04
(マリアンヌ視点)
私は図書館へと向かった。
受付を横切り、返却席に座るカイン先生と一瞬視線を合わせる。
――二週間振りに先生の顔を見て、心がじんわりと温かくなるのを感じた。
これが恋心というものだと気付いたのはいつだったろう。
始めはささやかな会話だった。
それが幾度も重なるうちに……この人は私を見てくれているのだという安心感を覚えるようになった。
そう感じるのは、お祖母様と先生だけで。
それに気づいた時、先生は私にとって特別な人になったのだ。
「マリアンヌ様」
閲覧室の奥で適当な本を読むともなく眺めていると声が聞こえた。
顔を上げると青い瞳が細められる。
「久しぶりですね、ここでお会いするのも」
「……そうですわね」
黒猫姿だった時とは異なる改まった口調に、今の私たちの立場の違いを改めて認識して少し寂しくなった。
この場所はあまり読まれることのない、資料的な本が並ぶ書架の側にあり、人気も少なく先生と会うにはちょうど良い場所だった。
とは言っても仕事中の先生と長い時間一緒に過ごせるはずもなく、少し会話を交わすくらいだったけれど……それでも私にとっては幸せな時間だった。
「ところで、セレストの気配がないのですが。どこかに行っているのですか」
「ああ……カミーユに取られました」
私はため息をついた。
「カミーユ? ……ご親戚の?」
「ええ。彼もお祖母様っ子なので……すぐバレてしまいましたわ。それで他の者に秘密にする代わりに一晩貸すようにと」
「そうですか。まあ、いざとなれば呼び戻せますが……」
そう言って、カイン先生は私が眺めていた本の隣に小さな包みを置いた。
「これは?」
「前に赤いリボンを巻いているのを見て、そういえば何も贈り物をしたことがなかったなと」
「贈り物……」
包みを開くと、中からブレスレットが出てきた。
「まあ、猫!」
金の鎖に猫の飾りがついたそれは、とても可愛らしいものだった。
「誂え物でもないし、侯爵令嬢が付けるような品質のものではないのですが……」
少し恥ずかしそうに、視線を逸らせながら先生は言った。
「いいえ、とても嬉しいですわ」
街にあるお店で、私のために探してくれたのだろう。
しかも猫の飾りがついたものを。
おそらく、猫として先生と一緒に過ごした時間の思い出の形としてこのブレスレットを選んでくれたのだろう、その気持ちが嬉しかった。
ブレスレットを手に巻こうとすると、先生が金具を止めてくれた。
腕を動かすと猫が揺れて、本当に可愛らしい。
「このブレスレットにも守護の術をかけてあります。……その、しばらく会えないので代わりというか」
「――ありがとうございます」
私は視線をブレスレットから先生へと移した。
「ようやく後任も決まりました」
先生は私を見つめて言った。
「引き継ぎが終わり次第、向こうへ行きます」
「……そうですか」
先生は先に一人でミジャン王国へ行く。
そこで色々と……先生にしかできない仕事をするそうだ。
「どうか、お気をつけて」
「はい。マリアンヌ様も」
視線を合わせ、笑みを交わすと私は立ち上がった。
「それでは失礼いたしますわ」
「マリアンヌ」
離れようとした私の手を、先生の手が掴んだ。
「君を迎えるのにふさわしい地位と力を手に入れるから。それまで待っていてくれ」
「――はい。楽しみにしています」
ちゃんと笑えているだろうか。
先生の顔が少し滲んで見えた。
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