015:強さを求めし者たち
「 すげぇぇ……完全以上に
眼前の戦女神へ思わず感嘆の呟きが漏れる。それに対し彼女は「そうでもないよ」と背をこちらに向けたままそっけなく言葉を返してくる。が……耳真っ赤じゃない?
「 イヴちゃん、照れちゃってる〜!可愛いんだから、このっ、この〜〜 」
「 てッ照れてなんていない!!こらっメリー!!つっつくんじゃない!! 」
美女たちのじゃれあい……眼福にございます、ありがとうございます!!
互いに仲が深い事からメリー、イヴと愛称で呼び合っている二人を目に後方で腕を組み、その様を楽しむ。ここに混じるなど邪道だ!!!
しかし、その美しい談笑に横槍を入れるのは鼓膜を刺激するギガスベアーのものとは違う、甲高いというより耳障りな咆哮。それは高らかにあげられると共に一帯に轟き反響する。
その威嚇を放つ主は巨大な植物型の魔物ーーソリチュードであり、それは顔の一部に当たるであろう複数の花弁を激しく痙攣させると、雪を連想させる白き鱗粉を滝の如く溢し始めた。
結果、数秒と経たずそれが位置する石造りの遺跡は、全容をまるで雪の季節が到来したのかと思う程に白く覆われた異様な姿へと変える。しかし、その鱗粉は決して喜ばれるものではない、寧ろ逆だ……
「 あれは、菌性毒なのか!!?……それになんて量だよッッ 」
数日前遭遇した患者が吸い込んだモノは大気中に霧散し、視認出来ない程微小な毒であった。しかし、眼前のそれは確かに目に映っている。つまり本来見えないハズの微細が相当数集合する事によって形を露わにしているのだ。
もしこれら全てがウィルキーの中心で解き放たれでもすれば、町は瞬く間に毒で埋め尽くされるだろう。ソレほどまでの物量。加えて少しでも吸引してしまえば、すぐさま全身は蝕まれ、人としての生を終え傀儡として終わりが定められた余生を強制される事になる。
驚愕と冷や汗が全身を伝うが、それは次の瞬間恐怖へと変わる。巻き起こったのは激しい地響き。
当然、自然に起こったものではない。ソリチュードの全身から伸びる数百もの蔦、その触手たちが一斉にただを兼ねる幼子のような暴走を始めたのだ。
目的……そんなのは決まっている!!
「 風圧で毒をばら撒く気か!!これは、マズイ!!! 」
蔦が大地を叩くごとに巻き起こる砂埃に白き脅威が混じり、それは瞬く間に空間全てを満たそうと拡散を始める。
息を止めたくらいでは到底防ぎきれない。ギガスベアーは既に支配されている為無害であろうが、俺たちはそう言うわけには行かない。この場所が毒に埋め尽くされれば、どうすることもできずに敗北と死が押し寄せることになる。
ここまで規格外な事をしてくるなど、予想外にも程がある!!
皆互いに背を合わせ固まる。
こうなったら、ここは俺がなんとかするしかない。
「 【
叫びを上げながら
【
勿論理論上は、だ。本当は無茶である事など承知の上。
そんな考えを理解しているというようにイヴリンさんの手が俺の肩を優しく叩いた。
「 カイル君。それでは一時凌ぎにしかならない。それに防ぐ事が出来る範囲も一方行に限られてしまう……ここは、私に任せて欲しい。言っただろう?私の力はこの状況と
そう言葉を向ける彼女の力強い笑みには、無謀や強がりなどは一切見てとれない。あるのは絶対の自信。
この状況も、なんとか出来るというのか!!?
危機的状況であるにも関わらず、俺は彼女が何をするのかその好奇心を抑える事が出来なかった。生唾を一つ飲み、後を託すように下がる。
さぁ……何をしようってんだ?
脅威は瞬く間に周囲を囲い、残された足掻きの時は僅かとなる。そんな中、イヴリンさんは静かに目を伏せ意思を紡いだ。
「 風を巻き起こせ、【
その言葉を
これはまさに、風の結界というに相応しい力だ。
「 これがイヴリンさんが持つ、もう一つの
炎の宝剣と風の足甲。なるほど強力な組み合わせだ。
「 まだ、ここからだよ。風を伝い全てを喰らえ!!!【
続けて、誓いを立てるよう宝剣を身体の前で縦に構え
そして彼女が手にする力はその決意に応じる。魔力を変換し、剣身へ走らせるは赤く猛る豪炎。焦土への契り。
迷いのない清らかな動作で矛先を旋風へ、それに伴いイヴリンさんの全身が強大な魔力を纏う。
こうして全ての準備が整った。
彼女は必殺の言葉を咆哮し、力強い踏み込みと共に豪炎宿る宝剣を風の壁へと勢いよく突き出す!!
『
解き放たれるそれは、まるで生物のように激しく躍動しながら神旋風を飲み込み糧とする。生まれるは強大な渦を描く豪炎。それは周囲に満ちる白の鱗粉、それが一帯の空間全てを支配する事を決して許さず、新たなる絶対者となるべく業火の旋風を描きながら、燃やし、焦がし、広がり続ける。
先程の『
目に見える視界の殆どが
生きたまま焼かれる火刑というものに該当するだろう。
脅威であったギガスベアー達は楽に生き絶える事が出来ない豪炎に焼かれ、絶命に届かない悲鳴を思わせる咆哮を上げ続けている。もちろんソリチュードとて無事ではないだろう蔦の群れが焼き爛れる音たち、それらが大地を叩き暴れもがく轟音も渦の奥からかろうじて耳に届く。
「 ……ッぐぅ!! 」
不意に全身を駆け巡る衝動に思わず片膝をつく……こんな時に!!
「 大丈夫カイル君!!もしかして少しでも毒を吸いこんで……ッ!? 」
「 ……屁が出そうです 」
「 ダメだぞカイル君!!こんな炎が溢れる場所でそれはマズイ!!爆発してしまう!!! 」
……へ?
急におならが出そうになった俺が悪い、それは分かるが「爆発する」とは何事だ団長?
それはどうやらメリッサさんも思っていたようで、俺たちの視線が彼女を指す。
「 あの……俺の屁は爆発性ないです 」
どうにか絞り出した言葉がこれである。ギャグを天然で返されるってこんな感じなのか……どう反応すればいいってんだ!!
「 いや、しかし……昔メリーがオナラに火が引火して大爆発が起こった事件があったって…… 」
視線の相手を変える。こっちを見なさいメリッサさん。
そんな茶番を挟むも数十秒。業火の渦はゆっくりと消失を始め、豪炎のカーテンを開いてゆく。
そして視界に映る光景。咲き乱れていた月光草、空を満たしていた白の鱗粉その全ては黒き塵へと姿を変え、怪しくまた薄暗く照らされていた空間全ては炎の揺らめき、その光源によって更に明るくされている。
眼前のギガスベアー達は強固な殻を残し、全身焼き焦がれ煤の巨体となっている。しかし、やはりその再生能力は脅威的だ。
豪炎によって与えられたダメージはかなりのものであろうが、それらはすぐに強化活性を始め全身から余剰蒸気を発し始めている。おそらく、奴らはすぐに通常通りとはいかずとも
視界を奥に切り替え、ソリチュードを視察。
こちらはギガスベアーよりも好天的で遺跡を捕えていた蔦の全ては消滅しており、植物型の魔物故にかなりの大ダメージを与えられたようだ。
おそらく豪炎を防ぐ為に一時的に全ての花弁を閉じたのであろうが、再び開かれたそこは所々が焦げ落ちており、決着があと僅かであるのが見てとれる。となれば、現状においての最大の障害は残された熊もどき共という事だ。
しかし、耳に入る荒れた呼吸音。
それに視線を向けると、肩で息をし大量の汗を流すイヴリンさんが目に付く。あれ程までに強力な技を二つも繰り出したのだ、その消耗は計り知れない。
「 もう!!相変わらず魔力の操作と
「 うぅ……す、すまない。メリー 」
コツンと軽く頭をこづく彼女にバツが悪そうな顔を浮かべるイヴリンさん。そしてある程度小言を言い満足したメリッサさんは「やれやれ」と一歩前で踏み出す。
「 って事だからカイル君。ギガスベアーは私達で倒すわよ。イヴちゃんは少し休んでソリチュードのトドメよろしくね 」
そうなりますよね。
気合を入れ直し、俺も前に出る。その作戦を聞き団長はその場に座り込み呼吸を整え始めた。
イヴリンさんが相手の体毛を全て焼失させてくれたおかげで、俺でもやれるであろう勝算は出来た。
真正面からでは殻の強度は相変わらず突破出来ないが、短剣の突き。【
短剣を抜剣。深呼吸と共にそれを構える。
状況は遥かにこちら寄りだ。だからといって油断出来るものではない。集中力を高め、立て続けに起こる予想外の出来事によって無意識に停止してしまっていた
「 ちょっと待った〜〜 」
不意にかけられた声へ振り返ると、俺がそれを意識する暇もなく柄を握る手に軽い衝撃が走り、それが手からこぼれ落ちる。
何が起こったのか理解するのに少しかかった。メリッサさんだ。彼女が俺の手を叩き装備を解除させたのだ。
「 ちょっ、何やってんですか!!? 」
「 今武器使おうとしたでしょ?ダメだよそれじゃあ 」
落ちた短剣を拾おうする俺の額にメリッサさんはペシンと
一体何を考えてるんだ?
そこまで痛くはないがヒリヒリと熱を放つ額に手を這わせ彼女に詰問を向ける。
「 ほんとなんなんですか!!?何考えてるのか今回ばっかりは全く分かりません 」
「 君は強くなりたいんでしょ?だから、こないだの病院での続き、私が
そう言い残し彼女はギガスベアーへと歩みを始める。
【
自信満々に自殺行為にも似た行動を行うメリッサさんを目に頭はパニックを起こしている。
本当なら、今すぐにでも彼女を止めるべきだろう。
しかし、仲が長いハズのイヴリンさんはそれに対し静止をかけるどころか、今だ回復の為か目を閉じ絶対の信頼を露わにしている。
それは俺がこれまでひたすらに励んできた鍛錬で証明済みだ。故にメリッサさんの発言。その意味がわからない。
彼女が何をしようしているのか、分からないのだ……
瞬間、ギガスベアーの一つが回復を終えたのか高らかな咆哮を上げる。同時に無防備に接近してくる一匹の人間を標的に定め突進を始めた。
「 メリッサさん!!危ない!!! 」
パニックが解け叫びを上げる頃には彼女との距離は離れてしまっており、手を伸ばすが俺の力は届かない。
「 大丈夫よ、カイル君……よく観ていなさい 」
このままでは最期となりかねない綺麗な笑みを浮かべる彼女を目に更に恐怖が心を締める。
間に合わない!!
しかし、時は止まらない。詰められる間合い。
ギガスベアーが捕食によるトドメを放とうと鋭い牙を持つ口をメリッサさんへと伸ばす。そんな脅威に彼女は……
腕を振り上げ、それを放つ。
平手打ちだ。ただ平凡な動作。
「 メリッサさん!!! 」
喉が盛んばかりの叫びを上げる。俺にはそれしか出来ない。
そして次の瞬間、耳に入ったのは彼女の絶命による悲鳴ではなかった。平手打ちによる乾いた音でも、魔物の牙がメリッサさんを貫く音でもない。
耳に入ったのは、肉が抉り裂け弾け飛ぶグロテスクなもの。
驚愕と呆然。
目の前に映る光景。それはメリッサさんを喰らおうとしていた魔物。
「 カイル君、これが
頭を失ったそこから噴き出る血肉を纏いながらも変わらず綺麗な笑顔を向けるメリッサさん。
俺はただ何が起こっているのか分からず、口にする言葉を完全に失ってしまうのであった……ーーー
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