第21話 課題
しかしこの雷管が最大の難関と言って良いほど難しい。
雷管とは、カートリッジの底の真ん中にはめ込まれた小さな筒のようなものだ。
これを叩くことで雷管の内部で爆発が起こり、それが薬莢の底にあけた穴を通じて発射薬を点火することで、その燃焼圧力によって弾頭が発射される。
つまり、雷管とは真鍮や銅で出来た小さな筒や皿のような形をしたものの中に数ミリグラムの衝撃に敏感な起爆薬を詰めているものなのだ。
薬莢の中の発射薬が燃焼することで弾頭を発射するエネルギーを生じるのに対し、雷管は衝撃によって爆轟を発生させるものであり、少量でも非常に発火圧力が高い特徴がある。
それを安全に取り扱えるように、雷管の中身は取り扱いの難しい火薬ではなく、化学物質を調合するのが普通だ。
前世界だと初期の雷管は雷酸水銀やアジ化鉛などを主に使用し、後にはトリシネートや硝酸バリウムなどを使用している。
つまり、雷管を完全再現するには
現在の石動の錬金術レベルは2になったばかりで、スキルで調合したくとも素材を集めないと始まらないし、その素材がこの世界の何処に行けばあるのかすらわからない。
要するに現状での雷管の完全再現と製造は"困難"としか言えないのだ。
その上、銃身の素材やライフリング切削工具でも試行錯誤中であった。
火縄銃の様な丸い弾頭は、エアガンのBB弾と一緒で弾道が安定せず近距離でしか当たらない。
スナイパーであり精度を求める石動としては、ちゃんと椎の実型の弾頭をライフリングで回転させ、安定した弾道で飛ばすことにより正確な遠距離射撃がしたい。
その為、銃身にライフリングを刻むべくライフリングマシンを再現しようと試しているのだが、これがまた難しい。
現在再現可能な炭素鋼製の銃身に、精密な溝を切削するために必要な硬度の高い鉄を合金することや、電動工具の無いこの世界では完全なライフリングがなかなか上手く再現できないのも悩みの種だった。
当初、石動は前世界で旋盤を使用した加工に慣れていたため、ブローチという切削器具を再現したブローチ盤というものを使って内部を削ることでライフリングを加工しようと考えた。
しかし、原始的な旋盤しか再現できず諦める。これはもっと大規模な動力と機械が製作できるようにならないと難しいと痛感する。
冷間鍛造のハンマーフォージング製法でのライフリング加工などはもっと技術が必要なので、初手から諦めていた。
そこで一番初歩的な一本づつ螺旋を刻むフックカッティングという手法を試してみる。
参考としたのは1800年代のアメリカで造られた「Robbins & Lawrence ライフリングマシン」という手動で銃身内に「フック」と呼ばれるカッターを通し、一本づつライフリングを刻む機械だった。
何とか苦労してライフリングマシンは作り上げることが出来、早速作動させてみるも、肝心のフックの硬度が足りないため銃身内を切削できず、暗礁に乗り上げてしまう。
現在試している鋼材ではライフリングを切削する刃が銃身の途中で金属同士が熱で癒着し止まってしまい、彫り進めなくなるなどの問題が発生して行き詰っていたのだ。
石動はいっそのこと銃身の鋼材を見直して、ライフルほど火薬量が多くなく高圧に晒されない散弾銃程度の鋼材の硬度とすることで切削し易くするべきか、と威力を落としても妥協することを検討しているところだった。
ライフリングが銃身の半分だけ入ったハーフライフルを作り、スラッグ弾にしてライフルドショットガンのようにすることで安定させる方が賢明か? とも考え込む。
「(・・・・いや、使用するのは今のところ黒色火薬なんだから無煙火薬ほど圧も高くないし銃身にそこまでの強度は必要ないんだよね・・・・・・。前世界で銃身に使用されるクロムモリブデン鋼が炭素の他にマンガン・クロム・ニッケル・モリブデンなどの合金元素を適量添加したものとは知っているけど、どうやったら素材を入手して添加すれば再現できるのか今の自分には見当も付かないし・・・・・・。やっぱりもう少し銃身の硬度を下げてライフリング・ドリルの硬度を上げて切削してみようかな。でも散弾銃となるとやはり金属薬莢に雷管が欲しいし。パーカッション式でやるなら弾頭に回転させる溝を刻んだライフルドスラグならできそうだけど・・・・・・。でもそれでは射程距離が短いし精度も落ちるしな~。う~ん、やっぱもっと自分の鍛冶と錬金レベルを上げないと難しいか・・・・・・)」
集中して作業していると時間が経つのも早いもので、気が付いたら日もすっかり落ちていた。
石動が慌てて道具を片付けていると、親方は既に片付け終わってパイプ煙草に火を着けて寛いでいる。
「ツトム、もういいのか? だいぶ行き詰っていたようだが、何か手伝えることがあれは言ってくれよ」
「ありがとうございます、親方。前回も手伝ってもらった銃身の穴に、溝を掘る作業が旨くいかなくて・・・・」
親方は顔を顰め、タバコの煙を吐き出す。
「ああ、あれは相談されたのに役に立てなかったな。いい方法がないか、儂ももう一度考えてみよう」
「助かります。では、今日もお世話になりました」
「明日は訓練所だったっけ? 怪我せんよう気を付けてな」
「ハイ、ではまた明後日に。失礼します!」
親方に一礼して挨拶し鍛冶場を後にした石動は、神殿へと歩き出す。
「ヤバイ、夕食の時間に間に合うかな。遅れると巫女さんに叱られるんだよな」
携帯の時間を見て少し焦り始め、夕暮れの雑踏の中を駆け足で走り出すのだった。
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