第72話 街道

 翌朝、石動イスルギとロサは宿でゆっくりと朝食を食べてからチェックアウトし、宿を出て本日の目的であるダークエルフの国「サントアリオス」を目指して歩き出した。


 結局今までのところ、「海鳥亭」まで治安当局から石動達への問い合わせを含めたアプローチは無かった。

 良かったのだろうか? と思わないではなかったが、こちらは被害者なのだし何も無いならそれで良いか、と考え直す。

 

 既に町は商店が開いていて、呼び込みの声が姦しい。

 今、橋を渡ってきたと思しき人通りも多く、物珍しげにキョロキョロしている姿は昨日の自分たちを見ている様だった。


 街の外れの北側の城門を出ると、そこはサントアリオス方面へ向かう街道に直結しており、道なりにいけば着くはずだ。


 ブエンテラ領主国では、街を起点に何本かの街道が伸びている。

 街道とは名ばかりで、街の外では未舗装の道路だし、荷馬車がよく通るので轍も深く土埃も盛大に立つ。

 歩道なんてものはないので、道の端を歩くしかない。

 

 ブエンテラ領主国を出てしばらくは丘陵地帯の中を街道が走っていたが、歩いていくとやがて黒々とした森が見えてくる。

 サガラド河を挟んでエルフの森と対を成す深い森だ。


 エルフの森とは若干、植生が違うようだが、それでも巨木が立ち並び、森の中に入ると街道を歩いていても昼なお薄暗く感じる程だ。何となく道も狭くなったような気がするのは圧迫感のせいか。

 こんな森を開墾し、立派に街道が続いているさまを見て、石動は先達の苦労が偲ばざるを得ない。


 森の中に入ると、荷馬車の往来も少なくなり、人影もまばらになってくる。

 ロサは明らかに森の中に入ってから機嫌がよく、歩く姿に生気が満ちた感じになっている。

 張り切って歩くロサを微笑ましく見ていた石動に、フードの中から這い出てきた栗鼠姿のラタトスクが、念話で話しかけてきた。


『ねえ、気付いてる? つけられてるよ』

「(!! 何人だ?)」

『四人、いや三人かな・・・・・・。森に入ってからは気配を消したつもりなんだろうけど、殺意が漏れててバレバレだね」

「(てことは襲ってくるつもりか・・・・・・。何処か迎え撃つのに良い場所はある? 目撃者が居ないようなところが良いな)」

『そこの大きな木を過ぎたら右手に獣道があるから入って。百メートルも歩くと好都合な場所があるよ。少しくらい暴れても街道からは分からないと思う』

「(了解、ありがとう)」


 石動は獣道が目に入ると、前を歩くロサに声をかけた。

「ロサ、ちょっと休憩しないか? 実はトイレが無いからずっと我慢してたんだけどそろそろ限界で・・・・・・」

 ロサはちょっと驚いたように振り返って、少し前かがみになって前を押さえる演技をする石動を見た。

 少し頬を赤らめて、ロサは口を尖らせて言う。

「仕方ないわね。ここで待っててあげるから、さっさと用を足してきなさい」

「いや、道から見えると嫌だから、森の中に入ってするよ。ロサもついてきて」

 石動は少し強引にロサの手を掴むと獣道に入っていく。

「ええええッ! 人の生理現象を覗く趣味はないんですけどぉ~!」

 ロサは石動に手を引かれながら叫んだ。


 足早に獣道を歩きながら、石動はロサに小声で囁くように前を向いたままで話しかける。

「ロサ、どうやらつけられているらしい。殺気が漏れてるから、襲うつもりの様だ。だからこの先で迎え討とうと思う」

「・・・・・・分かった。聞きたいことは沢山あるけど後にするわ」


 突然、獣道が途切れて樹木がまばらになった場所に出た。

 そこは猪の様な大型獣のヌタ場になっているのか、草が薙ぎ倒され、彼方此方で地面が露出している。周りに生えている樹々にも獣の仕業と思しき爪痕が多数あった。


「ロサは正面のあのデカい樹に登って、弓矢でバックアップしてくれ」

「了解。ツトムはどうするの?」

 石動は不敵にニヤリと笑うと言った。

「こんな所まで追いかけて来てくれるような、熱心なお客さんは歓迎してあげないと、ね?」

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