白銀の戦士

Pon Almaneenos

序章

死に別れ

 心地よい夜風が、傷んだレースのカーテンをなびかせていた。

 窓辺に立つ青年は、濃紺色の戦闘服を身にまとい、月明かりに照らされながら、無人となった辺境の街を見下ろしている。

 彼の戦闘服は汚れやくたびれがなく、まるで新品のようであった。

「終わったぞ、ポン」

 ポンと呼ばれた青年は、景色を見つめる間に自分の名を呼んだ青年が、廃墟の三階にあるダンスホールに入ってくるのに気付いた。

「──あぁ、そうだな」

 静まり返った街を背に、グランドピアノに寄りかかるポンは、振り返ることなく静かに答えた。

「怪我はどうだ?」

 部屋に入ってきた青年は、窓辺に立つポンに近づき、何か話題を見つけようと質問した。そこでポンは振り返り、自身の胸元を開いて中を見せた。

「まともに最後までやれるくらいには治ってきているよ」

 彼の胸元には、血の染みた包帯が巻かれており、傷口が完全に塞がっていないことが一目瞭然だった
 二人の会話が一時的に途切れた後、部屋に入ってきた青年は真剣な表情でポンに問いかけた。

「──お前、本当にやるのか?」

 ポンは再び街を見つめながら、静かに答えた。

「ああ、やるよ」

 その答えに、彼は不満そうな表情を浮かべた。

「他にもっといい方法があるだろう!お前がここに残る必要なんか──」

「西村!」

 ポンは抑えていた感情を吐き出すかのように叫んだ。

「俺だって、お前たちと一緒に行きたいさ」

「だったら……!」

「でも、誰かがやらなければならないんだ!」

 ポンは窓辺の壁を拳で叩いた。彼の表情は怒りや涙ではなく、ただ厳しいものだった。

「全員で逃げれば必ず追いつかれる。だから誰かが足止めしなければならない。お前だって分かっているはずだ。俺の死を望んでいる奴は沢山いる。何故かは知らないが敵が多いからな。お前はちがうだろ? 西村」

 西村と呼ばれる青年は自分でも理解している現実を突きつけられ、黙ったまま少し俯いた。

「俺はここで敵を足止めする。上手く行けば根絶やしにできるかもしれない。だからやらせてくれ」

 ポンはふと思い出したかのように西村の方を振り返った。

「そうだ、こいつを渡しておこう」

 ポンはチェストホルスターを取り外し、刀帯ソードベルトの右側に吊り下げられたホルスターから黒いシングルアクションリボルバー取り出して外したチェストホルスターと共に西村に手渡した。

「これは……」

 ホルスターの中にはよく手入れされたM1911ガバメントが納まっている。

「これはレミントンM1858ニューモデルアーミーのニューモデルシングルアクションベルトリボルバーだ。兄さんから貰ったものだ。元はと言えば祖父のものなんだけどな」

「でもこれは大切な物なんじゃ──」

「だからこそ持って行って欲しいんだ」

 そう言いながらポンは西村が手にしているホルスターをそっと押し返した。

「ちなみに、これはただのニューモデルアーミーじゃないぞ?こいは特注品なんだが口径が44口径で一応.44マグナム弾も撃てるようになっているが、今入っているのは.44ウィンチェスター弾だ。それからこれも持っていけ」

 西村がリボルバーをベルトに差し込み、チェストホルスターを装着している最中、ポンはさらにベルトから大小二つの弾薬ポーチを取り外し西村に手渡した。

「これは?」

「予備のシリンダーと弾薬だ」

 そう言うとポンは再び街の方を眺めだした。

「リーナとエリシアは?」

「二人で仲良く寝ているよ」

「そうか。西村、この事は二人には言ってないよな」

 レッグホルスターを装着していた西村は屈んだままピタリと手を止めた。

「……言えるわけないだろ」

 西村は悔しさがにじむ声で静かに答えた。

「そうか、ならいい。彼女達はまだ知らなくていいんだ」

 西村は黙ったまま俯いたまま作業を続けた。

「敵は隠れる気配もないみたいだな」

 ポンは街外れを見ながら言った。

「来たのか?」

 準備を終えた西村は同じ窓から確認しようと近づいた。

「あれだ」

 ポンは街外れにチラつく光を指さした。

「西村、そろそろ二人を起こして街の中心部から離れてくれ。それと、そこに置いてあるバックパックを持って行け。食料が詰まっている」

 ポンは部屋の隅に色々と詰め込まれて膨れ上がったバックパックを指さした。

「リーナとエリシアのこと、頼んだぞ」

「……わかった」

 西村はそのバックパックを手に取り、背負い込んだ。

「ああ、そうだ。もし次に生きて会えたら、その銃は返してくれよ」

「ああ、そうするよ」

 西村は答えながら、部屋を後にしようとした。

「さらば、友よ!」

 西村が部屋を出ようとした時、ポンが窓際で振り返り、堂々とした表情で最後の別れの挨拶をした。

 西村はそれに答える形で声をかけた。

「死ぬなよ、相棒!」

 ポンはこの言葉に微笑んで見せたが、何も言わなかった。

 西村は急いで二階に降りて行き、リーナとエリシアが寝ている部屋の扉を開けた。

 そこには同じ戦闘服を着た茶髪のロングヘアの少女と、足や腕、頭などの所々に包帯を巻いていて、少し汚れたワンピースを身にまとった、幼く見える金髪の少女が既に支度をしていた。

「二人とも起きていたのか」

「目が覚めちゃってさ」

 茶髪の少女が微笑みながら言ったが、目は笑っていなかった。

「もうすぐ敵に追いつかれる。準備は整っているか?」

「整っているよ」

「なら行こう」

「ポンは?」

「……後で合流するって言ってた」

「……そう」

 西村は彼女たちを連れて、外に出た。

  

 ポンは窓辺から三人がこの場から離れていくのを密かに見守っていた。

 彼らの姿が見えなくなると、ポンは壁にもたれかかりながら、胸のポケットからロケットペンダントを取り出した。すると、同じ位置から一枚の写真がするりと床に落ちた。

 ポンはそれをそっと拾い上げた。

 写真には礼装を身に纏った自分と、袖と裾を限界まで短くされた黒い着物を着た黒髪の少女が写っていた。ただし、写真には黒髪の色などは現れていない。

「どうやら約束は守れそうにないな」

 ポンは写真に映る少女をそっと親指でなで下ろし、そのまま胸のポケットにしまい込んだ。

 一方、西村たちは街の中心から離れた丘の上にある誰もいない小さなレストランのバルコニーのような庭に到着した。この場所は街全体を見渡すことができ、さっきまでいた建物も見える。庭には以前営業していたであろうテーブルや椅子などがそのまま置かれていた。

 すると、どこからともなくピアノの音色が聞こえてきた。

 この旋律は西村とリーナにとって馴染みのあるものだった。月夜にぴったりとマッチした嬰ハ短調のピアノソナタで、ポンがよく演奏していた曲の一つだ。

「平八、ポンとはどこで合流するの?」

「……」

「平八!ポンはどこにいるの!本当に合流するの!」

 西村は少し俯いたまま、黙っていた。

「平八お兄ちゃん、お兄ちゃんと後で会えるよね?また一緒に帰れるよね?」

「ねえ、平八!ポンはどこなのよ…!」

 西村は静かに街の中心を指さした。

 指先が示す方向を見たリーナの顔から一気に血の気が引き、彼女は西村の方に振り返った。

「嘘でしょ……何かの冗談でしょう……?ねえ、平八、何とか言ってよ!」

「あいつはあの場所に残っているんだ」

 リーナは心に悲しみと憤りが満ち、その感情が涙としてこぼれ落ちた。

「なんで止めなかったのよ!」

「止めたつもりだったんだ!でもあいつはやるって──」

 西村の内に秘めた悲しみと抑えられない怒りが彼を怒鳴り立てた。

「やるって言って聞かなかったんだよ」

 西村はかすれた声でそう言い放った。

「──なんで……」

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