第64話 我が名はザミエル
ロサに追い縋ろうとして涙を流すアクィラの事は、騎士団長が羽交い絞めにして抑えてくれていた。
「ねえ、ロサ。本当に一緒に郷を出て良かったの? 自分の旅の一番の目的は素材探しだし、そんなに楽しいものでもないから・・・・・・」
隣を歩くロサに石動は遠慮がちに問いかけてみる。
「ううん、私も森から出る事なんて無いし、ツトムと似たようなものだけど、この世界の常識なら知ってるわ。だからツトムの助けになると思うし、背中を守る人が居たほうが安心じゃない?」
ロサはツトムに向き合い、笑顔で答える。
『知識なら私が教えるつもりだったんだけどな』
突然、ツトムの頭の中にラタトスクの声がした。
「えっ、ラタトスク?」
「ん? ツトムどうしたの」
急に周りをキョロキョロと見渡し始めた石動を見て、ロサが心配そうに覗き込む。
そしてパッと気が付いた表情で叫ぶ。
「キャアア! 可愛いいいっ! どうしたの、その子!」
何時の間にか石動のマントのフードの中に居て、そこから顔を出したのは白い毛玉の様な栗鼠だった。チョロッと這い出て石動の肩に座る。
栗鼠としては標準的な大きさだが、毛皮は尻尾まで全体的に白く、頭から背中にかけて数本の金色の筋が走っていた。
『前に私に"何故?"と聞いたことがあったよね』
「ああ、覚えてる」
『私が見たいからさ。ツトムが銃を広めていくとどうなるのか。ツトムの冒険は面白そうだからね。特等席で見られるように私の分体を旅の供に付けてあげるよ。私の能力は一通り持ってるから、アドバイスも出来るだろう』
「マジか・・・・・・。ひょっとして魔法も使える?」
『使えない事は無いが、分体を通じてだから余り宛てにしないで欲しいかな』
「分かった。ロサにも教えていいか?」
『仕方ないね。分体を食べられても困るしね』
「そんな心配は要らなそうだけどな・・・・・・」
触ってモフモフしたくて仕方ない様子のロサに、これは世界樹の使いだと伝えると大層驚き、そして暗い顔になって「世界樹様の知識があれば、私、要らなかったのでは・・・・・・」と呟き始めたので、石動は機嫌を直してもらうのが大変だった。
そしてやはり、ラタトスクの声は石動にしか聞こえてないらしい。
『ツトム、旅をするなら名前を考えた方が良いぞ。イスルギというのは余りに渡り人っぽいから、王族とか知識のあるものにはバレるかもしれない。ツトムくらいなら良いかもしれんが、お勧めは出来ないな』
「うん、それは考えてた。私が"魔弾の射手"と呼ばれていると聞いてから思いついたんだ。私の世界で魔弾の射手と言えばカール・ウェーバーが作曲した有名な
それかそのオペラの中で主人公の猟師に魔弾の作り方を教える悪魔が出てくる。その名がザミエルなんだが、何とも私にふさわしい名前だとは思わないか?」
『平民は名前のみ、家名持ちはそれなりの家柄の者と解釈されるはずだよ。必要に応じて使い分ければ良いと思う。それにしても、悪魔の名前か・・・・・・。自覚はあるんだね』
「そりゃね。銃を使えば誰でも魔物を殺せるようになるけど、それは平民が騎士や王様を撃ち殺すことも可能になるという事だろ。戦争が変わるし、それは私の世界で既に証明されていることだ。私が銃を造り発展させれば、血が沢山流れるのは間違いない」
石動は遠くに微かに見える山脈を見つめながら、改めて心に思う。
「それでも私は銃を造るだろうね。そしてどんどん改良してより威力のある、殺傷能力の高いものを造っていくに違いない。もしそれが気に入らないなら、呼んだ奴が私を呼んだのは間違いだったと、元の世界に戻せばいいんじゃないかな?」
『・・・・・・』
肩に乗っているラタトスクの頭を指で撫でながら、石動は呟く。
「そう、今日から私の名は"ザミエル"だ」
<第一部 了>
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