第43話 五味民雄の述懐 十八コマ目

 俺と十文字香が子田病院に行くのに、多ノ蔵理事長は必須じゃなかった。ただ理事長が来れば、イロイロと面倒が省けるのも間違いなかった。タクシー代も節約できるしな。そして、おそらく理事長は来るだろう。すべてを知っていればこそ、これを無視はできないはず。


 事件はまだ終わってない。いや、ある意味始まったばかりだとも言える。だが夏風走一郎の存在は、それを強制終了させ得る破壊力があったんだ。


 これ以上話がデカくなればなるほど厄介事もデカくなる。先に延ばせば自分の首を絞めかねない。だから、いまのうちに終わらせるのは俺にとってもメリットがある。終わらせよう、面倒臭いことはすべて。俺はそう覚悟を決めたよ。




「率直にうかがいたいんですが、怖くありませんでしたか」


 真剣な表情の剛泉部長に、五味はニッと笑ってみせた。


「高所恐怖症って言葉があるが、実際のとこ高い場所に登って下をのぞけば、誰だって少しは怖くなる。だが、ごくまれに全然怖さを感じないヤツもいるんだそうだ。ジェットコースターに何周乗っても平気なヤツとかな。俺もある意味そのたぐいなんだろう。危険なことをしているのはわかってるさ、理屈では。でも怖いかって言われると、あんまり怖くはないんだな、これが」


「勇気、とは違うんでしょうね」


「違うねえ。俺に勇気なんざねえよ。そもそも、そんなもんが必要な場面に立ち会ったことがないからな」


「もし勇気が必要な場面に出くわしたらどうします」


「そりゃ逃げるに決まってるだろう。勇気が必要になる時点で勝ち目の薄い勝負だ、勝てないケンカは買う意味がない」


 五味はそう言ったが、どうも上手く煙に巻かれているような気がする。とは言え、自分たちが知りたいのは事件の核心であって、五味民雄の人となりではない。その部分を追求しても仕方ないのだ、剛泉はうなずいて同意を示した。

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