左手

最後に掴んだものは

　はい、そうですけど、俺に何か用ですか？

　はあ、ええ、知ってますよ。最近は見かけないですね。

　……そうでしたか。いや知りませんよ。携帯の番号も知りませんし。いえ、彼と話したのは一度きりですよ。そうですね。

　どうだろう、友人が居た様には見えませんでしたけど。ええ。少し変わっていたので近寄りがたかったというか。みんなそうだったんじゃないかな。

　そうですねえ。

　彼、ちょっと変わってましてね、いつも左手に何か持ってるんですよ。ええ。リモコンとかね。

　そうです、でも毎日違うものを持ってくるんですよ。ペットボトルとか。いや、ずっとです。一日中ですよ。おかしいでしょ。

　色々ありましたよ。ダイコンとか、雑誌とか、晴れた日に傘を持ってる時もあったかな。

　そうです。ちょっと近寄りがたいでしょ？

　彼の方も周りから距離を置いてる感じでしたけどね。大抵窓際で、外を眺めて人と視線が合わないようにしてました。

　俺が話し掛けた時は、左手に箸を持ってましてね、ええ、その箸です。こう握り締めるように持ってました。見かけたのが食堂だったんですけど、左手で箸を持って、右手の割り箸でラーメンを食ってるのがおかしくってね。

　それがきっかけで話し掛けたんだけど、彼が言うには、左手のそれは自分の意思ではなく、朝起きると部屋にある何かを掴んでいるんだって。そして困った事に掴んだ物はどうやっても離してくれないんだそうです。

　不便だけどもう慣れたって笑ってましたよ。

　あぁ、そろそろいいですか。いえ、もう話す事もないですし。

　ええ、だって、彼の死因は明白でしょ？