039:赤の記憶《おもいで》
変わらずの列車特有の振動や独特な音たちに身を委ねる。
そうして
ようやっと環境に慣れたらしいルイスは流れる車窓からの景色をうっとりと楽しんでおり、俺はまたソファーの心地よさに浸っているのだが……問題なのはリースだ。
靴を脱ぎソファーに寝そべっては組んだ両腕を枕に天井の一点をひたすら見つめている。そんな幼馴染の顔付きは眉間に皺がよったもので、不機嫌というか、なにか怒っているかのようにも感じられる気がした。
先程までの真剣に思考を凝らしていた難しい顔付きとはまた違った表情。
沈黙こそしていてもそんな顔をされていると、心に不安が浮かんでしまう。
もしかして、昔勝手に身体の検査をした事について黙ってたのが気に障ったのか?
いや、でもそれならもっと早くに激昂するはずだろう、少なくとも俺がそれを口にした時、リースは驚愕こそしていたが怒ってはいなかったと……思う。
なら、何が原因で目の前の幼馴染は今のようになっているのか……
本人が口にしない以上、気にしても仕方がないとも思ったのだが一度目についてしまうと、どうにも引っかかってしまう。こんな状態が続くのは少ししんどい。
故に意を決して、リースへと言葉をかけてみることにした。
「 あのさ……リース。もしかして、怒って、る? 」
そんな俺の問いに幼馴染はすぐさま我に返ったとばかりに表情を崩し「ふぇ!?」と驚愕を浮かべては、慌てて寝そべっていた半身を起こす。
何事かと、ルイスも視線をこちらへと向けてきた。
「 いや、さっきからなんか怒ってるみたいな顔つきしてたからさ……身体の検査とか黙ってたの気に障ったのかなって、もしそうなら、悪かったよ 」
とりあえず、こちらに非が少しでもあるなら謝る。これに間違いはないだろう。
そんな思いから素直に頭を下げるが、対して目の前の幼馴染は狼狽しながらも、すぐさま否定の声と仕草を上げ始めた。
「 いやいやいや、別にそんな事で怒ってないって!!大丈夫だよ!!……って俺、そんな厳つい顔してた? 」
その問いに首を縦に振ってみると、リースは「困ったな」と頭を軽く掻き始める。
その様はルイス、そして俺も良く知る、長い付き合いのこの幼馴染が知恵を絞って言い訳を並べようとしている癖そのものであった。
「 いや、ちょっとな……そう、考え事してたんだよ!!? 」
明らかに今思いついたとばかりの反応はやはり怪しく、ルイスと顔を見合わせるが、そんな俺たちにはお構いなしにリースは続ける。
「 ほら、俺
リースのアイドルに対する感情に嘘はないだろう。五月蝿いくらい饒舌だし、目が輝いてやがる……けど、それならさっきまでの顔つきはなんだったのだろうか?
本当に緊張していただけなのか?……それとも…
不意に浮かんだ小さな疑問が一つの仮説へと変わる。すると、俺自身気が抜けていたからか、無意識にも近い程何も考えずにその推測を口から溢してしまった。
「 もしかして、さっき言った
ただの思いつきであった。けどそれを口にしてしまうと同時に、湧いて出た先程とは違うタイプの不安が瞬時に心を埋め尽くす。
メリッサさんの話では、リースの全身は確かに常人離れしているが、だからといって病気と言うわけでも、何かを患っていると言うわけでもない。
その体質の謎は残るが健康に過ごす分には何も異常はないと言う事だが、それに確固たる確証があるわけではないのだ。
何かその特異体質が引き金となっての異常が起きてからでは遅い、仲間が、親友が少しでも危機に瀕する可能性があるのなら、そんなもの取っ払ってやりたい。その思いが今の心を占めていた。
それが顔に出てしまっていたのだろう、リースは俺の表情を覗き込むと、いつもやるように「やれやれ」と首を振りため息をつく。
「 あのなぁ、カイル。こんな事自分で言うのもなんだが、俺は自分の頭がそんなに賢くないことくらい理解してるつもりだ。身体に術式ある訳でもないのに常人離れした魔力の流動速度?その理由だとかカラクリだとか、俺が知るわけないだろう?もし昔に何かやられたとか心当たりあるなら、すぐに相談してるさ、怖いし 」
そう言葉を並べる幼馴染は、いつもと変わらず。それを目にすると思わず安堵してしまう。そしてあらかた話を言い終わるとリースは俺の顔をピンと指差しては、意地が悪いようなニヤけ面を向けてきた。
「 いくら付き合いが長いからって、それで俺の事をなんでも理解してる、なんて思っちゃダメだぜ、リーダー。ヒヒヒ 」
「 ……悪かったな、心配性で。というか、指をさすな、指をッ!! 」
そう言いつつ向けられた指を振り払うと、なんだか部屋の空気がいつも通りになった気がして心が軽くなった気がする。すると、今度は俺の腹の虫が「ぐぅぅ」と盛大に泣き始めた。
そういえば、喉も乾いていたっけか……
時間を確認すると夕食まではまだ時間がある。となると、行ってみたい車両がある。
「 あっ、そういえば 」
次の行動を決めソファーから腰を上げると共に思い出す情報。荷物を漁って列車の乗車券を購入した際に【セット】として貰ったオマケのチケットを取り出し、それをルイスへと向ける。
そんな俺の行動に彼女は不思議そうな表情をしているが、あくまで淡々と話すことにする。
「 ルイス。第一車両ってとこでシャワーを浴びれる設備あるらしいから、行って来なよ。利用権一枚だけサービスで貰ったからさ 」
「 えぇ!!いいの!!? 」
俺の「シャワー」という単語に彼女は過剰に反応を示す。これはウィルキーにはまだ来ていない技術ではあるが、都会などの宿では既に取り入れられている、風呂場に設置する設備で蛇口を捻ることでヘッドと呼ばれるパーツからお湯を出す事が出来るものとなっている。
アレで身体を洗うと、中々に心地良いんだよなぁぉ……
以前、
しかし、貰った利用権は一枚だけ。別途購入も出来るが、それの為にまた金を使うのはちょっと面倒だ。なら異性である幼馴染に渡した方が平和的なような気がする。使わないのは、それはそれで勿体無いしな。
渡したチケットを胸に押し付けるように抱えるルイスはすぐさまリースにも「いいの?」と確認をとっては、「あぁ、別にいいよ」という得られた了承を耳に歓喜を上げている。
「 ありがとう二人とも!!じゃあ行ってくるね!! 」
そういってルイスは急ぎ部屋を後にした。そんな彼女に「通路走るなよ」と注意しようとしたのだが、その頃にはもう視界に幼馴染の姿はない。
いや、早すぎるだろ!!?
そんなあっという間の出来事に男二人してやれやれ、と微笑を向けあった。
「 さて、それじゃあリース。ちょっと留守頼んで良いか? 」
「 へ?……まぁ、別にいいけど、どっか行くのか? 」
それに「あぁ」と相槌を取りながらもゆっくりと通路へと繋がる扉へと向かい、それを手にしリースへとちゃんとした言葉を返す。
「 どうやら、食堂車両ってとこで飲み物と茶菓子のサービスを無料でもらえるらしいんだわ。だから、小腹空いたしちょっと行ってくる。リースは飲み物の希望とかあるか? 」
「 へぇ……ほんと、至れり尽くせりだな。カイルに任せるよ、
それを耳に「わかった」と簡潔に返しては通路へと踏み出す。そして綺麗なマットがしかれ、清潔そのもののそこを進み、目的の車両へと向かった………
ーーーーー
幼馴染二人がいなくなった事で静かになった室内。そこでリースは再びソファーに寝そべり、組んだ両腕を枕にしては意味もなく天井の一点見つめ始める。
沈黙。流れる音は列車のモノのみであり、静かな、寂しいと言った雰囲気が漂う室内。
少しして、彼は小さな呟きを溢した。
「 ……カイルに、心配かけちまったな 」
大きなため息をつき、姿勢や視線を変えようとモゾモゾと動き、頭を横に寝かせる。組んでいた手は解き、今度は片腕を枕にゆっくりと両目を閉じた。
そして再度口を閉じるそんな彼の心はしかし、大きくざわついていた。
それは友であり、家族であるカイルからの疑問。自らの肉体に宿る
そしてその気付きは自らで制御する事さえ叶わない激情を生み出すが、ウチで荒ぶるこれは果たして怒りなのか、それとも哀しみなのか……
厳重に封をしていたハズの記憶、そこから漏れる
『 貴様のような出来損ないに施しをくれてやると言っているのだ!!!……貴様。なんだ、その目は!! 』
「 ……くそ、頼むからいい加減消えてくれよ 」
恨みと哀しみを孕む、小さな呟き。
しかし、意思のドブ底に沈めたハズであるその消し去りたい
頭に響く
止まらない震えに便乗して襲い来る、あるはずの無い激痛。幻痛。衝動。その決して逃れる事のできない
『 ハハハ……アハハハ!!!!これで良い!!これで良いのだ!!!出来損ないの分際で我らが栄光の軌跡を継げる事を光栄に思うが良い!! 』
痛い、痛い……全部が痛くて、気がつくと全身は真っ赤になっている。
ポタポタと音を立てて
しかし助けを求める、そんな願いの籠った顔を伝い続ける水滴さえも赤い水飴となっているという狂気……怖い、痛い……痛い
『 ごめんなさい、ごめんなさい……こんな、こんな事になるなんて、違うの!!私は……私はこんな事ッ 』
赤一色に塗りたくられた、もはや自らの意思で動かせないそんな肉体は、それでも必死に生きようと踠いているのか小刻みに痙攣を繰り返し、しかしそれは更なる痛みを引き起こしては衝動となり脳を駆け巡り続ける。その度に意識は悲鳴をあげようと裂けんばかりに口を開くも、喉を伝って飛び出す空気が言葉になることは決してなかった。
痛い……痛い…でも……
『 ハハハ!!!この期に及んで謝罪とは、なんとも身勝手な女よ!!貴様とて私と同罪、いや同類であろうが、アッハハハハ!!!! 』
『 違う、違うの!!私はッッ!!!……ごめんなさい、ごめんなさい 』
………痛くて、怖くて、もう全部諦めたい。でも、俺頑張るよ。だから、だからいつか……いつか
『 ーーーッ 』
きっと頑張れば、認めてくれる……
『 ーーーーッ!! 』
きっと頑張れば、振り向いてくれる……
『 ーーーーーッッ!!? 』
きっと……頑張れば
『 二人を困らせるアンタなんて大嫌い!!死んじゃえ、死んじゃえぇぇ!!!! 』
頑張れば……救われると思っていたのに
「 ッッッハ!!?………あ、あぁ。あぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
呼び起こされた
それはディーロン・リースにとっての魂からの……嘆き。
まるで意思が肉体を動かしたと言わんばかりに、勢いよく立ち上がっては激しく頭を振るそんな彼の様は発狂と言わざるを得ない程に哀れそのものであった。荒れた呼吸から得られる空気も僅かで、それは肉体を更に苦しめる。
しかし、そこまできてようやく彼に救いが訪れる。通路へと繋がる扉から室内に響く「コンコン」という乾いたノック音。それに続いて列車のスタッフであろうその慌てた声が部屋の中へと向けられた。
「 お客様!?なにやら悲鳴のようなものが聞こえましたが、大丈夫ですか!!?お客様!!? 」
「 はぁ、はぁはぁ……やばい 」
スタッフの焦燥を耳に彼はなんとか正気に戻る事に成功する。急いで乱れてしまった衣服を正す、そして額にびっしりと浮かんでいる汗を腕の裾で拭った。
間を置かずして「すみません」と言いながらも扉を開ける。
「 すみません、ちょっと嫌な夢にうなされちゃってたみたいで……お騒がせしました 」
スタッフはそう頭を下げる彼の背越しに部屋を一瞥しては、異常がない事を確認し安堵をこぼした。
そして、素直に謝罪するリースに対しても軽く視察すると苦笑いを浮かべる。
「 いえ、問題がないのなら良かったです……何かあればお声かけ下さい 」
「 ありがとうございます。すみませんでした 」
もう一度深々と頭を下げては扉を閉める。
そうして再び室内には列車の音だけが響き始め、戻ってきた静かな雰囲気。
「 ………畜生 」
溜まった息を深く吐き出し、リースは頭を掻く。するとそれと同時に頬へ伝わる温かい感覚。
手を添えて、それが目から溢れる透明な雫であると自覚した彼は、また深くため息をつくのであった……ーーーー
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