第6話 旦那様の心配り

「なにか困っていることや必要なものはないか?」

「特にない」

「そうか」


 毎回同じやり取りがすむと、後はお互いに黙々と、食事を口に運んでいく。日に三度、こうして一緒に食事を取ることは、すでに日課となりつつあった。


 最初はエリンも気を使って死神卿アイザックと話をしようとした。


『……アクセルは赤毛だな、前の奥方の髪が赤かったのか?』

『…いや?』

『……』


 しかし、こんな感じで全く会話が続かないのだ。端から仲良くする気など毛頭無いエリンだ。早々に会話をすることを諦め、今では食事をとることに集中していた。


 それでも、エリンにとってこの二人だけの空間は、不思議と気詰まりではなかった。


 アイザックがエリンを見る目には温度がないが、彼はどうやら誰に対しても同じ態度のようだった。エリンを蔑むでもなく、下卑た目を向けるのでもない。関心はないが、無視するわけでもない。これまで向けられたどれとも違うアイザックの態度は実はエリンにとって心地よかった。


 それに、アイザックがひっそりとエリンのことを気にかけてくれていることもあるのだろう。彼は約束した通り、翌日の食事から量も肉も増やしてくれた。食事の前の決まったやり取りは、前回エリンが爆発したので、煮詰まる前に要望を聞いてくれているのだろう。

 エリンからはあれ以上特に要望は出していないが、日に三度、数十分程度でも子育てから離れられるのは思った以上に気分転換になった。赤子アクセルに対しても、多少穏やかな気持ちで向かい合えるようになったと思う。


「あ」

「何だ?」


 思わずこぼしたエリンの声に反応してアイザックが視線を寄こす。エリンは少し逡巡して、言葉を口に乗せる。


「いや…。最近あいつアクセルハイハイしようとしてもぞもぞ動くことが増えてきたから…」

「…それで?」


 全くぴんと来ていない様子のアイザックにエリンはムッとする。


「お前なぁ、自分の子供だろう?もっと成長を喜んだりとかないわけ!?」

「……」


 エリンには自分の成長を見守ってくれる両親はいなかったし、成長することに恐怖しかない毎日だったが、一般的には親は子の成長を喜ぶものではないだろうか。常々思っているが、アイザックは息子アクセルに興味がなさすぎである。エリンがもう少し、アイザックにアクセルの様子を伝えればいいのかもしれないが、そんなことをエリンに期待されて困る。もっと自分から息子にかかわろうとしてもらえないだろうか…。


(望んで授かった子だろう?)


 アイザックは、呆れ顔のエリンをちらりと見やり、ぽつりと呟く。


「…責任があるから育てはするが、俺に親としての情緒を求めるな」


 その言葉にエリンの導火線に瞬時に火が付く。


「はぁ!?何その言い方!ていうか、育ててんのはあたしだ!!」


 もういい!と残りの食事を掻き込み、ダンッとエリンは席を立つ。


 この屋敷は人手が足りなくて、皆自分の事で精一杯なのかもしれない。それでも、あまりにも蔑ろにされているアクセルを見ると、心がざわざわするのである。エリンは自分自身が親に捨てられた子であり、同じ境遇の子供など腐るほど見てきた。だから、手元で何不自由なく育てられている子供アクセルに、同情する必要などない、理性ではそう思っているのに。


 ◆


 むすっとしたまま自室のドアをバンと開ける。

 ぴゃっと言う声と、リアムの冷めた視線に迎え入れられた。


「……あんた誰?」


 リアムの横に立っていた、癖のある茶髪をぎゅうぎゅうに三つ編みにした小柄な少女は、エリンの鋭い視線にあたふたと忙しなく顔を動かした。


「ありがたく思え。お前だけでは手が足りぬだろうと、旦那様が新たに人を雇うことをお許しになったのだ。この者と二人でこれからはアクセル様のお世話にあたるように」

「……あんたにゃ聞いてないんだけど?」


 険悪なリアムとエリンの応酬に、少女はさらにあたふたとする。そして意を決したように両手を握ると、エリンに向かってぺこりとお辞儀をした。


「シシシシ、シェラです!!よ、よろしくお願いいたしましゅ…いた…」


 そして自己紹介で盛大に噛んだ。そして、涙ぐみ、すみませんすみませんと頭を下げる。


「……あっそ」


 冷めた目で少女見やったエリンは、それ以上言葉をかけることもなく、リアムからアクセルを受け取る。用は済んだとばかりにリアムが出ていくのをちらりと見て、エリンは机に向かって顎をしゃくった。意図がつかめなかったのだろう、シェラはエリンと机を交互に見比べた。


「そこ、座んな」

「あ、はい!!」


 勢い良く返事をしたシェラは、その勢いのまま次の瞬間、べしゃッと転んだ。


「す、すみませ…!」


 鼻を打ったのだろう、涙目で顔を押さえながらシェラはよろよろと立ち上がる。

 エリンはあきれたような顔をし、床にアクセルを転がすと、自分はドカッとシェラに示した方とは反対側の椅子に座る。そして頬杖をついてじろっとシェラを見た。


「なぁ、あんた、さっきから一体何に謝ってんの?」

「え!?だ、だって、私…私…自己紹介も碌に…さっきもみっともなく転んだりして…」

「それ、あたしになんか関係ある?どっちもあんたが痛い思いしただけだろ?」

「そ…そうですが…でも、あの、見苦しくて…」

「別にあんたに目の保養は求めてないから気にすんな」


 そっけないエリンの言葉にシェラはエプロンの裾をギュッと握りシュンと俯く。


「はい、あのすみませ…」

「はぁ…だから軽々しく謝んな。相手をつけあがらせるぞ」

「はい、すみま…はい…」


 そしてぽろぽろと涙をこぼす。

 泣きだしたシェラに、げっそりとした顔をしたエリンは、深くため息を吐く。それにまた、シェラは震える。


「はぁ、まぁいいや。あたしの名前はエリン。よろしく」


 とりあえず、人手が増えるのは歓迎である。エリンはそう納得して、シェラが泣き止むのを静かに待った。

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