ふくよか令嬢は惚れ薬入りのスイーツをプレゼントされました

uribou

第1話

 ヘイルガルシア辺境伯家のアミカ嬢は可愛い。

 どれくらい可愛いかというと、そのふくよかな頬を思わずツンツンしたくなるくらいだ。

 一般的にはデブ令嬢って言われているって?

 そんなことないわ!

 モテない痩せぎすの令嬢が貶してるだけだわ!


 実際アミカ嬢には男女問わずファンが多い。

 辺境伯という大領主の娘ということもあるが、性格がごく温和でニコニコしていて聞き上手だからだ。

 包容力があるというのか。

 どこぞの令息が間違えて『母上』と呼びかけたことがあるくらいだ。

 アミカ嬢は『まあまあ、光栄でございます』と笑って流していたが。


 しかし一部でデブ令嬢と言われているのは事実なのだ。

 つまりアミカ嬢を敵視している者達もいる。

 伝統的にヘイルガルシア辺境伯家と仲の良くない家の者や、主として婚姻でライバルとなり得る高位貴族の令嬢がそうだ。

 実は王家ともいい関係とは言いがたい。

 だから予が苦労する。


 予が誰かって?

 ポスターフ王国第一王子エリオット・アッテンボローである。

 以後見知りおけ。


 予は今年で一六歳になるが、未だ婚約者を定めていない。

 侯爵家以上の家柄に適当な令嬢がいないというのが最大の要因ではある。

 だから伯爵家以上ないし外国の王族貴族から、というのが常道なのだが。

 辺境伯家のアミカ嬢は、家柄からして筆頭候補と思っている者も多いはず。


 ただなー、各伯爵家の令嬢が自薦猛プッシュなんだよなー。

 押されるほど引くというか、余計にアミカ嬢が魅力的に見えてしまうのが理解できないのだろうか?

 伯爵家クラスでは情報収集力に劣るのか、あるいはいいブレーンがいないのか。

 将来の王妃として物足りないというのが、予だけでなく父陛下や宰相の一致した意見だ。


 外国から王女を迎えるというのも、その国の王位継承権が関わるのでややこしくなる。

 予がアミカ嬢を娶れば全て解決なのだが……。

 これもまた難しい。

 何故なら諸侯で最大の武力を持つヘイルガルシア辺境伯家は、アッテンボロー王家の下風に立つことを潔しとしないから。

 王家は王家で、辺境伯家を田舎の蛮族などとかつてこき下ろしたこともあるしな。


 ただ現在は状況が少し変化している。

 西の隣国ザザベリとの間に領土問題が発生しているのだ。

 ヘイルガルシア辺境伯領とザザベリとの境に金鉱山が発見されたことによる。

 隣国と緊張状態にあるのに、辺境伯と揉めるほど父陛下はバカじゃない。

 辺境伯も王家と誼を結びたいという意図があるから、アミカ嬢を王都の貴族学院に入学させたのだろう。


 でも予がアミカ嬢を婚約者にできるかってのは話が別なんだよなー。

 辺境伯もアミカ嬢を溺愛してるらしいし。

 婚約を申し込んで蹴られでもしたら、王家の権威が失墜してしまう。

 おまけに王家と辺境伯家の間に亀裂が入ると、西の隣国ザザベリを増長させてしまうではないか。

 ザザベリの脅威をよく知ってるはずの辺境伯も、アミカ嬢のことになると狂うらしいしなー。

 迂闊にアクションを起こせないのだ。


 じゃあどうするか?

 アミカ嬢が予に惚れてくれればいいのだ。

 辺境伯も愛娘の言うことなら聞くだろうから。

 一番後腐れなく問題が片付く。


 どうやって予に惚れさせればいい?

 予がアミカ嬢を贔屓すれば、時勢を読めぬ伯爵令嬢どもがアミカ嬢を総攻撃しかねない。

 では偶然を装い一瞬で恋に落とす?

 そんなことができるか?

 策を練らねば……。


          ◇


 ――――――――――数日後。貴族学院にて。


「やあ、アミカ嬢。今から帰りかい?」

「これはこれはエリオット殿下。どうされたんです?」


 異様な状況だろう。

 生徒会室の前で予とその従者が大量のスイーツを前に呆然としているというのは。

 しかしタイミングバッチリ。

 計算通りだ。


「放課後に予定されていた会合が急にキャンセルになってしまってね。アミカ嬢も一つもらってくれないか」

「あっ、これ人気店の新作ですね? 食べたかったんです。ありがとうございます!」


 よし、予を好きでたまらなくなる惚れ薬入りのスイーツを自然に渡せた。

 アミカ嬢の好みはリサーチしてあるからな。

 これでアミカ嬢のハートは予のものだ!

 他の生徒達も集まってくる。


「殿下、どうした有様ですか?」

「会合の中止でムダになってしまったのだ。助けると思って一つもらってくれ」

「アハハ、遠慮なく」


 これで全てのスイーツを配り終えればオーケーだ。

 特にアミカ嬢を贔屓しているわけではないとわかるだろう。

 結果はどうなる?


          ◇


 ――――――――――さらに数日後。貴族学院にて。


 惚れ薬の効果はどうなのだろう?

 アミカ嬢を見る限り、特に変わりがないようにも思える。

 効果の程度はどの程度のものなのか、確認しなかったからな。

 調合に関わった宮廷魔術師は、摂取した者は予のことをメッチャ好きになるって言ってたけど。

 もっともアミカ嬢ほどの令嬢となると、内心を表に出さないものなのかもしれない。


 どの程度効いてるのか反応を見たい。

 しかし学院でアミカ嬢とは特に接点があるわけじゃないしなあ。

 ええい、ままよ!


「やあ、アミカ嬢」


 偶然を装って話しかけてみた。

 薬の効果が出ているなら、何らかの特異なリアクションがあってもいいはずだが?


「殿下、御機嫌よう。この前は結構なスイーツをいただきまして、ありがとうございます」


 しめた、うまいことスイーツの話題になった。

 が、特にアミカ嬢の受け答えは変わりないような。

 いつものようなのほほんとした穏やかな笑顔だ。

 癒される。


「おいしかったかい? 皆に配っていたら、予は食べ損ねてしまってね」

「あらまあ、実は私もなんです」

「えっ?」


 アミカ嬢は食べていない?

 くっ、アミカ嬢の好みに寄せた新作スイーツだったのに。

 うろたえるな。

 では誰があの惚れ薬入りスイーツを食べた?


「父に食べられてしまったんです」

「辺境伯に?」

「はい。父はいかつい顔に似合わず、甘いものに目がなくて」

「何と」


 いや、予定外だが悪くない。

 惚れ薬の効果で辺境伯の予に対する評価が甘くなるなら、それはそれでチャンスだ。


「常々父はエリオット殿下を褒めていらっしゃるんですのよ。都会者にしては気骨があると」

「ハハッ、武勇を誇る辺境伯に褒められるとは、こんなに嬉しいことはないな」


 辺境伯が予を買ってくれているとは知らなかった。

 そして今はさらに惚れ薬の効果で上乗せが期待できる?

 ここは押すべき場面だ。


「アミカ嬢、予はそなたに婚約を申し入れたい」


 聞き耳を立てていた連中が驚きの表情を見せている。

 知ったことか。


「私に、でございますか? 光栄なことでございます。けれども私の一存ではお返事できかねます」

「うむ、もちろんわかっている。近い内に辺境伯に挨拶に伺おう」


 辺境伯が王都にいる内に決着を付けるぞ。


          ◇


 ――――――――――一ヶ月後。


 無事アミカとは婚約の運びとなった。

 が……。


「アミカがこれほど強かな女性だとは知らなかった」

「あら、強かでなければ辺境伯の娘なんて務まりませんよ」

「む、そうだな」


 王宮の庭に設えてあるガゼボでアミカと語らう。

 ぷにぷにしたくなる頬は変わらないのだが、今では予のアミカを見る目は随分変わっている。

 おっとりとしていて優しいだけの令嬢ではなかったのだ。


 スイーツを辺境伯に食べられてしまったあの日、アミカはすぐに辺境伯の異変に気付いたのだそうだ。


「頻りにエリオット様を褒めるんですもの。今まで王家の方々を褒めるなんてこと、一度もなかったのに。当然おかしいと思いますわ」

「それで惚れ薬が含まれているのだろうと見当を付けたのか」

「ええ」


 鋭い。

 そしてそれは予の妃として必要な資質だ。


「いい機会だとも思ったのです。隣国ザザベリと争いになるかもしれないのに、王家とも角突き合わせるなんておバカさんのすることですから」

「もっともだ」


 つまりアミカは、惚れ薬で辺境伯の予に対する評価が甘くなっているところに付け込み、王家とヘイルガルシア辺境伯家の融和を図ろうとしたのだ。


「どうせ惚れ薬の効果を見るために、エリオット様はもう一度私に接触しようとしてくると思っていましたので」

「アミカは策士だな。素直に脱帽する」


 それで辺境伯が予を評価しているとミスリードさせ、予とアミカとの縁談を引き出したと。

 即興だろうに、よくもまあそんなことを思い付いたものだ。


「もうとっくに父の惚れ薬の効果は切れていますのよ」

「ふむ、同性だと効果が失われるのは早いのかもしれないな」

「今父がエリオット様を評価しているのは本当です」


 予がアミカを愛していると告げたこと。

 積極的に婚約を望んだことがプラスに働いたらしい。


「まあ父が私を王都の貴族学院に入学させたのも、こうなることをある程度望んでいたんだと思いますよ。ザザベリの圧力が大きいですからね」

「そうだったか」

「かといってこれまでの王家との関係があります。うちから婚約を打診するのも業腹だという考えがあったんじゃないでしょうか? エリオット様自らが挨拶に来てくださったことで、大いに面目を施したと父は話しておりました」


 そう導いたのはアミカのアシストだ。

 予はおいしいところをもらっただけ。


「……予は最初、アミカの外見と性格に惹かれたのだ」

「えっ、外見?」

「そうだぞ? 母性と慈愛を感じさせるふくよかさは、予をはじめとしてファンが多いのだ」

「知りませんでした……。いつもデブデブと言われておりましたので」

「そんな嫌味を言うのは、予の妃の座を狙っていた一部の令嬢だけであろう? アミカは可愛いぞ」


 あれっ? 恥ずかしそうにしているではないか。

 いつも悠然と構えているのに、新鮮だな。


「外見と性格だけでなく、キレのいい頭脳を持っているとはな。惚れ直したぞ」

「……もう、エリオット様ったら」

「アミカはよかったのだろうか? 予の妃となることについては」


 アミカの希望を聞いていない。

 アミカ自身が推進した面のある婚約であるから嫌ではないのだろうが、多分に政略が絡んだ話だ。

 理性が心を押し潰した結果であるのかもしれぬ。

 まあどうであっても、予はアミカを尊重するがな。


「……しております」

「ん?」

「お慕い申しております」


 うはあ、潤んだ目で上目遣い。

 最高だな。


「エリオット様は人を引っ張っていく力がおありになりますし……何より格好いいですから」

「お、おう」


 自覚していないではないが、アミカに直に言われると表情筋が緩むなあ。


「惚れ薬だと気付いた時、本当に嬉しかったのです。エリオット様が私と結ばれることを望んでいると知りましたから」

「そうだったのか」

「エリオット様と話す機会もほとんどありませんでしたのでね。嫌われているのかと」

「すまぬ」


 そうだ、アミカは辺境伯令嬢で、予の婚約者候補第一番手と見られる向きは強かった。

 それなのに予は王家とヘイルガルシア辺境伯家との過去のゴタゴタを気にして、近寄ることさえ避けてたからな。

 心ない令嬢達から、予が嫌っているなどと吹き込まれていたかもしれない。


「アミカの心中を推し量る予の力が欠けていた」

「いえ、よいのです。今幸せですから」


 くうっ、実に可愛いな。

 包容力と可愛さを同時に発揮するとか反則だろ。

 抱きしめたいわ。


「エリオット様」


 目を瞑り、無防備な顔を差し出すアミカ。

 少し離れたところで予達の様子を窺っている従者どもに合図する。

 今だけあっち向いてろ、と。 

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