016:流動する力

おそらくイヴリンさん、そしてそれを行った当人を除くこの場にいる全てが唖然としている。

皆一様に目の前で繰り広げられた出来事が現実だとは到底受け入れられないでいるのだ。


魔冠號器アゲートにより強化された攻撃でもなく、鍛え上げられた武器を奮った一撃でさえない。

手の平を持つ者なら例え子供でも出来る、平手打ちという動作。


とても魔物相手に繰り出すようなものではない、それもゴールドクラスの脅威に対してなど無意味は明白。夜を終えたら朝になるくらい当たり前の出来事。

通常ならそんな愚弄をする者がいればすぐさま叱咤しこの場から退場させるだろう。


それほど強く言えるまでに攻撃とは程遠い動作はしかし、寸分触れた巨大な獣の頭部を瞬きをする間もない速度で抉り飛ばしてみせたのだ。

分厚い肉が裂け捻れ飛んだ事により四散し周囲を汚す大量の血痕、先を失った首から滝のように溢れ続けるそれにより出来た巨大な水溜まり等、滅多に見る事がないであろう無惨な様がまた目の前の空間を現実だと認識させるのを阻害する。


しかし、強化された嗅覚が捉える強烈な血臭。その不快感がこれは現実リアルだと訴えかけ続けている。


そんな中メリッサさんは「ふぅ」と溜まった息を吐き出すと、俺へと向き直り変わらずの笑みを浮かべて見せた。


頭がパニックを起こしているうえ、聞かなければならない事が多すぎてどう言葉にすればいいのか分からなくなるが、どうにか口を動かし文字の列を吐き出すよう試みる。


「 あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!『オレはメリッサさんがやられたと思っていた、けどやられたのはギガスベアーのほうだった』。な…何を言ってるかわからねーと思うがッ 」

「 パニックになってるのは分かるけど、第一声がそれってどうなの? 」


咄嗟の言葉にケラケラと可愛い笑みを浮かべる彼女だが、その足元には黒く変色しようとしつつある赤の粘液が今だ広がり続けており先程の光景を理解出来なかったことも相まって少し怖さのようなものを感じてしまう自分がいる。


そんな俺の思考を読み取ったのか彼女は「ははは」と困った笑みを溢し軽く頭を掻いた。


「 まぁ、いきなりだしビックリするよね。ハハハ……でもね、カイル君。さっきの一撃、アレは气流力りゅうりょくを用いた【攻撃法】で間違いないわよ 」

「 そ、そんな事って…… 」


情報の処理が追いつかない。

气流力りゅうりょくに敵へ直接作用する力はない。


そんな方法俺は知らない。思いつきもしない。


いよいよ頭が痛くなってきた。ここまで混乱を極めたのは久しぶりだ。しかし、ゆっくり呼吸を整えて思考を整えさせてくれる時間などここにはない。

再び響き渡るギガスベアーの咆哮。残った2体の巨大がこちらへの突進を始める。


それに合わせメリッサさんは振り返り、ゆっくりと言い聞かせるように俺へと言葉を放った。


「 手取り足取り教えてあげても良いけど……カイル君ならきっと自分で気付けると思うわ。私の動き、頑張って観察してみて! 」

「 ちょっッ無理ですよぉぉ!!! 」


俺の悲痛な叫びなど無視とばかりに飛び切りの笑顔と無茶な投げやりを残し彼女は駆け出す。

訳がわからないものは、何度考えても分からない!!もう頭は信じられないくらい熱く何かを考えるだけで億劫だ。


けど……もしこの秘密を暴く事が出来たなら俺はもっと強くなれるかもしれない。


脳裏に奔るあの雨の夜。無意識に拳が強く握られてゆく。


……ならこの機会チャンスを絶対に逃す訳にはいかない!俺はもっと強くならないとダメなんだ!!


「 やってやりますよ!! 」


自らに喝を入れ直すかのように叫びを掲げ气流力りゅうりょくを最大速度で循環。全感覚を強化し少しの見逃しもないよう目の前で繰り広げられようとしている戦いを凝視する。


彼女とギガスベアー2体の距離が縮まる。今だ互いに間合いの外、そんな状況で先手をとったのはメリッサさんであった。それもまた手段で、だ。


俺と同じ人間族ヒューマンであるはずのその女医は、まるでリースのソレ、巨人ギガント族が見せる高い身体能力から成せるものと同様な高速かつ自らの身長を倍ほど超える跳躍力を発揮し、その間を瞬時に埋め巨大の一つ、その眼前へと瞬進してみせたのだ。


少しの見逃しもなかった。なのに、また何が起こったのか

しかし、メリッサさんの言葉を信じるのなら今起きた事ですら气流力りゅうりょくが成す技なのであろう。

ならは許されない。許す訳にはいかない。


しっかりしろ!!俺はまだナニカを見落としている!!


更に眼を凝らし、气流力りゅうりょくの循環を速める。

いや、もはやそんな事を意識する余裕すらない。


意識を切り替える。气流力りゅうりょくを巡らせるなど。必要なのは目で捉える情報だけだ。


呼吸は無意識に止まっており、胸が苦しくなるが今は息を吸うそんな僅かな時間さえ惜しい。

もう少し、もう少しだけ待ってくれ!!


メリッサさんがチラッと俺を見る、すると彼女は僅かな笑みを漏らした。


「 ごめんなさいね、貴方達には後輩育成の教材になってもらうわ!! 」


ギガスベアーの頭部に向け彼女の片腕が動く。動作を予測、おそらく数分前同じ個体を抉り絶った平手打ちによる攻撃だ。


これを見逃す事は許されない!!

そのまま息を止めるのを継続し、視力にかける意識だけを強める。両目が飛び出しているのではないかと思える程に謎の痛みが脳裏を巡るが構うものか!!


彼女の手が巨大の頭に触れようとする、この瞬間だ!!

接触の瞬間、しかし俺の視界は確かに予想外の光景を捉えた。


先程の個体とは別に、彼女の一撃を顔面にしたギガスベアーは多量の血液を空に吐き出しながら全身を大きく浮かせ後方へと吹き飛ばされる。


リースが【双頭の神喰らいオルトロス】を用いてこの巨大の顔面に一撃を放つのと同様ととれる強大な威力、しかし殴打特有の肉を撃つ音はなかった。代わりに発せられたのは一瞬ではあるが強風が耳を擦ったかのような自然が奏でる認識の難しいもの。


得られた情報は少ない。しかし

接触インパクトの瞬間、メリッサさんの手は確かにギガスベアーの顔面にのだ。


彼女の手の平と巨大の顔面の間にあった見えないナニカ、それがこの強力な一撃を生み出した正体。


今だ理解は出来ない。しかし、切り口は手に入れた。

溜まっていた熱い息を吐き出し、咽せながらも慌てて呼吸を繰り返す。

見えないナニカ。そして耳に捉えた風の音。


パズルのピースを手に入れたかのような感覚。荒れた呼吸をそのままに凝視を再開。


先の一撃はギガスベアーに確実なダメージを与えていたようだが討伐までには及んでいない。いや、これはメリッサさんが闘いを長引かせるよう手を抜いている結果であろう。


ゴールドクラス相手に余力を残すなど驚愕でしかないが、そんな驚きに支配される時間も今はない。

先程視力に意識を高めた反動によるものなのか目の奥に独特なヒリヒリするような痛みが巡り視界が僅かに掠れる。


そのせいで2体の巨大が振るう拳爪の乱撃を容易に交わし、それに合わせて吹き飛ばす平手を放つ圧倒的な戦闘を繰り広げる彼女の動きを上手く捉える事ができない。……ならッ!!


両眼を閉じ、今度は聴力への意識を強める。

得られた謎の音。その正体に輪郭を持たせる事を優先する。


「 っほ!!っとぉぉ!!危なッ! 」


メリッサさんの溢れる声は捨てる。ギガスベアーの怒り狂う咆哮も必要ない。

欲しいのは彼女、そして巨大二つが攻防の際発する音のみ。


呼吸を沈め、意識を高める。


爪牙が割く風。メリッサさんの全身を撫で流れる風。

そして先程捉えた謎の風音。


それは彼女が攻撃を放つ際、必ず発生している。

この音の正体は……なんだ?


閉じていた眼を開き、思考をまとめる。


風の音を伴い、それが当たれば吹き飛ばされる。謎の正体。

それら全てが流れる力、气流力りゅうりょくに関わっている……まさか!!?


手に入れたピースが思いもしなかった形を露わにしてゆく。

こんな事はあり得ない!!しかし、もうこれしか思いつかない……


「 气流力りゅうりょくを……体外で高速反回転させてる……のか!!? 」


視界に映る、激闘を繰り広げるメリッサさんが「ニヤッ」と笑みを溢した……ーーー

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