第10話 五味民雄の述懐 三コマ目

 他人に興味なんぞないこの俺が知ってたんだから、二人とも学園内の有名人だったことは間違いない。


 夏風走一郎は学年、いや学園トップの秀才の一人だったろう。難関進学コースの中でも常に上位三傑に居続けてるんだから壮絶だ。俺には想像も出来ねえよ。それでいてガリ勉のイメージが皆無なのが何とも腹の立つ。知り合いになる可能性ゼロの別世界の人間だと思ってたんだが、まさかあんな形で出くわすなんて思いもしてなかった。


 十文字香は新聞部の副部長。どこにでもしゃしゃり出てくる印象だったが、俺とは接点なんぞないと思ってた。当時のあのお堅い学園ではあり得ない話だが、もし校内でミスコンでもやれば真っ先に名前の挙がる一人だったろうよ。本人がそれをまったく鼻にかけていないのが余計にムカつくんだがな。


 こんな二人と連れ立って歩いてるところを他人に見られるのは、いささか屈辱的だったね。劣等感が刺激されて仕方ない。そもそも俺はあの学園に入りたくて入った訳じゃない。親が理事長の家族と知り合いだからってだけのコネ入学だ。ほとんど裏口入学と変わらない。目的だの目標だの夢だの何やかんやがあって、あそこを目指してやって来たヤツらとは根本的に違ったんだ。


 とは言え、だ。それならいますぐ勝手に学園を飛び出して、自由気ままに一人で生きて行けるのかって言やあ、んなことは不可能だ。当時の俺にそんな生活力はない。ありとあらゆる面で実力不足。親の経済力に頼らなきゃ、自由になる金すら用意できない。何もかもが足りない訳よ。


 一番マシな解決策は、学園が俺に見切りを付けて親元へ送り返してくれることなんだが、どんなに反抗的な態度を取っても、何枚答案用紙を白紙で出しても、どれだけ授業をサボっても理事長が首を縦に振りやがらない。これじゃ手の打ちようがないわな。体力勝負じゃ、どだい勝ち目なんぞない。やがて時間に押し切られて、学園の卒業生になるのは決定事項。まったく、そこにどんな意味があったのか、いまだに俺にはわからん。


 おまけに今度は殺人事件の容疑者扱いだ。まあ考えようによっちゃ学園を放逐ほうちくされる理由になり得る、ある意味チャンスではあったんだけどな。それにしても人殺しはちょっとアレだ。背負い込むものがデカすぎる。退学になるならないは別として、身の潔白は示しておきたい。それができなきゃ、これからの人生の足枷あしかせになるのは間違いないんだからよ。


 ただ、そのために頼るのが、この二人ってのはどうなんだ。


 警察の事情聴取を受けた感触じゃ、第一発見者イコール犯人て前提ではないように思えたんだが、まあこれは信用できる感覚じゃねえからな。警察の連中もそのときどきの都合と事情で態度を変えるかも知れんし、確かに全面的に頼りにするのは危険だ。


 問題は警察以外の選択肢が、この二人に頼るか、自分一人で全部解決するかくらいしか思いつかなかったことだ。おぼれる者はわらをもつかむが、何とも貧相な藁が二本。どっちをつかんでも助かる未来なんぞ思い描けないのが実際のところ。まったくやれやれな気分だったぜ。


 そんな訳で二人の後ろをトボトボ歩いてついて行って、やって来ました第四校舎。もちろんあるのは知っていたが、入るのは初めてだったよ。部活には縁がなかったからな。そして俺は二階の端、狭っ苦しい推理研究会の部室へと足を踏み入れた訳だ。




「話の腰を折ってすみません。当時の叔母ってそんなに人気あったんですか」


 十文字茜の質問に、ワイシャツにスラックス姿の五味民雄は鼻をフンと鳴らす。ボサボサ頭に無精ヒゲ、他に加齢による変化はあるのだろうが、おそらくは高校生時代とさほど印象の差はないあるまい。ソファの真ん中で足を組み替えてこう言った。


「あのおっそろしく性格のキツそうな目つきだから、ナンパ男がヘラヘラ近寄れるタイプじゃなかったが、つやつやのツインテール振って廊下を歩きゃ、男子生徒が軒並み振り返る程度ではあったさ」


「意外です。私の知っている叔母はいつもニコニコしていて、優しい笑顔しか記憶にないんですが」


「ああ、まあ高校時代のアイツはジャーナリストになるんだって夢のために、頭ん中ガチガチだったみたいだからな。異性関係を遠ざけようとかいうより、最初っから眼中になかったんだろう。そういう意味で、人気はあったがモテはしなかった感じじゃねえかな」


 すると向かいのソファで十文字茜の隣に座っていた剛泉部長も小さく手を挙げる。


「僕からも一つ。その夏風走一郎という人物は、五味さんの目から見てどんな方でしたか」


「バケモンだよ」


 小さなテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取り、半ば吐き捨てるかのように五味はつぶやいた。


「俺も社会に出てからイロイロ腐るほど人間に接してきたけどな、夏風走一郎のレベルで頭が回るヤツなんぞ、他に一人しか知らん。普通にサラリーマンや公務員やってりゃ一生出くわさないか、出くわしても気付かねえだろう。世の大多数の人間には想定外で生活圏外に居る存在。そんな強烈なヤツだった」


 剛泉部長と十文字茜は顔を見合わせた。五味の言葉をどう受け取ったものか当惑したのだ。まあ、とにかくいまはインタビューを続けよう。二人は五味が手記の続きを読み進めるのを待った。

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