第131話 足踏み式旋盤

 翌朝、石動イスルギが起きた時には、もうエドワルドは出立した後だった。


 宿の支配人に尋ねると、夜明け前に数人の男性と宿の前で待ち合わせて、一緒に歩いて行ったという。


 見送ろうと思っていた石動はあまりにあっけないのと、その行動にすこし引っかかるものを感じたが、傭兵ならそんなものか、と思い直す。


 朝食を済ませ、カプリュスの工房に行くと、すでに作業室でカプリュスとラビスが待っていた。

 

「とりあえず2種類、合金の割合を変えて造ってみたぞ。ワシとしては良いものが出来た自信があるんだがな」


 弾薬が出来た翌日、満面の笑みを浮かべたカプリュスが、ラビスが引く台車に鋼材を載せてやってきた。


「ありがとうございます。早速、拝見しますね」

「おおっ、いいぞ。じっくり見てくれ!」


 台車には長さ2メートル程のインゴットが長くなったような形のものと、縦2メートル横1メートルの長方形をした厚板がいくつも積まれていた。

 試しに持ち上げようとしてみたが、あまりに重すぎて、石動の力では無理だ。

 そこで持つことは諦めて、じっと見つめると「クロムモリブデン鋼:ニッケル」という言葉が頭に浮かんでくる。


「(2種類って、言ってたな・・・・・・)」

 

 石動が視線を鋼材にさまよわせ見比べていると、見た目は同じだが下の方の鋼材に視線を合わせた時、「クロムモリブデン鋼:ニッケル・バナジウム」という言葉が頭の中に浮かぶ。


「なるほど、こちらとこちらの鋼材で合金の配合が違うんですね」

「さすがはザミエル殿! 見ただけで判別するとは恐れ入った! ワシらでも分からん奴は居るというのにな!」

 

 石動の言葉に、カプリュスは驚いたように目を見張る。その横でラビスも眼をキラキラさせて石動を見上げていた。

 いささか、くすぐったい気持ちになった石動は照れ隠しに、ことさらキリっと顔を上げてふたりに言う。


「では銃を造る作業に取り掛かろうと思います。今から手順をお教えしますので、準備をお願いします」

「了解した! ラビス、お前も良いな!」

「ハイッ、親方!」


 石動は鉄砲鍛冶をカプリュスにも一から手伝ってもらうことで、自分の銃を造りつつシャープスライフルの作り方を教えるのを兼ねようと考えていた。

 鋼材の状態もわかったし、弾薬の準備もできているので、あとは鋼材を加工して銃を造るだけだ。 


 まずは教材用のシャープスライフルを見本として、分解し部品を並べた。

 それから一つ一つの部品の組み合わせや働きなどを実際に示して、真剣に石動の手元を見つめるカプリュスとラビスに教える。 


 この世界には一般的に工業機械はないので、ドワーフ達のような鍛冶師が金属器の製造も手作業で金属から削り出しておこなう。


 こういった削り出しや焼入れなどの職人技がどれだけ早く綺麗に出来るかが、ドワーフ達の腕の差になるのだ。


 削り出して部品を造ると聞いたカプリュス達は、早速たがねやハンマーに金属やすりを取り出そうとした。それを見た石動は、カプリュス達を止め、足踏み旋盤を使うと説明する。


 足踏み旋盤の金属切削用バイトは、エルフの郷の親方がサーベルベアの爪を加工した特製品なので、クロムモリブデン鋼でも問題なく削れるだろう。


「なんだこれは!! ザミエル殿! センバンと言ったか、これは革命的なシロモノだぞっ!」

「スゴイです! あっという間に金属が削られて、まるで魔法みたいだ!」


 金属加工に関してはドワーフの中でもトップクラスに君臨するカプリュスが、石動が持ち込んだ足踏み式の旋盤に食いついた。カプリュスとラビスの興奮度合いが石動の想像以上に凄い。

 そこからふたりで興味津々のあまり、石動を質問攻めにする。


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