村雨の朝
立ち上る炎は、朝焼けを塞いだ雲からの雨でようやく鎮まった。
結局、俺たちは夜通し消火活動に駆り出された。桶に水を汲み、布を水に浸し、小さな火の手に覆いかぶせる。その繰り返しで腕や肩はぎしぎしと固まり、連日の行脚の回復ができなかった足腰は悲鳴をあげ始める。
しかし、近藤さんが率先して頰を煤けさせている手前、俺たちが休めるわけもない。
下を向いたらぶっ倒れてしまいそうだから、無理やり顎を空に持ち上げる。
「雨、甘いですね……」
隣に、沖田が座った。同じく天を仰いで、下唇に舌を乗せている。
「おまえは休んでいろって、近藤さんが命じていただろ?」
「断りました。人手はいくつあっても足りませんでしたし、部屋はアレに占領されていたので」
ひときわ強い侮蔑を込めた「アレ」という言葉が指す人物は、明らかだった。聞いてくれるな、という沖田の意志を汲み取る。
「そういや、さっき取締の役人が近藤さんと話していたんだけどよ……芹沢一派は、三番組の組頭から降格、だってよ」
騒動を聞きつけた役人はおかんむりのようで、騒動の中心にいた近藤一門と芹沢一派を引き離すことを早々に決定した。
組み替えで俺たちは六番組に編入する。芹沢さんの三番組は取締役付で、逐一監視の元で進むらしい。
「ざまみろ、ですよ。私たちがとばっちりを受けるのは、不本意ですけどね」
いーっ、と歯を見せてくる沖田の表情に、気が抜ける。つい数時間前、殺気を放っていた剣士とは思えない。
「総司。おまえ、なんですぐに引かなかった?」
俺は人には聞かれないように小声で、そう尋ねた。
土方に力づくで抑えられても、沖田は戦意をしまわなかった。確かに喧嘩っ早いやつではあるのだが、沖田は、いつになく気が急いていた。
早く芹沢さんを叩っ斬らなければいけない、と、焦っていたのだ。
「新見さんと土方さんの言っていたことが正しいのは、頭ではわかっていました。しかし……心が、というか」
沖田が首をぶんぶんと振り回す。髪から、雨粒が飛んだ。
「違いますね。……本能が『機を逃すな』と、私を駆り立てていました」
「本能、が」
間抜けな鸚鵡返しに、沖田が頷く。
「土方さんが言った通りになりますよ、きっと。私たち近藤一門と芹沢一派は、命を投げ打ち、戦うのでしょう」
沖田が俺に、予言を与えた。
俺たちは芹沢さんと戦う。
近藤さんか芹沢さんか、どちらかの頭が落っこちるまで終わらない……徹底的な抗争が、俺たちの近い未来にあるのだ。
「……行くぞ。総司」
「はい。今日には、都が見えてきますかね?」
「まだまだ。先は長いぜ」
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