第22話 五味民雄の述懐 九コマ目

 化学の絵棚が死んだらしいってのは、俺も噂話で聞いた。殺されたのかどうか、この時点ではまだわからなかったが、あの夏風走一郎の推測が正しければ、おそらく殺人だ。なら死体の近くにはEの文字が書かれていたに違いない。さて今度の死因は何だ。またトリカブトなのか。


 トリカブトによる毒殺だとすれば、わかりやすい同一犯による連続殺人だ。今度の死体の第一発見者は俺じゃない。ミステリ小説に出てくるようなとんでもないトリックを仕掛けたんでもない限り、俺に絵棚が殺せたはずはない。つまり自動的に奈良池殺しの容疑者からも俺は外れることになる。


 でも、もしトリカブトが死因じゃなかったら。そうなった日には俺の扱いは曖昧になる。ああ面倒臭え。他人が死んで一喜一憂できるほど無神経でもないんだが、俺のこの先の一生がかかっているからな。このとき、どうせならわかりやすく死んどいて欲しいと思ったくらいはいいだろう。あ、ダメか?




「何か、人の生き死にに関して、五味さんってドライですよね」


 まるで不審人物を見つめるようなジト目の十文字茜に、五味は苦笑を返す。


「そういう傾向はあるかも知れん。だけどな、この頃はまだマシだったんだぞ。夏風に比べりゃ人間味はあった方だ」


「夏風さんってそんなに凄かったんですか」


「凄いっていうか、超然としてたな。アイツなら隣で人が死んでも平然としてんじゃねえかって思ってたよ」


「そこまで、ですか」


「そこまで、だな」


 はあ、と感心したかのように十文字茜はため息をもらした。


「天才ってやっぱり常人とは違うんでしょうか」


 五味は小さなテーブルに置かれた熱いコーヒーを見つめ、少し首をかしげる。


「さあて。アイツが実際のところ本当に天才だったのかどうか、いまとなっちゃよくわからん。ま、天才だけが凄い訳じゃねえしな」

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