月と塵芥

カフか

月と塵芥

都心でそこそこ高いビルの屋上には遺書と俺が履きつぶしたスリッポンが置かれていた。

俺はここから落とされたのだ。

目が覚めたとき目の前には遠近法を使っても大きすぎる人間がいた。

「おはよう。君は瀬和木卓郎、知っているよ。惜しい人生だったね。」

目の前の大人間はゴールドの髪をわさわさ伸ばしシルクとも言えない質の白い布を体に巻いていた。

その見た目と放った言葉でおおよそ神なんだと想像がついた。

重厚な神は顎髭をつまみながらフランクに言った。

「卓郎、お前の来世の話をしなければならない。そうだな、次は野菜がいいかもしれんな。」

野菜。ハンガリー人とか犬とかじゃなくて?一瞬の決定に納得がいかず困惑していると

「自分が何をしてきたか、思い出せないわけではないだろう。」

と顔が少しこちらに近づいてきて威圧感を覚えた。

高い鼻はプレス機みたいに缶をくしゃくしゃにできそうだった。

冴えてきた頭で考えた。俺は明るくて良い奴を演じて生きてきた。

俺がここにいる今、向こうでは何故という疑問を浮かべた家族や恋人、友人がいる想像ができる。

演じてきたのではない、騙してきたのだ。

恋人一筋、ギャンブルなどに手を出す奴は虚しいと嘲る一方で、誰にも見られないよう七駅先のパチンコに足繫く通い、そのあとは決まったソープ嬢との濃密な時間を過ごしていた。

ある時は同棲している恋人にしてもないバイトに行ってくるとメッセージを送り、路地裏で中坊を恐喝していた。

写真フォルダーには気色の悪い男どもの裸体と学生証の写真を所持し、金はそこから捻出していた。

そんな生活を続けたある日いつも通りソープに向かおうとするといかにもな柄シャツで人の群を蹴散らすヤクザが俺の方へ歩いてきた。

「君が瀬和木卓郎くん?」

聞きながらも確信に近い声色に俺は身震いし、目を逸らして背中を向ける数秒で見事にワンパンされ、気づいた時には路地裏にいた。

そのヤクザたちは俺が通っているソープの裏の管理者でルール違反などがあると客を戒めるらしい。

「卓郎くんさあ指名してる子にしつこく連絡先聞いたり自分の渡したりしてたでしょ。

ご飯どう?なんつってさ。あれ、規約違反なの知らないことないよね。」

至る所を革靴に責められ視界が定まらない中、耳だけは冴えていてあのソープ嬢がこのヤクザとデキていることがわかった。違反も重なって自分がこれからどうなるのかおおよそ予想がついた。

気を失ったのか目が覚めた時にはビルの屋上で裸足だった。

来世はちゃんと大学行きなよ~と遠くから聞こえたと思ったら近くにいた別のヤクザが俺の脚を担ぎ、呆気なく柵の向こうへ放り出した。

悲鳴を出す力もなくて俺は身体を地面に落とし意識は空へ飛ばし、今ここで生まれ変わりの宣告をされている。

神は腕を組みなおし、

「スーパーの野菜売り場にお前をトマトとして並べても誰かの栄養にはならんだろうな。

毒リンゴがいいところだ。野菜はやめだ。そうだ、蟷螂にしよう。弱肉強食を一番感じる大きさだからな。」

来世は大学で勉学どころかサバイバルを強いられることになった。

だんだんと脳が冷めてきて諦めに近いがしょうがないと飲み込めそうだった。


俺は静かに頷き、ふと気になった恋人のことを聞いてみた。

「俺の恋人は来世も人間ですか。」

例え蟷螂だろうと懸命に生きていれば生まれ変わった恋人に会うことぐらいできるだろうと思った。

神は少し哀れに笑い言った。

「彼女は地球には産まれない。ここへ着いたら天上人として扱うことになるからな。」

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月と塵芥 カフか @kafca

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