2022 08 12
猛暑と豪雨とコロナで日本列島が悲鳴を上げているこの頃ですが、皆様にはお変わりございませんか?
今回は、先週の続きです。広島の原爆の当時の父親でしたが、父親の話が断片でしたのでよく分かりませんでした。親父は「朝から晩までハンダ付けだった」と言ってましたが、軍需工場といっても、軍服とか弾丸とかじゃなくて何かの電気部品ではないかと思います。山口県から女学生を勤労動員で連れて来たと言ってますけど、岡山にも女学生はいたはずで、わざわざ山口県から連れて行くというのはどういう事か。それも、山口県の女学生を選抜したような頭の良い子供たちだったと言ってました。さらに、工場の責任者が大学の教授とは。
昔の話なんで関心も無く、放っておいたのですが、父親が亡くなって遺品整理の時に出て来たのが、ロケットの本や資料でした。分かりました。父親が勤労動員で岡山の工場に居たのは、おそらく、ロケットの研究施設か工場だったと思います。それも、秘密の施設で、周囲に知られないような処だったのか。
親父は、広島に帰ってからは、いわゆる闇市の業者になったそうです。学校は廃墟になり、先生も学生もありません。一年半ぐらいは講義も何もありませんでした。学生としても住処も食って行くのは闇市業者しかないのです。しかし、親父は、これが性に合ってたんですね。その頃の話はよくしてました。終戦後二年には闇屋も学校も卒業が待ってました。その前に大学の卒業論文がありましたが、全く提出しませんでした。普通は、他の教授は卒業論文は無くてもよかったのですが、担当の教授は「駄目だ」という事で一切卒業はできません。「どうにかなりませんか」と言っても、堅物の教授で「帰った、帰った」の一言。困った挙句、闇市のアメリカ兵から仕入れた手土産のウィスキーを持って、また参上したのですが、堅物の教授「こ・こ・これは……ジョ・ジョ・ジョニ黒やないか(ジョニーウォーカーブラック)」と叫び、ボトルに頬付けして卒業は無事終了したそうです。
ええ加減な時代でしたという事です。
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