのだ。ちょうどいい、と私は思った。誰にも言いはしないけど、帰らせるには惜しすぎるから。
「だからね、お前は、私のものよ」
魂に刻むようにそう言う。梅はぼうっとしたような目をして頷き、仕事を習うために奥へと入って行った。
ふう、と息を吐いてお父様の方を見る。お父様は満足そうだった。
「屋敷の外まで一応蹴り出しましたけど、また戻って来るのではないでしょうか? ああ、お梅には私が守りをつけましたから、近づけはしないでしょうけど」
どうせ周りをぐるぐると彷徨ったり涎を垂らして欲しいものを見るくらいだろう。執着が強いからすぐにとはいかないが、私の敵ではない。
「近づいても弱る一方のはず。五年もすれば消えます。私の屋敷に足を踏み入れたのだから、苦しみ抜いて消されるくらいがちょうどいいでしょう?」
鷹揚に頷いたお父様は首を傾げながら笑った。
「随分とあの子が気に入ったようだね?」
何もかも見透かしたような態度に、私はつい顔を背けてしまう。
「だって、かわいいんですもの」
あの子はずっと私のものにしていたいわ、と言うとお父様は珍しく声を出して笑った。
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