リリー・ホワイト ――虹の向こう側
わたしは天界から下界を眺めた。
虹で囲まれた美しい森が目に入った。
あそこには、天界人の子孫がいる。正確には、天界人と地上に住まう人間との子孫だ。
「神さま、何を見ているの?」
精霊のニナがひらひらと飛んで来た。
「ニナ」
「あそこの虹に囲まれたところにね、わたしたちの血を引くものたちがいるんだよ」
「へえ。……きれいなところね」と言って、ニナはわたしの肩に乗った。
「自然とともに生きているからね」
わたしは神の目で下界を見つめた。ニナも精霊の目で同じものを見ている。
わたしたち天界人は長命だった。しかし、天界人と地上に住まう人間との子孫は、基本的に地上人の性質に近くなるらしく、短命で、そして小さな魔法が使えるくらいだった。彼らはその小さな魔法をたいせつに使い、豊かに暮らしていた。虹の境をつくって。
「あたし、あそこに行きたいな。なんか、とてもやさしい感じがする」
ニナがそっとつぶやくように言った。
「そうだね。いつか、行くといいよ」
「どこから行けばいいの?」
「天界も地獄も下界も、切り離された空間であるようでいて、みんな見えない道で繋がっているんだよ」
「蓮の葉から、地獄に行くみたいに?」
「そうだよ。地上への道も見つけてごらん?」
「見つかるかなあ?」
「見つかるよ」
わたしはにっこり笑い、それからまた地上に視線を落とした。
わたしはときどき、こうして地上を見ずにはいられない。
なぜなら、このまえ地上に行ったのは、わたしの娘だからだ。長女でしっかりものだと思っていた、リリー。リリーは地上に溶け込み、地上人として地上人の夫とともに生き、子どもを育て、幸せそうに逝った。虹の境界をつくったのはリリーだ。地上では魔法と呼ばれる天界人の力が、地上で悪用されないために。地上には、リリー夫婦以外の天界人と地上人の夫婦も数組いて、彼らは力を合わせ、平和で豊かな、魔法の村を築いていった。
リリー・ホワイト。
その名のように、まっすぐで純粋で、そして芯のつよかった娘。
わたしがもういない娘にしてあげられることは、ただ祈ることだけだ。
わたしはベルフラワーに灯りをともして、ときどきこうしてひとりで祈る――いや、ニナが、誰か親しいひとが、そばにいる場合もある。
ニナが小さいベルフラワーを持っていた。ふと気づくと、アオとレイもいて、ふたりともベルフラワーを手にしていた。ニナはアオを見ると嬉しそうにアオの頭の上に乗った。
星祭りのときのように、少し厳粛な思いでベルフラワーを掲げる。
ベルフラワーの灯りがぽわっと下界に下りてゆく。
紫の瞳をした男の子と女の子が、明るさの中の、ベルフラワーの灯りに気づいて、手を伸ばしているのが見えた。紫色の瞳に銀色の髪。リリーにそっくりの男の子。
どうかしあわせにしあわせに。
その笑顔を失くさないで欲しい。
そして、ときどき、こうして見せて欲しい。
娘の面影の残るその笑顔を。
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