038:長話は一旦終い

「 ふっはははは!!!【落第】がなんだってぇぇ??今、何かしたかなぁぁ?カイル君?? 」


「 いってぇぇぇぇ!!!あぁぁぁ、これはダメ!!ダメ!!頭割れてるッ絶対割れてるッ!!?パッカンいってる!!! 」


「 大丈夫大丈夫、割れてなんてないから、デッカいたんこぶは出来てるけど、頭パッカンはいってないから 」


他のお客の迷惑にならないよう静かに努めるはずが、いつの間にか何処よりも騒音を発し、注目されてしまっているそんな室内で、高らかな爆笑を掲げるリースに、苦笑いを浮かべながらも未だジンジンと、いやグワングワンと激痛と激震を繰り返している頭部を優しく摩ってくれているルイス。

そして本来ならこの石頭馬鹿の代わりに声高らかに笑うはずだった俺は「Noooo!!!」という魂からの悲鳴をあげながら痛みに苦しみ悶えていた。


油断していた。巨人族ギガントの血を濃く引くこの幼馴染の身体硬度の事を完全に舐めていた。


石頭馬鹿幼馴染リース刻印術式スキルの欠点を発表すれば、いくらこの場に居ないからと言って年長の【冠使役者クラウンホルダー】に対してとんでもない愚言を吐き出すかもしれない、なんて事はこれまでの付き合いで容易に予測できていた。


故にそんなバカに1発キツいしごきの頭突きをかまして「いってぇぇ、何すんだよカイル」のリアクションから始まる【できる完璧なパーフェクト刻印術式スキル講座】を開催しようとした結果がこの「Noooo!!!」というしっぺ返しである。


いや、ホントに痛いの!!?血、出てない!?ホントに血出てない!!?


ルイスのに加えて自身の手でも頭を摩って摩って労り尽くす。そんな俺に目の前のソレはまるで「ターンエンド」と勝ち誇り宣言するかのように「ふんっ」と鼻息を漏らしやがった。


んん???野郎、喧嘩売ってやがるのか!!?宜しいならば戦争だ!!


両眼で溢れる激痛の涙をバネに、勢いよく身体を立て雄叫びを上げる。


「 ……こッッッッの、石頭がぁぁ!!!そこに立てぇぇぇぇ、蹴り潰してやる!!! 」


「 上等だぁぁ……あ?……あの、すみません。ほんと、それは、それだけは勘弁してくださいッッ息子は関係ないでしょう!!! 」


うむ、どうやらギガスベアーとの激闘の前に俺が繰り出した金的蹴りゴールデンシュートが余程トラウマになってしまっているらしい。


リースは高速で床に頭を擦り付け、陽の国で最上級の謝罪に使われるらしい【土下座】と呼ばれる姿勢をとった。


「 ………俺の勝ち。なんで負けたか、明日まで考えといて下さい 」


「 ほんと、男二人して馬鹿なんだから 」


大きくため息をつくルイスに、とりあえずサムズアップを向ける。

と、まぁ……おふざけはここまでだ。


先程解説していた元の位置に戻っては心地の良いソファーにまた深く腰掛ける……ホントに頭から血出てないよね?

ちょっと怖くて、もう一度軽く手添えてみては、赤いのがついていないのを目に安堵をこぼす。そして咳払いを一つ、気持ちを切り替えた。


「 えぇっと……さっきまでは刻印術式スキルの欠点。つまり、負の面だけを解説したからリースがそう思い込むのも無理ないかもだけど、元とはいえダールさんも【冠使役者クラウンホルダー】なんだぞ?失礼な発言はしないように 」


「 ……負の面って、じゃあなにか?車掌さんは他の目的で刻印術式スキルを腕に彫り込んでたっていうのか? 」


「 そういう事。魔法と類似する力を使えるっていう表面的なものじゃない。魔冠號器クラウンアゲートを扱うなら持ってても損しない、いやそれがあるかで使役者ホルダーとしての力量に大きな差が出来てしまうような隠された力が刻印術式スキルには秘められてるんだよ 」


リースが先程までの土下座から体制を戻しては投げてきた質問に、含みを持たせて返す。すると、幼馴染二人は興味津々とばかりに身を乗り出し、真剣をその顔に浮かべては、ゴクリと喉を鳴らした。


良い機会だ。この際だから二人にはちゃんと全部話としておこう。もし何かのタイミングで口を滑らせて失言を漏らすなんて事があったら大事おおごとだからな……再び頭の中を整理して言葉を続ける。


「 繰り返すようだけど、魔冠號器クラウンアゲートは魔石から抽出した魔力を武器全体に組み込まれている魔導術式へ巡らせる事によってその能力を発揮する。けど、厳密に言うならもう一つ必要なモノがある 」


そこまで口にして二人を試す。すると、ルイスはまるで授業中であるかのように「はい!」と勢いよく挙手を上げた。


「 使用者の意思や思考といった、意識力イメージだよね? 」


「 正解。なら、俺たちはそれをどうやって魔冠號器アゲートへ送信してると思う? 」


「 あぅぅ……それは 」


「 ……確かに、考えた事なかったな 」


俺の問いにルイスは困惑し、リースも呟きと共にその顔付きを思考を凝らしているのであろう難しいものへと変えている。


恐らくこの答えには自力で辿り着く事は出来ないだろう。故に二人の回答を待たずして続けた。


「 実は魔冠號器クラウンアゲートは行使を開始すると共に微弱な魔力を使用者の全身を伝って脳へと送っているんだ。そしてその魔力を通じて意思イメージを武器に伝播し能力を稼働させてるってのがこの絶対兵器の真実カラクリなんだよ 」


幼馴染達は口を閉ざし、俺の言葉を静かに受け入れている。本題はここからだからだ。


「 つまり、魔冠號器クラウンアゲートを使役するにはそれから発せられる魔力を微弱とはいえ脳へと繋げる必要がある訳だが、人間の身体に魔力を拒絶してしまう性質がある以上、必然その伝播速度には一定の遅れラグが生じてしまうんだ。ルイスが【創造者の腕アゾットメイク】で何かを顕現する時に複雑なモノ程時間がかかってしまうのが良い例だな 」 


長話で少し疲れてきた。けど、ここまできたら止めるわけにもいかないだろう……はぁ、水でも用意しておくべきだったな。


「 そこで活躍するのが刻印術式スキルなんだ。それが何故なのか、その詳しい仕組みは未だ解明されておらず、恐らくはかつての本能を呼び覚ます為だとか根拠のない事が色々言われているが、人体には【魔導術式を彫られた場合】その全身を僅かに変異させ、魔力の流動速度を早める性質があるってのが判明している。これは全ての種族共通の反応で、専門間では刻印術式スキルの副次効果、なんて呼ばれているんだぜ 」


「 「 刻印術式スキルの……副次効果 」 」


初めて聞くであろう情報に驚愕の呟きを漏らす二人に更に具体例を上げてみる。


「 例えばルイスがこの刻印術式スキルの彫りを両腕に入れたとすれば、現段階で顕現に数十秒はかかる物体の精製が数秒台にまで減ると予測できる 」


「 ま、マジ?? 」


具体例を提示した事でその効果をより理解出来たのであろう彼女は、冷や汗のようなものを流し始める。


「 刻印術式スキルを肉体に彫り込めば、魔石を用いる事で魔冠號器アゲートには遠く及ばないまでも魔法と類似した力が使えるだけでなく、全身にかける魔力の伝達速度が常時大幅に上昇するって事か?……けどさ、カイル 」


今度はリースが相変わらずの難しい顔付きで小さな挙手を上げる。まぁ、これは予想していた通りだ。



「 俺、そのってやつで苦労した事がない、というか……今まで【双頭の神喰らいオルトロス】を使ってて、思考と反応が遅れた事がないんだよ。カイルが言う遅れラグってやつを感じた事がないんだ 」


「 そうだろうよ。何故なら…… 」


そこまで言って、かつてメリッサさんと顔を見合わせては、共に疑問を浮かべたあの光景が脳裏に過ぎる。


本来ならルイスが得意とする魔冠號器アゲートによる創造以上に、リースの持つ絶対兵器のように装着者の腕力を向上させるといった使用者の肉体を強化するなどの能力の方がこの刻印術式スキルの恩恵を理解しやすいはずなのだ。


かつてソリチュードと対峙した時、俺は【双頭の神喰らいオルトロス】を装備していた。故にわかる。

腕力の強化にかかる僅かな時間差タイムロス。これは達人や熟練の猛者を相手とするなら致命的となるであろう程のものであった。


しかし、それをこの幼馴染は感じていない。何故なら……


「 お前の身体はを宿しているからだ 」


「 ………は??? 」


「 そうとしか言えないんだよなぁぁ 」


大きくため息を溢し、身体を伸ばす。

そんな俺に納得がいかないとばかりにリースはさらに前のめり、ルイスはポカーンと口を開いていた。


「 特異体質って、なんだよ!!?それって大丈夫なのか!!? 」


「 知らないよ、ホントに分からないんだ。初めてリースが【双頭の神喰らいオルトロス】を使った時からおかしいと思ってて、メリッサさんに協力してもらって色々調べたんだ……結果 」


「 ……結果? 」


お手上げの姿勢を取り、脱力をかける。そして能天気とばかりに言葉を並べた。


「 なぁぁんも、分からなかった。全身隈なく調べても彫りなんて見つからないしさ……あっ、ちなみにリースに宿る、魔力に対する流動速度な。30はあるらしいぞ?これは肉体全部に刻印術式スキルを彫り込んでる猛者と同等のレベルらしいんだが……ホント、どうなってんだか 」


「 「 さ、ささ、30倍ィィィ!!? 」 」


二人の反応が、まさに過去メリッサさんとリースの診断結果を確認した時の俺たちとまるっきり同じで思わず笑ってしまう。


「 まっ、健康には問題ないらしいから 」


「 か、カイル?そういう大事なことはもっと早く言ってくれないか?? 」


「 別に言わなくても問題なかったろ?……にしても、マスターはどうやってリースの体質を見抜いて【双頭の神喰らいオルトロス】なんてピッタリの武器思いついたんだろうな?ルイスの【創造者の腕アゾットメイク】に関してもだけどさ 」


「 ……へ?なんでそこでマスターが出てくるんだ? 」


………ん?言ってなかったっけ?


疑問を浮かべているリース。視線を動かすと、それはルイスも同様であったようだ。


「 あれ?……言ってなかったか?【双頭の神喰らいオルトロス】も【創造者の腕アゾットメイク】も中央から借りてこいって指示出したのはマスターなんだそ?俺は【終焉の刻ラグナロク】の事しか考えてなかったし 」



「 「 そ、そうなの!!? 」 」


二人して今日で何度目かの驚愕。やっぱりその反応が新鮮で、面白くて笑う。

そしてある程度落ち着いてきたのか、リースはふらふらとソファーに座り直すと「ほぇぇ」と鳴き声を発し出した。


「 なんか色々聞きたいことはあるけど……もう、今だけでも頭痛くなるくらいの情報が一斉に入ってきてしんどいから、もういいや……しかし、ホントにマスターって何者なんだろ? 」


「 ははは、それは全員共通の疑問よね? 」


そんなルイスの反応にみんなして苦笑を漏らす。とりあえずちゃんと解説もしつくしたし、これで大丈夫だろう。


俺はもう一度大きく伸びをしては、呑気に欠伸を溢すのであった……ーーー

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