06

「リリアン! 会いたかったわ!」

 相変わらず六十代とは思えない力で、会うなりローズモンドは私を抱きしめてきた。


「お祖母様! アンは僕の……」

「あなたは毎日のように学園で会っているのでしょう」

 ローズモンドは後から駆け寄ってきた殿下を振り返った。

「休みに入ってからの五日間は会えていません!」

「私はもっと会えなかったのよ」


 この二人……見た目だけでなく中身も似ているのね。

 同じような表情で睨み合うローズモンドと殿下に、私は内心そっとため息をついた。



 三日後に控える新年のパーティーで着るドレスの衣装合わせのため、私は王宮へやってきた。

 社交は控えているけれど、国王主催で開かれるこのパーティーは殿下の婚約者として出席しないとならないのだ。

 殿下の衣装と合わせるため、ドレスや宝飾品は王家で用意する。

 そのための最終確認を行うのだ。


「リリアン、新しい生活には慣れた?」

「ええ」

「街へは行ったのかしら」

「そうだわ、お土産があるの」

 家から連れてきた侍女が手にしている袋を示す。

「昨日街へ行った時に買ってきたの、人気のお菓子なんですって」

「まあ、素敵。嬉しいわ」


「昨日? 街へ行った……?」

 殿下が目を見開いた。

「まさか一人で?」

「カミーユが来たんです。それで本屋へ連れて行ってくれて……」

「カミーユと!?」

 殿下はローズモンドの腕の中にいた私の手を取ると自分へと引き寄せた。


「何であいつと! 僕が一緒に行くと言っただろう」

「急なことでしたので……」

 久しぶりに読んだ冒険物語が面白くて、図書館で借りた本はあっという間に読み終えてしまった。

 昨日カミーユが来た時に、まだ読み足りないと言ったら「では本屋に行きましょう」と連れていってくれたのだ。

 本屋へ行って何冊も選んで、その後貴族御用達という素敵な内装の菓子店で美味しいお菓子とお茶を頂いて、今日のお土産を買って……久しぶりの街はとても楽しかった。


「だからって……どうしてあいつと。それに勝手に街へ行くなんて」

「フレデリク」

 ローズモンドが窘めるような声を出した。

「あなたもリリアンも、それぞれの生活があるのよ。リリアンの行動を全てあなたが制限できるわけないでしょう」

「ですが」

「あなたはもっと王子としての自覚と振る舞いを覚えなさい」

 優しさと厳しさを含んだ眼差しで、ローズモンドは殿下を見つめてそう言った。



「フレデリクがごめんなさいね、あの子独占欲が強いみたいで……」

 私がドレスを着付けられていくのを見つめながらローズモンドが言った。

「いいえ」

「下の子だからどうしても甘やかされて育ってしまったのよね」

 長男は未来の後継として厳しく育てられる。

 その反動なのか、次男や三男へは甘くなるのは王家でもあることなのだろう。

 私も……次男のショーイには甘くなりがちだったと思う。


「そうね、でも大丈夫よ」

「――ところでリリアン。あなたまた甘いものばかり食べていない?」

 侍女たちがドレスの背中を閉じるのに苦戦しているのを見て、ため息まじりにローズモンドが言った。


「確か三ヶ月前に採寸したのよね」

「う……」

「健康な身体になって、食べたくなるのは分かるけれど。体型維持は大事だと前から言っていたわよね」

「……最近は野菜も食べるようにしているわ」


 死ぬ何年も前から病気で食欲も減ってしまい、味気ない食生活がずっと続いていた。

 この身体に入って好きなものを美味しく食べられるようになって……さらにシャルロットや殿下がよくパンやお菓子をくれるのだ。

 どうしても食べてしまうのは仕方ないと思うの。


 確かに最近ウエストがキツくなっていたのを感じていたし、これは私ではなくマリアンヌの身体なのだからと気をつけるようにはしていたのだけれど。

 ……といいながら、昨日は甘いもの好きなカミーユと二人で四個の……。


「とりあえず今回はドレスを直すけれど。おやつ制限と運動が必要よ」

「……でもこれくらいがちょうど良くないかしら」

 鏡に映る、無事にドレスに収まった身体を見る。

 決して太った訳ではない。

 元のマリアンヌが細すぎるのだ。

「むしろもう少しくらい太い方が健康的に……」

「その考えが甘いの! あなた油断するとすぐ太るでしょう」

 ぴっ、とローズモンドに指をさされる。

 ひどい……。



「失礼いたします、殿下が待ちきれないご様子なのですが……」

 部屋に入ってきた侍女がおずおずと申し出た。

「まったくあの子は。ドレスは着たから大丈夫よ」

「アン!」

 侍女の後ろで待ち構えていたのだろう、ローズモンドが言い終えるなり殿下が飛び込んできた。


「……綺麗だ」

 私を見るなりその緑色の瞳が輝いた。


 白地に緑と金糸で刺繍をほどこした正装姿の殿下はいつもより凛々しく見えた。

 その殿下に合わせて、私の緑地のドレスには白と金糸で刺繍が施されている。

 王家の紋章にちなんだ紋様が散りばめられた、お揃いの衣装の二人が並ぶと……うん、絵になるわ。


「ネックレスは……これがいいかしらね」

 いくつも並べられた中から、ローズモンドが選んだのは金細工をふんだんに使い中央に大きなエメラルドが嵌め込まれたものだった。


「……どうしてお祖母様が選ぶんですか」

 やや不満そうに殿下が言った。

「あら、だっていつもリリアンのアクセサリーは私が選んでいたのよ、ねえ」

「ええ、ローズモンドの見立てに間違いはないもの」

 私はどうしても好きなものを選びたくなってしまう。

 けれどローズモンドは、ドレスと私のバランスを見て、一番綺麗に見えるアクセサリーを選んでくれるのだ。

 王妃になってからも、大事な夜会の時はローズモンドに選んでもらっていた。


「リリアンには何が似合うか、きっと私が一番知っているわ」

 笑顔でそう言うローズモンドとは対照的に、殿下はますますその表情を暗くしていった。

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