第187話 暴発

「少しは落ち着いたかなー? ゴメンねーこの薬、ウチの特製でよく効くんだけど後で気分が悪くなるみたいなんだよねー」

「・・・・・・」

「あっ、霧吹きで吹き付けたから、たいした量を吸ってないと思うんだー。だから多分、後遺症にはならないと思うよー。前に間違えて飲ませちゃたヤツは、意識とり戻さないまま死んじゃったからなー、悪いことしちゃったよ。アハハ!」

 

 如何にも面白そうに笑ってから、石動の顔を覗き込みながら言う。


「でもザミエルさんにこれ以上、危害を加えるつもりはないからさー、今のところはだけどねー」

「フフッ、こんな椅子に縛りつけておいて、危害を加える気が無いと言われてもな。どこにも安心できる要素が無いんだか?」

「アハハ! そりゃそうだよねー、無理もないよ。でもザミエルさんが造る銃とやらに、ボクのボスが興味あるみたいなんだよねー。だから逃げられたら困るから、縛るしかないかなーって」


 クスクス嗤いながら美しく整った顔を近づけてくる少年(?)。


「今日はあの長い銃は持ってないのかなー?」

「買い物するのに、邪魔だから持ってないよ・・・・・・それより君は一体、誰なんだ?」

「ええーっ見たかったのになー。ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったねー。ボクは亡霊ファントムって呼ばれてるんだー、よろしくね!」


 石動は少年の名乗りを聞いた途端、予感が的中したのが分かった。

 やはり予想通り、第二皇子側の手に落ちたということか。

 しかもこいつは帝国諜報部暗部の名前持ちネームドじゃないか!

 


 

 石動は努めて冷静になろうと無理矢理心を鎮めると、ようやく部屋の中を見回す余裕ができてきた。

 

 殺風景な10畳ほどのガランとした部屋の中に、亡霊ファントムの他に三人の男たちが出入口のドア付近に立っていた。

 三人とも似たような民間人の服装をしていたが、身のこなしが兵士のそれだ、と石動は感じる。皆、腰に片手剣を帯びていて、おそらく帝国諜報部の人間なのだろう。


 部屋の中に窓はなく、石動の背後の壁は見えないが、やはり窓は無いのだろう。

 尋問や監禁用に用意された、帝国諜報部専用の家屋なのではないか、と推測された。


 部屋の中にある家具は、石動が座らせられている椅子の他に亡霊ファントムが石動の前で座っている椅子と、石動の装備が山積みされた長机が一つあるだけだ。

 その長机には、石動のマントや皮鎧、拳銃が入ったホルスター付きのベルトなどが無造作に置かれていた。

 石動が注意深く眼を凝らすと、皮鎧の下にマジックバッグがあるのが見え、内心ホッと息を吐く。


亡霊ファントムとはおっかない名前だな。そんな御方が私に何の用だい? よければそろそろ帰りたいんだがね。待っている人たちもいることだし」

「うん? それって第三皇子殿下のことかなー。それとも美人のエルフのお姉さんの方? 残念だけど、今、返してあげる訳にはいかないんだよねー。もうすぐボクのボスが来るから、直接交渉してみればいいんじゃないかな。多分、無理だと思うけどー」

「そうか・・・・・・。それなら君の話はどうだ? 名前持ちネームドと話すのは初めてなんだが、暗部には君のような人がたくさん居るのかい?」

「ボク以外の人のことは知らないなー。それにたとえ知ってても、ボクが言うはずないじゃん?」

「何故、言わないんだ? ああ、この間の宿屋襲撃で、もしかして何人か死んだのかな?」

「・・・・・・ナイショだよ、ウフフ」


 亡霊ファントムは石動の言葉に一瞬、イラっといた表情を見せた。

 しかし直ぐに微笑みを浮かべ、石動を見つめたまま、右手を上げて人差し指をクイッと曲げて背後の配下に合図する。


 二人の男が石動の装備が積まれた長机の両端を抱えてくると、亡霊ファントムの前に置き、また壁際に下がっていく。


 亡霊ファントムは長机に山と積まれた装備の中から、ホルスターを2つ装着したベルトを取り上げると、そこから無造作にSAAをホルスターから抜き出した。

「おっ! 意外と重いんだねー」

 SAAを両手で持つと、亡霊ファントムはためつすがめつ眺めながら呟く。


「ああ、そう言えばザミエルさんの護衛なのかなー、離れて見張ってた騎士のふたりは眠らせたからー」

「! 殺したのか!」

「さあ、どうだろうね・・・・・・。そんなことよりさー、これもあの長いのと同じ銃なの? ふう~ん、面白いねぇー。ボクも少し興味出てきたかもー」


石動は表情こそ変えなかったが、目の前で操作方法も知らない素人が実弾入りの銃を弄っているという状態に、内心ハラハラする。

弄っているSAAの銃口が度々自分の方を向くので、嫌がらせでわざとやっているのではないか、と疑った程だ。


 しかも用心鉄の中に指が入っていて、引き金トリガーに指が掛かったままの状態だ。


 そしてついに弄りまわしていた亡霊ファントムの指が、撃鉄ハンマーに当たった拍子にSAAのハンマーが起こされてしまった。


「あれっ? これって大丈夫? 壊れたんじゃないよねー、どうやって戻すのー?」


 亡霊ファントムがハンマーを起こしたSAAを石動に向けながら聞いてくる。

 石動は銃口が真っ直ぐ自分の目に向かっていて、亡霊ファントムの指がトリガーにかかっているのを見てとると、反射的に縛られた状態で頭を前に倒して伏せ、出来るだけ低い態勢を取った。


 石動が屈むのとほぼ同時に、亡霊ファントムが持っていたSAAのトリガーが偶然引かれ、暴発した。

 45ロングコルト+Pプラスパワーの銃弾が、一瞬前まで石動の頭があった場所を通過して天井に穴を開ける。


 ドッと汗が噴き出した石動は、死ぬすれすれまで近づいたという状況に罵声を洩らし、偶然にも弾が当たらなかった幸運を神に感謝する。


 暴発による強烈な反動で、銃口が天井を向いたSAAを握ったまま、驚いて呆然としていた亡霊ファントムが我に返ると笑い出す。


「アハハハッ! ヤバかったねー! ゴメンゴメン! 危うく殺しちゃうところだった。ボスに怒られるところだったよー。ふーん、なるほど、こうやって使うのか・・・・・・」


 笑顔で、しかも全く悪いと思っていない態度で謝ってきた亡霊ファントムは、さらにご機嫌になってSAAを余計弄りまわす。


 その時、バンッとドアが開き、5人の男たちが雪崩れ込んできた。それぞれが手に片手剣や短槍などを持っている。


「今の大きな音はなんですか?! 亡霊ファントム様、大丈夫ですか?!」

「うん、大丈夫だよー。ボクがちょっと失敗しちゃっただけー」

「それならよろしいのですが・・・・・・。亡霊ファントム様、そろそろボスがお着きになる頃です」

「わかったよー。じゃあ、お迎えに行かなきゃねー。ザミエルさん、大人しく待っててくれるー」


 亡霊ファントムはSAAをベルトのホルスターに戻すと、そのままベルトを机に戻さず、自分の肩にかけると、椅子から立ち上がって部屋のドアに向かう。


 そして一人の部員を石動の見張りに残すと、他の配下を引き連れて部屋を出ていった。


 石動は脱出のチャンスを伺いながら、先日、亜竜の革でリストバンドを造った時のことを思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る