「今」は思い出のアルバムの中に

だいのすけ

偶然の出会い

仕事が休みである俺、中村誠は久しぶりに、秋葉原に一人で買い物に出掛けていた。最近ハマっているVtuberのグッズを手に入れるため早朝からお店巡りをしていた。妻にはいい歳して、と呆れられたが、応援しているものは仕方がない。所謂「推し」のためには休日も頑張らなければいけないのだ。


大学を卒業して10年、俺はIT企業で働いていた。文系ではあるがモノづくりがしたいと入社したIT企業で、忙しく働く日々。同い年の妻とは会社で出会い3年前に結婚した。妻はVtuberよりはアニメにハマっているようで、同人誌を買い漁っているようだ。お似合いの夫婦なのかもしれないな。そんなことを考えながら戦利品を見つめて満足していた。


「お、誠くん……?」突然、俺は女の人から声を掛けられる。ふと振り向くとそこには同い年くらいの女性がいた。誰だっけ……俺は必死に頭を回転させながらとりあえず返事する。

「おおー久しぶり」

「それ絶対覚えてないよね。私だよ、私。佐々木陽子。久しぶりだけど元カノくらい覚えていてよ」

ちょっと口を尖らせる彼女を見ながら思い出した。大学3年生の時一年間付き合っていた陽子だ。



陽子とはゼミで知り合い、一緒に勉強するなどして仲良くなった。その後俺から告白して付き合うのだが、インターンや就職活動をし、社会人に向けて進んでいく中で、お互いになんとなく「この人ではないな」と思うに至り別れた。そういうありふれた大学生活の思い出の人である。


陽子も俺もSNSをしないタイプだったのと、別れてから連絡を取るタイプでもなかったので、10年間関わりは一切なかった。コンサルティング会社に就職したということと、風の噂で結婚したという話は聞いていた。


「ごめん、ごめん。雰囲気が変わったからすぐわからなかったよ。久しぶりだな」

「10年ぶりだよね?元気にしてそうでよかった。ねえ、暇だったらちょっとお茶しない?」

「俺は用事終わったところだからいいよ。そこのカフェにしようか」

俺らは久しぶりの再会にテンションが上がり、カフェで話をすることになった。


「ふうー。カフェは涼しいからいいね」

「そうだな。外は暑いから歩いているだけで参っちゃうよ」

俺らはアイスコーヒーを注文した。注文が終わるとお互いの現状を確認する。

「誠はまだ同じ会社で働いてるの?」

「うん、辞めようかなと思ったこともあったけどなんだかんだもう10年だよ。ちょっと出世もしたし、仕事もつまらなくはないからこのまましばらくは転職しないと思う。陽子は変わらずコンサルティング会社?」

「いや、私は転職して今はベンチャー企業にいるよ。人事業務を改善するアプリケーションを提供する会社で働いているんだ。コンサルティングも面白かったけど忙しすぎて、ね……」

「ああ、激務とは聞くな。お疲れ様……」

話は自然と当時の同級生の話になる。

「最近誰か大学の同期と会った?」

「ああ、陽太とこの前飲んだよ。あいつは転職して商社でバリバリ働いているらしい。そんなキャラじゃなかったから意外だよな」

「へーそうなんだ。確かに読書好きの文学少年、という感じだったもんね。私もこの前明日香と千春とランチしたよ。二人とももう結婚して、事務の仕事をしながら子育てしてるんだよ」

「おお、結婚と子供か。まあもう俺たち30歳を過ぎてるもんなあ。みんなそんなもんか」

「まあ30歳で結婚という概念はちょっと古いけどね。誠は結婚してるの?」

陽子からの質問にドキッとする。やましいことは何もないが、なぜかどこか寂しさを感じさせる。

「ああ、3年前に結婚したよ。新婚、ではないかなもう。二人で高円寺に住んでいるんだ」

「おお、まあ誠は結婚早そうな顔をしていたからねえ。おめでとう。結婚式呼んでよ」

「元カノを結婚式に呼ぶやつがどこにいるんだよ。ところで陽子は?」

またどこか胸がザワザワするが、聞かれたら聞き返すしかない。俺は陽子に尋ねた。

「私は、2年前に結婚したけど去年離婚したんだ。忙しすぎて家になかなか帰れない間に浮気されちゃってね…… 出張を1日早く切り上げてサプライズで家に帰ったら知らない女とご対面。もうブチギレて即離婚だったね」

「あーそれは…… なんと言ったらいいか」

「全然もう吹っ切れたから大丈夫。ネタみたいな話になりつつあるよ」

そういうと陽子は笑った。

その後俺らはたわいもない話を交えながら情報交換をする。ゼミの男友達と旅行に行った話、ゼミの同窓会に行った話、大学で就職説明会をした話……10年の時が流れているので話のネタは尽きない。


「そういえばゼミに一瞬だけいた前原香織って覚えている? あの人ゼミの准教授と結婚したらしいよ」

「マジで? そういえばすごい准教授にアタックしている女の子いたなあ。あの時はフラれたって聞いていたけど結局結婚したのか。すごいラブストーリーだな」

「ね、すごいよね! 卒業してから香織が再アタックして付き合うことになったらしい。同窓会で聞いたんだけどびっくりだよ」

「それはびっくりだな。しかも准教授って佐藤先生だっけ?すごい無口でクマみたいな感じだった記憶があるんだが。全くデートしている姿が想像できないや」

「そうそう。でも意外とお喋り好きらしくて家では良いお父さんらしいよ。仕事とプライベートを分けるタイプなんだろうね」

当時の話は尽きない。俺たちは思い出を振り返っていた。


「そういえば一緒に行った遊園地覚えてる? あそこ、来年取り壊しになるらしいよ」

「うわー遊園地懐かしい。一緒に観覧車乗ったよな。あの観覧車に乗ったカップルは必ず別れるというジンクスがあるという話になって、敢えて乗ってみようとなったよな」

「ね、本当に別れちゃったけど絶対観覧車関係ないと思うんだよね。」

クスクスと陽子は笑う。

「あの時、誠が並ぶのに疲れて不機嫌になったの覚えてる? 私はキレそうな顔をした誠を宥めるために色々頑張ったんだよ」

「ああ、覚えてるよ。このクソ暑い中1時間も並んでられるか、と思った記憶がある。結局乗るのはやめて、かき氷を一緒に食べたんだっけな」

「そうそう。それで、あまり混んでいないメリーゴーランドに切り替えたんだよね。懐かしい。しかしあの遊園地潰れちゃったか。残念だなあ」

「ね。あんまり行ったことないけどなくなったら寂しいものだね」


その後も俺たちは当時の思い出を語りあった。一緒に行った夏祭り、陽子に2時間遅刻されて大喧嘩になったデート、蛍を見に行った夜…… 一年という交際期間には、振り返る思い出がたくさんあった。


「あー、そろそろ行かないと。友達とランチの予定なんだよね」

そういうと陽子は席を立つ。

「そうか、久しぶりに話せて楽しかったよ。そうだ、Line交換する?また話せる機会があるといいなと思って」

俺はまた陽子と当時の話をして盛り上がりたいな、と思った。しかし陽子は真顔をしている。

「うーん。私達はもう話さない方がいいんじゃないかな?今日はたまたま会ったから盛り上がったけど、これ以上盛り上がるとも思えないしね。それに私たちはもう住んでいる世界が違うと思う。交わることはないんだよ」

その言葉にハッとする。そうだ、俺たちは10年間赤の他人だったんだ。当たり前だが10年前の陽子はもういない。社会人になって10年、俺の知らない世界で色々な経験をしてきた、知らない「佐々木陽子」なんだ。


「ああ、確かにそうだな。また10年後くらいに町で見かけたら話をしよう」

「そうだね、それくらいの方がいいよ。じゃあ10年後にまたね」

そういうと陽子はお金を置いてカフェを出て行った。俺は後ろ姿を見送り、残ったコーヒーを飲み干す。さて、帰るか。


家に帰ると、妻はアニメを見ていた。本当にハマっているのだな。

「買い物どうだった?欲しい物は買えた?」

「うん、全部買えたよ。しかも帰り道に大学の同級生に会ったんだ。久しぶりだったから話が盛り上がったよ」

「いいねー大学の同級生とか、昔の話で盛り上がるよね。私も久しぶりに会いたいなー」

「そうそう。もう会うことはないと思うけど懐かしかったよ」


こうして俺は日常に戻っていく。陽子との思い出は過去の思い出だ。俺は今日の話を思い出のアルバムの中に閉じ込め、妻との昼食を楽しむのだった。またいつか、アルバムを更新できたら面白いなと思いながら。

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