02

(マリアンヌ視点)


「留学して、それからどうするんです?」

「一年くらい経ったらカイン先生と婚約するのよ。その頃までには色々片付くだろうからって」

 シャルロットの問いにお祖母様が答える。

「片付くって……」

「アドリアン殿下が王太子になるんですって。そのために先生の力が必要なのよ」


「リリアン様」

 はあ、とシャルロットはため息をついた。

「あっけらかんと言ってますけど。それって何をするとか理解して……るんですよね」

「そうね、具体的なことまでは知らないけれど」

「マリアンヌ様もですか?」

「ええ」

 シャルロットが何を言いたいのか察して私は頷いた。


「それって……受け入れられるものなんですか」

「――王家の、しかも他国のことよ。そういうものと受け入れるしかないわ」


 カイン先生がミジャン王国の黒魔術師の血を継いでいることは聞いていた。

 黒魔術師というのは王家に忠誠を誓うために多くの制約を受けているらしい。

 それらを全て破り、国を出た先生のお母様はその代償として五十歳で亡くなってしまったという。


 その制約を一切受けていないのがカイン先生だ。

 そしてその力を、先生の従兄弟でもあるアドリアン殿下が欲している。

 兄たちを退け、自身が王太子となるために。

 先生の力をどう使うか、私は聞かされていないが……それは人には言えないものなのだろう。


 殿下たちに協力する代わりに、私と結婚するのに問題ないよう先生には王国での身分を与えてくれるという。

 先生が危険な目にあうのは嫌だけれど……それは私が口を出すことではない。


 他国の王家の事情に口出しできる立場ではないし、先生が……私と結婚するためにその取引を受け入れるといったのだ。

 私もそれを受け入れ、彼についていくだけだ。


 ちなみに先生のことはまだ両親には話していない。

 ――留学先で運命の再会をして愛を育んだことにすればいいわと言ったのは、文芸書好きなお祖母様だ。



「貴族ってやっぱり大変ですね」

 シャルロットはそう言うと、お祖母様を見て首を傾げた。

「それで、リリアン様はどうするんです」

「私もマリアンヌと一緒にミジャン王国へ行くわ。可愛い孫娘を一人にできないもの」

 そう答えてお祖母様は胸を張った。

「マリアンヌは私が守るわ」


「……多分、守られる側ですよね」

「ええ」

 ポツリと呟いたシャルロットに頷いた。

「まあ、ひどいわ。私あなたたちよりずっと大人なのに」

「だから年齢は関係ありませんから。それで、ずっとその猫の姿のままなんですか?」

「いいえ。セベリノさんが、適当な身体を見繕ってくれるそうよ」

「身体を見繕う……?」

「王太子になるのと同時に、不正をしている家の粛清も進めるのですって。で、処刑される家の中にはほど良い年齢の女性もいるだろうからって」


「うわぁ」

 シャルロットが明らかに引いている。

 私もその話を聞いた時は、さすがにそれはどうかと思った。

 孫の私ならともかく赤の他人、しかも罪人の娘として生きていくことになるのではと問うと「見た目は変えられますし、私と結婚すれば身分は保証されます」とあの黒魔術師は言っていた。

 ――黒魔術師はお祖母様と結婚するために、わざと罪人の身体を勧めているのではないかと私は疑っている。

 目的のためならば手段を選ばなそうだもの。

 けれど純真なお祖母様は、なぜかいい人だと信じて疑っていない。



「……あの、リリアン様はそれでいいのですか?」

 シャルロットが尋ねる。

「そうねえ」

 黒猫が可愛らしく首を傾げる。

「私はもう二回生き返ったのだし。今度はまた別の生き方があると思うと少し楽しみだわ」


「二回?」

 お祖母様の言葉に私も首を傾げた。

「あのね、マリアンヌ。私の秘密を教えてあげるわ。私、リリアンとして生まれる前に別の人間として生きていたことがあるの」

「え……?」

「こことはずっと遠い遠い国で生きていたの。そこでは二十歳くらいで死んでしまって、次はリリアンとして、子供や孫に恵まれて幸せだったけれど、自由がなかったのが心残りだったわ。だから今度は自由に生きてみたいの」

「お祖母様……」

 突然の告白に私は目を見開いた。


 生まれ変わるというのはよく分からないけれど……お祖母様に自由がなかったのは私も知っている。

 お祖父様や家族に深く愛されていたけれど、その分彼らはお祖母様を守ろうとして行動を制限していたのだ。

 この、庇護欲をそそる外見だけれど中身は奔放な性格のお祖母様が、本の中でも特に冒険小説を好んでいたのは、自由を望んでいた心を満たすためだったことも。


「もっとリリアンの望みを叶えてやればよかった」

 お祖母様が亡くなったあと、蔵書を整理しながらお祖父様が呟いた背中がとても寂しく見えたのを思い出した。



「シャルロット、この身体ってすごいのよ」

 お祖母様はシャルロットを見上げた。

「好きな場所に行かれるし、どれだけ走っても疲れないの。こっそりシャルロットのお店にも行ったのよ」

「え、そうなんですか!?」

「猫だから買い物はできないけれど。でも自分の行きたい場所に自由に行かれるのって、とても楽しいわ」

 長いしっぽが嬉しそうにゆらゆらと揺れる。


「でもやっぱり、人間の姿で自由に外を歩きたいから……。セベリノさんは私の意志を尊重してくれるから。だから私はマリアンヌと一緒にミジャンへ行こうと思うの」

「……そうですか」

「でもね、心残りがあって。シャルロットが将来開くお店のお菓子が食べられないじゃない」

「ああ、そうですね……」

「だからお店を大きくして、ミジャンに支店を出して欲しいわ」


「は……え?」

 シャルロットは目を見開いた。

「いや、支店って……国外にお店を出すのって相当ですよ!?」

「でもお菓子屋チートするのでしょう、それくらいできるはずよ」


「はあ……確かにチートならそれくらいやらないとですね」

「チート」が何か分からないけれど、シャルロットは納得したように頷いた。

「分かりました、美味しいお菓子を沢山生み出して、リリアン様が毎日食べられるように頑張ります」

「ふふ、楽しみにしているわ」

 しっぽを揺らしながらお祖母様が答えた。

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