第47話 十文字香の手記 その二十二

 道路は深い森を抜け、田園地帯を通り、大きな川を渡って街の中へと至る。子田病院は国道沿いに建つ、私立の総合病院。ピンクのリムジンがエントランス前のロータリーに停まり、二品が観音開きの後部ドアを開けると、私はなるべく静かに落ち着いた顔を装って降りた。本当は慌てて飛び出したい気分だったのだが。


 次に五味民雄が降り、最後に反対側のドアから多ノ蔵理事長が降りたときには、駐車場に覆面パトカーを停めたのであろう幾津刑事と入地が駆け寄って来るのが見えた。


 病院内に入り、私が受付総合案内で夏風走一郎の見舞いに来た旨を伝えたところ、いま面会は許可されていないとの木で鼻をくくったような返答。しかし二品が多ノ蔵理事長の名前を出すと受付係の態度が豹変、すぐさまどこかに連絡を取って「院長が参りますのでしばしお待ちください」とペコペコ頭を下げ続けた。これが格差社会かと思ったり思わなかったり。


 やがて数分が経ち、病院の奥から白衣を着た白髪の、少し腹回りの豊かなメガネの老人が現れた。フライドチキン屋みたいだな、と思っていると入地カウンセラーが私たちに聞こえるようにつぶやいた。


子田ねだ院長ですよ」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべた子田院長は、多ノ蔵理事長に向かって親しげに片手を挙げて見せた。


「いやあ、多ノ蔵さん。ご無沙汰しております」


「院長先生、お久しぶりです」


 理事長も笑顔で頭を下げた。子田院長は私たちを見回すと、少し大げさに驚いたような顔でたずねた。


「本日はまた大所帯ですな。何かありましたか」


「はい、学園の夏風走一郎くんのお見舞いにうかがいました」


「おやおや、理事長先生が直接ですか。それは珍しい」


「いえ、何やら興味深い趣向があるとのことでしたので」


 すると子田院長はカウンセラーの入地に目をやる。


「入地くんもその趣向に釣られてやって来たのかな」


「ええまあ、興味本位で。夏風くんは知らん仲でもありませんしね」


「ふうむ、君は相変わらずお調子者だねえ。ま、いいでしょう。夏風くんの病室には私がご案内します。ただし病院ですからな、お静かに願いますよ」


 そう言うと笑顔の子田院長は背を向け、先に立って歩き出した。


「こちらにどうぞ。病室は三階です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る